第10話 董卓全盛の中で Ⅰ

 漢王朝の臣に丁原ていげんという者がある。

彼も長らく漢室に仕えてきた老将だが、

このところ明らかに不機嫌である。


 「董卓め、董卓め・・・」


 何かことあってはそう呟いている。


 その理由は丁原の実子ではないものの、子供の頃から可愛がり育ててきた

呂布りょふという武将を董卓に奪われてしまったからだ。


 その呂布は武勇に関しては滅法強く、百人でかかっても勝負にならない程である。

それだけに丁原は我が手から放したくなかった。


 しかし、短慮で目先のことしか考えない呂布は董卓に名馬、

赤兎馬せきとばを贈られると感激し主君を董卓に切り替えてしまったのだ。


 これに丁原は怒りをため込んでいたが、董卓が呂布の武威を借りて

益々誇りだすと遂に堪忍袋の緒が切れた様子で、ある将軍のもとへ相談に来た。


 ・・・その将軍は俺だったりするのだが。


 「風魯将軍、君は董卓の悪行をどう思うか」


 俺は董卓の味方である、と周囲に見られているがこの丁原だけは

董卓に丸め込まれているだけだ、ということに気づいていたのだ。

 だから、俺に一緒に董卓を倒さないかと話しに来たのである。


 「ああ、董卓の悪行と言ったら見るに堪え難い」


 「わしは風魯将軍が董卓とつるんでいないことを信じている。

もし、そうであるならばこの計画に加担してはくれぬか!?」


 丁原の強く感情のこもった言葉に俺は意を決してこう答えた。


 「この俺を信じてくれるのは丁原殿だけだ。・・・よし分かった。

共に董卓の奴をやっつけようではないか!」


 俺の決意を聞いてひたすらに謝意を示す丁原。

しかし、そのやり取りをある女性が陰で聞いていた。


 紛れもなく俺の妻である。


 董卓の娘である彼女は俺に従順するそぶりを見せていたが、

実は董卓によって送られた回し者だったのだ。


 彼女は悟られぬよう静かに邸宅を出ると一目散に董卓のいる禁裏へと向かい、

ありのままを伝えた。


 「ふむ、ご苦労であった。さすがは我が娘だ」


 董卓は丁原と俺、風魯を殺す気だったがそれをこの男が諫める。


 その男の名を李儒りじゅといい、董卓の腹心ともいうべき人物だ。


 「丁原は亡き者にしてよろしゅうございますが、

風魯は生かしておくのがよろしいかと」


 「ふむ?なぜ、そう思う」


 「風魯将軍は私の見る限り小さな男です。丁原が殺されたとあらば震えあがって

我らに刃向かうのをやめるでしょう」

 「主は敵を減らすよりも味方を増やしたほうが良策かと」


 李儒の提言に董卓も応じ、配下の李粛りしゅくに丁原のみを斬るよう命じた。

そして、丁原は暗闇の中斬り殺されたのである。


 「なにっ、丁原殿が殺されただと!?」


 この知らせに俺は次は我が身だ、と震え上がったが

数か月がたっても襲ってくる気配がないので一安心した。


 とはいえ、このまま董卓の配下でいるわけにもいかない。


 俺は歴史が大の苦手だから董卓のことも名前くらいしか存じ上げないが、

少なくとも覇業を成し遂げたような人物ではないのでいつかは滅ぶ。


 それに董卓の専横ぶりを見ていると長く続くようには思えないのである。


 さぁ、俺は如何にしてこの事態を打開するのか―



 ※人物紹介


 ・丁原:呂布の育ての親。

 ・呂布:武勇に優れ、その勇猛さから飛将軍と呼ばれた。

 ・李儒:董卓の腹心。

 ・李粛:董卓の重臣、李儒とは別人(似ているけど)。

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