第19話 貂蝉という美女 Ⅰ

 俺は寝るのも忘れて逃げた。

それは果てしなく。


 (つ、疲れた・・・)


 俺の疲労は甚だしかったが、いつ追手がくるかもわからない。

困ったことに馬も連れずに逃げてきてしまったので、

これまでは全て徒歩である。


 (そうか、誰かに馬を借りれないかな)


 今更ながらそれに気づいた俺は馬を求めたが、

そもそも馬を飼っている家自体少なく、容易にはいかなかった。


 だが、しばらく歩くと一軒の邸宅があり、

見るとそこには馬が繋がれている。


 (よし、ここに懸けるしかない・・・!)


 俺はそこに住む30代くらいの男に事情を話して

馬を借りることに成功した。

 その男、名を諸葛玄しょかつげんというらしい。


 (諸葛、諸葛・・・どこかで聞いたような・・・?)


 俺は諸葛という姓に聞き覚えがあったので、

考え込んでいると諸葛玄が、


 「おーい、しょかつりょうはいるか。要人が来たから挨拶するのだ」


 と奥に向かって言うので俺はハッとする。


 「ま、まさか、あの諸葛孔明しょかつこうめい!?」


 俺は驚きのあまり声を発してしまったが、

それに諸葛玄はいぶかしそうに、


 「なぜ亮の字をご存じであるか」


 と言ったので俺は口をつぐむ。

だが、この諸葛玄という奴はしつこいようで、


 「なぜ知っておられるのだ」


 と詰め寄ってきた。

これに俺は彼の気分を損ねてはならないと思い、


 「亮殿はこの付近では評判ですから。将来、軍師として間違いなく活躍されるでありましょう。」


 とごまかしながら諸葛亮のことをたてたのである。

すると、そんなところへ諸葛孔明が現れた。


 「諸葛亮と申します。貴殿は漢の将軍と聞き及びました。

あまり良い馬ではありませんが私の馬をお使いください」


 まだ10才くらいの子供だが、その凛とした表情と声は

将来の活躍を偲ばせる。


 「では、この馬をありがたく使わせていただきます。この恩はいつか必ずお返しします」


 と言って俺は別れようとしたが、そこへ15才くらいの青年が一人姿を現して、


 「おお、客人ですか?」


 と諸葛玄に聞くので彼は青年に今あったことを話すと青年も俺に挨拶をしてきた。


 「私は亮の兄、諸葛瑾しょかつきんと申します」


 (そうか、諸葛孔明って兄がいたんだっけ・・・?)


 三國志を知らない俺はよく分からなかったが。


後で知ったことだが、この諸葛瑾も呉の国の重鎮にまで登り詰める人物だ。


 「将軍はこれから、どこに行かれるのですか?」


 その諸葛瑾に聞かれて俺は行く当てがないことに気づいたが、

考えてみれば孫堅のところしか思い当たらない。


 「ああ、これから江南の孫堅殿のもとへ行く予定だ」


 こう彼らに伝えると、諸葛瑾が急に俺に抱き着いてきた。


 「どうしたのだ・・・」


 俺が困惑しているのを見て兄弟の叔父、諸葛玄は

それを止めるどころかこう言うではないか。


 「お願いです。この瑾を孫堅殿のもとへ推挙してくれませんか」


 これに俺はますます困惑したが、馬を借りる以上

気分を損ねてはならないので、


 「・・・わ、わかりました。孫堅殿に掛け合ってみます」


 と返答すると諸葛玄と諸葛瑾は泣いて喜んだ。


 「では、馬の借り、ということでよろしくお願いします」


 こうして俺は一つの馬の前方に俺、後方に諸葛瑾を乗せて

江南へと旅立つ。


 (しかし、この少年は相当孫呉に仕えたいのだな)


 そんなことを思いながら俺らは一路、孫堅のもとへと向かうのであった。



 ※人物紹介


 ・諸葛玄:諸葛孔明の叔父であり育ての親。

 ・諸葛亮:言わずもがな知れた名軍師、孔明。

 ・諸葛瑾;孔明の兄、後に呉の重鎮となる。

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