第32話 丞相になる男 Ⅱ

 全く、曹操という男は知恵が働くものである。


 ひょいと噂を流して徐州の劉備と淮南の袁術を対立させ、

双方の力を削ってしまおうとするのだから。


 (よし、これが上手くいけば弱ったところを総取りできる・・・!)


 だが、この考えが上手くいかないのもまた、曹操という男。


 「何!?劉備があっさりと敗れてその隙に呂布が徐州を占領したって!?」


 結局袁術は快勝し、徐州には劉備軍より手強い呂布が入ってしまうのだから。

曹操の計画は失敗に終わった。


 しかし、失敗しても気が付けば好転しているのもこの男の特徴で、

あの劉備一行が曹操のもとに加わったのである。


 「曹操殿、我々を匿っていただいてかたじけない」


 劉備は噂を流した張本人が目の前にいるのを知ってか知らずか、

彼らを匿った曹操に謝意を示す。

 曹操にしてみれば劉備を手に入れたことよりも、

それに従う関羽と張飛を味方にできたことが大きいのだ。


 そんな曹操のもとに、先述の使者を捕まえたという報告が届く。

返書の内容を知った彼は激怒し、すぐにでも風魯討伐の兵を挙げんと

勇んだがそれを荀彧や郭嘉といった曹操の軍師が諫めた。


 「風魯は今や帝を擁して大将軍にまで登り詰めております。

その彼から帝を奪い取ろうとすれば朝敵と呼ばれ敵の重囲に陥りましょう」


 「郭嘉の申す通りです。孫策はもちろんのこと、味方につけたばかりの劉備や

呂布、さらに宛城えんじょう張繍ちょうしゅう荊州けいしゅう劉表りゅうひょうなども敵に回しかねません」


 軍師の二人が異口同音に諫めるので、曹操も少しムッとした表情を見せたが、

冷静に戻ると両者にこう尋ねる。


 「では、二人はどの道が最善と思うか?」


 これに荀彧と郭嘉はまたしても異口同音に進言した。


 「ここは風魯と手を組んで共に漢王朝を盛り立てる構えを見せながら

洛陽に上るべきです」


 「荀彧殿の言う通りです。一回でも漢王朝の味方として帝に近づいてしまえば、

正直言って風魯は兵力からして影響力が薄いので、そう時間を要さずに

帝は曹操様の意のままとなるでしょう」


 二人の進言に曹操は納得の表情を見せると、

彼は時を移さずに洛陽に上る支度を始める。


 まず、俺のもとに曹操からの書状が届いた。

そこには”俺たちは洛陽に進軍し風魯大将軍と共に漢王朝を再興させる所存である”

という風な内容が書かれていたのだ。


 俺はこの時、曹操の思惑を考えることもなく了承する。

現状はとにかく李傕と郭汜が反撃してくる前に来てほしい、

という感じであったしそもそも李傕と郭汜が協力を模索していた曹操が

味方になってくれるのだから、これほど良い知らせはないと思ったほどだ。


 「いざ、洛陽へ向かい朝廷を乱す逆賊、李傕・郭汜を討ち果たすべし!」


 曹操は味方の軍勢に号令をかけて兗州を出陣。

西の洛陽を目指した。


 「ふんっ、曹操ごとき、早々に蹴散らしてやるわ!!」


 李傕と郭汜はそう息巻いて曹操軍に突撃を仕掛けたが、

曹操の軍勢は設備も充実した精兵であり相手にもならない。


 「くっ、ここは長安に退却だっ」


 二人は命からがら長安へと逃げ帰り、曹操は遂に洛陽に到着。

帝に拝謁し、自ら司空しくうという役職についたのである。


 一方の俺、風魯は大将軍の地位を維持されて上機嫌であったが、

その後軍事力を背景に曹操の権力は一層強まり、

俺もうかうかしていられなくなるのであった。


 

 ※人物紹介


 ・張繡:豪族、策士賈詡を配下に権勢を誇る。

 (・司空:漢王朝の三つの重職である三公の一つ)

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