第35話 国の名医、吉平 Ⅰ

 董承のこれまでは言わば”長い物には巻かれろ”主義であった。


 董卓が権力を持てば、それにすがって密告したり

曹操が権力を持てば、いかなる暴挙も黙認してきたのである。


 しかし、そんな董承にも後悔があった。


 (あの時は私の密告で少帝を殺害に追い込んでしまった・・・)


 だから、今度こそは曹操を倒したいと考えていたところに

献帝から秘密の詔書が届く。

 それは一見すると上品な上着である。

しかし、それを破くと中から詔書が出てきて、


 ”朕は権力をほしいままにする曹操を討つと決意した。

よって、董承には同志を集めてほしい”


 と書かれていた。


 (これはもはや、やるしかない・・・!)


 董承はその老体を捧げる覚悟で行動を開始する。


 まず、親友の漢臣である王子服おうしふくを引き入れると

続いて涼州の馬騰にも話をつけた。

 

 そして、徐州を領して曹操と近年は親しい劉備もそれに加わり、

王子服や馬騰、そして董承らと共に詔書に血判を捺したのだ。


 当然、俺のもとにも董承が訪れる。


 「風魯大将軍、私はあなたを信頼している」


 「あ、ああ」


 「もし、将軍もこの董承を信じてくれるのなら、

この曹操討伐の詔書に血判を捺してその一員になってほしい」


 「・・・・・・」


 俺は董承の問いに即答できなかった。

曹操を成敗するのは容易ではない。

 なぜなら、歴史を変えないといけないからだ。


 「風魯大将軍、ここは是非!将軍のお力添えを願いたい!」


 董承は情に訴えてきたが、俺はその相談を断ることにした。


 「董承殿、申し訳ないがその話には乗れない」


 「えっ」


 俺の答えを聞いた瞬間に彼は狼狽する。

この話の内容を曹操に密告でもされたら、計画は頓挫してしまうからだ。


 「乗れないのはわかりました、ではせめてものお願いです」


 「この話は内密にお願いしたい!」


 董承の懇願を俺は受け入れ、


 「分かりました、そのことは他言しません」


 と答えたので董承はホッと胸をなでおろして帰っていった。



 だが、俺は曹操を助けようとしているわけではない。

実は俺は俺で曹操殺害を決心していた。


 憎き曹操を殺害し、俺が一帯を統治してやるという野望が芽生えていたのだ。


 そう思い始めたきっかけは、幽州の公孫瓚が滅んだという知らせだった。

これは今から1か月ほど前のことであったが、幽州の太守である公孫瓚は

冀州の袁紹によって追い詰められて自害してしまう。

 彼は俺とも関係が深かっただけに残念で仕方ない。


 しかし、彼は大きな目標や野望を抱いていなかったため、

滅んでしまったというのが俺の見解だ。


 (やはり野望がなくて現状維持に奔走しているようでは

身を滅ぼしてしまう・・・)


 そう考えたのである。


 その見解を俺、風魯に当てはめてみると俺の現状はまさに野望がない。

これから自分がどうしたいのかが見えないのだ。


 そこで、俺は単独で曹操を倒して王位に座るという野望を抱いたのである。


 (曹操を殺したら歴史が変わることになる。どうせ歴史を変えるなら、

思いっきり変えてみようじゃないか)


 幸い曹操と俺は同じ許昌で生活しているので、

討てる隙などいくらでもある。


 (こうなりゃ、思う存分やってやる・・・!)


 こう思う俺だが、そう上手くいくわけがないのであった。


 

 ※人物紹介


 ・王子服:漢王朝の臣、董承の盟友。

 ・馬騰:涼州の雄、馬超の父。

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