第38話 関羽の忠義 Ⅰ

 曹操と劉備の関係は一晩にして険悪となった。


 「劉備め、この忘恩の輩がっ」


 曹操の目は明らかに血走っている。

それはもう雷のように。


 「もはや弁解の余地もない。曹操と一戦交えるまでだ」


 劉備の締まった顔からは覚悟が見て取れる。

ただ、それは悲壮感に近いものだった。



 董承の持っていた詔書が曹操の手に渡った影響で

それに血判を捺していた劉備は彼を敵に回してしまったのである。


 こうして劉備勢は押し寄せてくる曹軍と激突したが、

いくら張飛などの剛勇がいてもその兵力は補えずに敗退。


 さらに出撃している間に後方の拠点を落とされてしまった。


 (この関羽、一生の不覚・・・!)


 拠点の留守居を任されていた関羽は嘆く。

相手の挑発に乗ってまんまと出撃してしまったのである。


 その結果、拠点は落ち逃げ場を失ったばかりか劉備の妻子が

敵に渡ってしまったのだ。


 これを受けて桃園の誓いを結んだ三人は散り散りになり、

劉備は北の袁紹を頼って落ち延びる。

 張飛はどこかの山賊に紛れたという。


 そして、関羽は・・・


 (兄者(劉備)の妻子もきっと曹軍に捕らえられていることだろう。

ここまで来たらその責任を取って敵中に散るしかない・・・!)


 と彼は曹軍に突撃をかけて絶命することを望んだ。

しかし、そう決意する関羽のもとにある男が現れる。


 「やぁ、関羽殿。久しぶりであるな」


 その男は曹操の重臣である張遼ちょうりょうという者。

彼と関羽は前から面識のある間柄だった。


 だが、関羽は彼を疑って


 「おぬし、この関羽の首を挙げに来たか」


 と今にも刀を抜かんとする。

だが、張遼はそれをなだめてこう伝える。


 「劉備殿の妻子は当方で大切に預かってある。

そこはご安心あれ」


 張遼の言葉に関羽は彼の真意が分からなくなった。

なぜ、敵であるわしの前でそれを告げるのか―


 「関羽殿、君は曹操の配下となる気はないか」


 張遼は本題を出す。

彼曰く、曹操は関羽の忠義や武勇、そして知識と

全てにおいて欲しがっているという。


 しかし、関羽は応じない。


 「家兄の妻子を敵に渡したままその曹操に従うなど・・・

兄者に会わせる顔がない!」


 「わしの意思は固いのだ。君には悪いが引き下がってもらおう!」


 という風に張遼を追い出そうとしたが、彼もまた引き下がらない。


 「待たれよ、君は義兄弟の誓いで死ぬところは同じであると言ったのであろう。

なのにここで討ち死したら、それこそ会わせる顔がないのではないか?」


 「それにもしも君が応じて曹軍に加わるのであれば、

劉備殿の妻子は君の方で守ってもらうし、時が来たら劉備殿のもとに帰ってもいい」


 張遼の心のこもった説得に関羽も心を動かされ、

遂に曹操に降る決断をした。

 

 ただし、関羽は曹操に三つの条件を突きつける。


 「一つ、兄者の妻子を罪人扱いせず丁重にもてなすこと」

 「二つ、この関羽は曹操に降るのではなく漢王朝に降るということ」

 「三つ、兄者の消息が分かり次第にわしは兄者のもとへ走るということ」


 これに張遼は少し黙っていたが、遂に言葉を発す。


 「わかった、丞相様に掛け合ってみるからしばしお待ちあれ」


 こう言って本陣へと去っていく。


 

 「うぬぬ・・・、その条件の三つ目が受け入れ難い・・・」


 張遼からの報告に曹操は悩む。

関羽に惚れていた曹操は掴んだ以上、手放したくないのだ。


 かといってこれを拒否したら関羽は死に場所を求めてくるだろう。


 さぁ、曹操の決断は如何に・・・



 ※人物紹介


 ・張遼:曹操麾下の武将、関羽とは何度も戦場で相まみえて感嘆しあった仲。


 

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