第18話 長安遷都 Ⅳ

 「おお、これは孫堅殿」


 俺は横を過ぎ去ろうとした孫堅を引き留める。

そして、


 「何か上機嫌なようですが吉報でもありましたか?」


 と気になっていたことを尋ねてみる。


 「ま、まぁ、そんなところだ」


 彼は丸め込むような言葉だけを残して足早に過ぎ去ろうとした。

だが、その動き出しにあるものを落とした。


 孫堅はそれに気づかず陣営の方へ歩いて行ってしまったので、

俺が拾っておいて後で届けることに。


 (それにしてもお宝のように輝いているな・・・)


 それを手に取った俺はしばらく落とし物である印璽いんじを眺めていたが、


 (あ、そうだそうだ。これは落とし物だから孫堅殿に戻さないと)


 と我に返り孫堅の陣営へと向かう。

この時俺はこの印璽を持っていることの重大さを知らなかった。


 ・・・この印璽は伝国璽でんこくじと呼ばれる漢の皇帝が受け継いできた

印璽、所謂玉璽いわゆるぎょくじである。

 これは本来、孫堅が・・・というよりも帝以外が持ってはいけない物だが、

実のところしばらくの間行方不明になっていた。


 それを孫堅が焼け落ちた洛陽の古井戸から発見したのだ。


 だが、これらのことを知らない俺は何も考えず

あっさりと孫堅のもとに届けてしまう。


 「孫堅殿、落とし物をしておりましたぞ」


 「や、ややっ!?」


 俺が片手に玉璽を持ちながら現れると、

彼はたいそう慌てて駆け寄ってきた。


 そして・・・


 「ありがとう、風魯将軍!!この恩は一生、否、末代まで忘れないだろう!!」


 俺はとてつもなく感謝されたので、

彼にとって重要なものなのだと理解したが

玉璽とまでは考えが行きつかなかったのである。


 ということでその後、一連の出来事が家臣に密告されてしまい

孫堅が逃げる形で反董卓連合軍を離れた、という事実を知って

一番驚いたのは俺かもしれない。


 (聞けばあの玉璽を所有したものは天下を制するという。

それを孫堅が所持した、ということは・・・)


 俺は孫堅の今後に期待を寄せるが、渡してしまったことに関する後悔はなかった。


 (俺には間違いなく釣り合わない。それなら孫堅殿の方が

百倍似合うというものだな)


 だが、そう他人事でいられるのも束の間だったのである。


 「袁紹殿、聞いた話によれば孫堅は一回その玉璽を落として

置いていってしまったようです」


 「なに、それはまことか!?」


 諸侯の一人、韓馥かんふくが袁紹に言う。


 「はい。それを風魯将軍が拾い、あろうことか孫堅に渡したそうです」


 これに袁紹は激怒し、


 「風魯め、さては孫堅に恩を売っておこうという算段か!」


 と洛陽にある袁紹陣屋内外に響き渡るような声を出した。

俺は全くその重要さを認識していなかったが、漢の将軍という立場上

認識していて当たり前なので、そう捉えられても仕方ない。



 「風魯将軍!将軍はおられるか!?」


 まさか、そんな事態に発展しているとは予想だにしない俺は

公孫瓚の陣屋でくつろいでいた。

 そこへ、曹操が慌ててやってくるや否や俺を大音量で呼ぶので

顔を出してみると彼は今、起こっている出来事をつぶさに話してくれた上で

こう促す。


 「将軍は孫堅殿を追って落ちられよ、さぁ早く!」


 曹操は俺を斬るどころか逃げるよう促したのである。

俺は少しの間まごついていたが、彼に押されるようにして都を発った。


 その後、曹操は袁紹の軍勢が来ると

何気ない顔で平然と述べる。


 「北の方角へ逃げていったのを見たからそっちへ追った方がいい」


 彼は噓をついた。

実際、俺が逃げたのは南である。


 なぜ、曹操はそこまでして俺を逃がしてくれたのか?

そんなこと今の俺には考える余裕がないのである。

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