第4話 優柔不断の大将軍 Ⅰ

 御代は霊帝れいていの頃。


 政に関心を示さない帝は十常侍じゅうじょうじ、いわゆる宦官かんがんの言いなりであった。


 「陛下、あの盧植ろしょくめが謀反を企てておりました」


 「そうか。して、成敗したのか?」


 「はは、既に牢屋に閉じ込めております」


 「なら、善きに計らえ」


 黄巾の乱の時、将軍の一人である盧植が黄巾賊の討伐中に突然、

帝の使者に捕まるという事件があった。

 もちろん、彼は何もしていない。


 ただひとつ、原因になったのは戦況伺いと称してやって来た宦官たちの手下である左豊さほうに賄賂を渡さなかったということだ。

 これを知った宦官たちは激怒し、盧植に言いがかりをつけて投獄したのである。


 そして、その左豊という男は俺、風魯のもとにも来た。


 「風魯将軍、元気にしているか?」


 「ああ、戦ももうすぐ片付く所だ」


 「陛下もそなたの無事を案じているから、何かを貢いで無事を知らせて欲しい」


 彼は悪びれた様子もなく平然と賄賂を要求した。

 その時俺は陛下への貢ぎ物なら、と彼に財産を渡すのだが、

後々宦官たちがその全てを私財にしたことを知り怒りがこみ上げてきた。


 だが、逆に言えば勘違いのお陰で投獄を免れたということにもなる。

 もしも、真実に気付いて渡さなかった時のことを考えると震えが止まらない。


 

 さて、戦を終えて都、洛陽に凱旋した俺たちは暫しの暇があったが、十常侍という名の通り十人いる宦官たちへの怒りを忘れる日はなかった。


 (彼奴らのせいで政治が歪んでいる。何とも不愉快だから倒せないだろうか?)


 こんなことを考えているとある人物の顔を思い出した。


 (そうだ、何進かしんとか言うおじさんが大将軍をやっていたな)


 俺は上司にあたる大将軍何進に相談してみることに。


 「大将軍様はおられますか」


 何進の邸宅は大将軍とあって広い。

 しかし、その顔を見るとただのおっさんにしか見えない。

 事実、前半生は街角を歩く商人だったのだ。


 前もって言っておくが、これは自らの力でのしあがった出世話とは

程遠いものである。


 元々家畜を売り歩く商人だった何進はその妹が霊帝の目に止まり何太后という皇后になったため、そのつてで大将軍にまで登り詰めたのだ。


 え、そんな理由でそこらへんのおっさんが大将軍になるわけないって?


 否、それだけで通ってしまうほど、政治は歪んでいるのである。


 事実、何進を大将軍に推挙したのは宦官たちなのだ。

彼らが何進を推挙した理由はただ一つ、自分たちのお陰で就任した大将軍なら

自分たちには逆らえないので、意のままにできるだろうという魂胆である。


 これまではその思惑通り宦官たちに平身低頭な何進だったが、

聞いた話によれば近ごろさすがに不満を漏らしているという。


 さぁ、話を戻そう。


 俺は邸宅の召使いに案内されて邸宅の一番深いところにある一室へと向かった。

その一室は陽が届かないため薄暗く、秘密の話をするには格好の一間だ。


 「おお、風魯将軍。久々であるな」


 「ご無沙汰いたしております」


 俺と何進は向かい合うように椅子に腰かける。

果たして、俺は大将軍の心を動かせるのであろうか?


 (宦官め、何進大将軍を味方に引き入れて懲らしめてやる・・・)


 俺は覚悟を決めた―



 ※人物紹介


 ・霊帝:漢王朝の12代皇帝、政治に関心を持たない。

 ・盧植:漢王朝の将軍の一人、劉備や公孫瓚の師でもあり後に釈放される。

 ・左豊:詳細不明だが、十常侍の一味であるのは間違いない。

 ・何進:大将軍、妹が皇后になったことでここまで登り詰める。

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