第9話 董卓の入京 Ⅲ

 洛陽の平和はほんのひと時に過ぎなかった。


 王都の中は兵馬入り乱れ、逃げ遅れた民はそこかしこに身を隠す。


 この混乱の始まりは亡き何進の旧臣らが洛陽に攻め入ったことである。


 「宦官の奴め!今日こそは生かして帰らん!」


 「権力を貪る狸らめ、身ぐるみ剥いで串刺しにしたる!」


 怒りに燃えた何進の旧臣らは宦官を片っ端から斬り落とし、

その余勢で略奪までも繰り返したから洛内の混乱もひとしおだ。


 「ひぃぃ!どうか命だけでも助けてくれぇ」


 「ええい、うるさい!もうお前ら狸には騙されんわ!!」


 禁門の中でもあちこちで宦官らの叫び声聞こえ、血しぶきがあがる。

中には高貴な衣服を着ているという理由で宦官でもないのに殺される者もいた。


 だが、考えてみるに何進が暗殺されてからこの突入までは少しタイムラグがある。

実際に旧臣らを束ねるこの男、呉匡ごきょうにも迷いがあった。

 だから思いとどまっていたわけだが、それを裏で突入へ後押しする男がいたのだ。


 その男、何を隠そう董卓である。


 董卓は西涼の地から手勢を率いて洛陽の郊外に陣取っている。

その時に董卓は俺、風魯のもとに寄ってくれたわけだが、

訪ねてきたときには僅かな供を連れるのみであったので

まさか大軍を引き連れているなんて思いもしなかった。


 そして、その董卓は何進の旧臣たちに突入させておいて

混乱を極めたところで喧嘩両成敗と謳って入京し

帝、少帝を奉じて実権を握る腹なのだ。


 その野望実現のため、董卓は俺との約束通り呉匡の前で禁裏を指さし

突入を促したのである。


 「えっ、義父上が入京した?」


 俺、風魯将軍は何進の旧臣による宦官殺害を支援するため

軍備を整えていたところへ董卓が大軍を率いて入京し

何進の旧臣も宦官もまとめて成敗した、という一報がもたらされた。


 (宦官たちを殺害したのはわかるが、なぜ何進の旧臣まで成敗したのか?)


 その答えを聞くため俺はわずかな供を連れて参内してみる。

すると、そこには少帝や陳留王と蜜月な董卓の姿が。


 (ま、まさか帝を手なずけて実権を握るつもりじゃ・・・)


 俺はそう感じ、体の隅から隅までを震わせた。

俺のその直感は正しく、この時から董卓の専横政治が始まるのである。


 また、玉座に座る少帝の姿を見て知ったのは

霊帝がもうこの世にいないということだ。


 (もしかして義父上は帝、霊帝を殺めて少帝を皇位に据えたのか!?)


 霊帝がとっくに崩御していることを知らない俺はあらぬことまで考えて

董卓を恨んだが、それはここにいる他の臣も同じらしい。

 誰一人、心の底から笑っている者はいなかった。


 俺は少帝にべったりと付き添う董卓に吐き気がして退出しようとしたが、

俺の存在に気づいた董卓に引き留められ、こう言われた。


 「おぅ、これは風魯将軍ではないかぁ。そなたの望み通りのことを

俺はやってのけたぞぉ。これからは俺と共に国を盛り立てようではないかぁ」


 これに周りの俺に対する視線が一変する。


 (なに、これは董卓と風魯の共謀であったのか!)


 (風魯の奴め、董卓と一緒に甘い汁を吸う気か!!)


 望み通りのことをした、これは真実では宦官を退治したことだが

周りからは帝を奉じて実権を握ったという風に見られてしまった。


 周囲からの冷たい視線が痛いほどよくわかる。


 さぁ、俺は董卓の狙い通り丸め込まれてしまうのであろうか・・・


 

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