第12話 十八路諸侯 Ⅰ

 その若い男は既に覇気に満ちていた。


 奥深くには野心を感じる。


 彼の名は曹操そうそう。後に魏の国を作り覇業を成した三国志における英雄の一人だ。


 その彼は今や董卓お気に入りの臣になって出世しているが、

初めのころは俺、風魯の蟄居する邸宅の門番を束ねる役回りをしていた。


 その時に何度か彼の顔を見たことがある。

決して大柄で屈強という体ではないが、気の強さを感じた。


 (これがあの曹操なのか・・・)


 自邸の中から見ている俺もただならぬ覇気を感じたほどである。


 その曹操がある日の晩、突如俺の眠る邸宅に入り込んできたのだ。

そして俺を無理やり起こすやいなやこう言った。


 「風魯将軍、裏門を開けてある。董卓に気づかれぬうちに都から落ち給え」


 「え・・・、君は・・・?」


 「俺の名は曹操。将軍も聞いたことがあるだろう?」


 曹操は名前だけ述べるとそれ以外のことを一切話さず、

また暗闇の中に消えていった。


 (なぜ俺を助けようとしたのか分からないが、助けてくれた以上は

応じるより他あるまい)


 俺は曹操の開けた裏門から足音を立てずに逃げ出す。

前世、足音の響くアパートの二階に住んでいたとあって

忍び足は得意である。


 そして俺は都から落ちたが、さてどこへ行ったものか?


 (そういえば袁紹殿が北の方角、河北のあたりにいたな。

そこを頼ってみるか)


 俺はひたすらに歩いた。

幸いあの夜逃げた後、門番たちの気づくのが遅かったため追手は来ていない。


 「やっと着いた・・・」


 俺はへとへとになりながらも袁紹のいる冀州に到着する。

しかし・・・


 「何!?風魯が逃げ出して門の前にいるじゃと!通してはならぬ、追い返せ!」


 小心者の袁紹は董卓に睨まれるのを恐れて入城を拒否したばかりか、

旧交のある俺を領地の外に追い出してしまった。


 (果たして、俺はどうしたものか・・・)


 ついに力尽きて倒れこもうとしたその時、目の前に一団の騎兵が現れ

俺の前で足を止めたのである。


 (・・・・・・?)


 俺は馬上にいる大将らしき人物を見上げる。

この男、どこかで見たような・・・?


 「風魯将軍、ご無事でなによりだ」


 「え・・・」


 「俺の顔を忘れたか?そうか、なら教えて進ぜよう」

 

 と言って彼は馬を降りると俺の前に座り込んで名乗りだす。


 「俺の名前は公孫瓚。この幽州一帯を治める者だ。

これが初顔ではあるまい」


 「あぁ・・・・・・」


 やっと思い出した。

あの黄巾の乱の時、俺の配下にいた公孫瓚だ。


 「あの時は勝手なことをして将軍に迷惑をかけてしまった。

だからそのお返しだと思ってほしい」


 こう述べると俺を曳いてきた馬に乗せて自らの城に入れてくれたのである。

その城内にある椅子に腰かけて、ようやく生きた心地がした。


 俺は董卓を恐れずに助けてくれた公孫瓚に感謝するばかりであったが、

その董卓に怯えて過ごすのもあと僅かなのである。



 ※人物紹介

 

 ・曹操:三国志の英雄、曹魏の建国者、三国志の奸雄。

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