『狂人になる前』⋆



 すずめ トモコは一般的な陰キャの大学生だった。


 サークルには入らずに単位を取るために授業とテストを受けるだけ。


 そんな彼女だったが、高校生時代の友達に現VTuberがいた。


 クラスカースト上位のその女子はトモコの絵で個人VTuberになり、企業にスカウトされ、今では登録者280万人を超えるVTuberの顔とも呼ばれる存在に成り上がっている。


 そんな一つの大規模ネットリテラシーを生み出したトモコ、デザインしたそのVTuberが休止するときに(トモコ本人も知らされていないが)VTuber化宣言をされた。


 個人VTuberからスカウトで企業勢になったトモコの子はVTuber歴的に一応その箱の中で0期生と呼ばれていたため、マネージャーを通さずにノリでトモコVTuber化宣言をしたことで、リスナーたちはマイナス一期生が出る!と盛り上がりを見せていた。


 企業側は社長を含める重鎮組は頭を抱えていた。


 いくら人気ナンバーワンで重要な役割を担っているからある程度は目をつぶると言っていても、VTuberとしての経験も、そもそもこの業界のことをよく知らないであろう人をVTuberにする、この事務所に入れると豪語されては、しかもこれだけバズってしまえばVTuber化しなければ炎上は免れない。


 少し前に変わった社長を中心に重鎮組はトモコを急いで探し始めた。


 トップVTuberの彼女の連絡先にトモコがあると知ってからはある程度落ち着きを見せたが、それまでの間は指名手配犯が街にいる!と言わんばかりの騒ぎだった。


 トモコと何とか場をセッティングしていざ面接という名の交渉!というとき。


 会社の前で待っていたトップVTuberの前でトモコはダンプカーに引かれ、致命傷を受けた。


 幸いにも異世界から生還した錬金術師の女性が会社にいたおかげでなんとか一命はとりとめたものの、両足がなくなり、トモコは四肢疾患による困難な生活を余儀なくされた。


 だがこの事故、何の因果か救急車が来るまでの間トモコは気絶も失神もできず、ぶっ潰された足の痛みに耐えながら永遠と、永遠と出せない悲鳴を上げていた。


 結果が、反廃人化だ。


 麻酔によりようやく意識を失えたトモコは数時間もの手術の後、三日間寝続けた。


 トップVTubarが面会を許可されたのは目覚めてさらに一週間後。


 彼女の病室に入ると、起き上がったトモコが入ってきた女性を驚いたように見つめている状態だった。


 トモコ!と声をかけようとして、トモコの顔がにこりと歪む。



「ささ、さささっさくちゃんん?えへ、へへへへ、ひひひひ、ひさ、ひさしぶり、ひひひ…」



 狂ったように…いや、トモコがさくを出迎えた。



「救急車が着くまでトモコさん、意識を失えなかったって聞いたわ、先生は痛みからくるストレスで精神的にまいっちゃったっておっしゃってました…いたたまれないですが…」



 小声で耳打ちする看護師の言葉にさくは信じられないものを見るように目を見開いたまま固まる。


 長い髪を揺らしながらバフバフと布団をたたくトモコは高校生時代の内気で笑うと可愛いトモコとは似ても似つかない…いや、似るどころではなく完全に変わってしまった。


 このことを聞いた重鎮ズは諸事情によりVTuberデビュー不可、という旨をシャベッターにシャベったが、さくはそれを見てすぐに企業が嘘をついている!すぐにお母さんはVTuberデビューする!とシャベート。



「――ってことでね、ともちゃん、VTuberになってくれないかな?」



「さ、ささく、さくちゃんと、とお、おんなじ?」



 ゆらゆら揺れながらさくの真っ直ぐな目を見て可愛く首を傾げるトモコ。


 ニヨニヨと幼い少女のように表情が笑顔に変わる。



「そう。私の架空のお母さんになってほしいなって。」



「お、おか、かかか、さん?ん?」



「だめかな?」



 あうあう…と混乱するように頭を抱えて少し、ウンウンと小声で頭を揺らすとバッとトモコは近くにあったさくの頭を両手で抱えるように持つ。



「トモコさ――」



「待って!」



 何をするかと、止めに入ろうとした看護師の前に手を掲げるようにして止めるさく。


 トモコは豊満な胸部装甲にさくの頭を抱えながらさくの頭に頬ずりしながら言った。



「いいよ、おおおお、かあさなる、よよおお!まーま!まままま、まってよんで、でね。ね?」



「ともちゃん、ありがと…っと、ママ、ありがとう」



「えへ、へへ、えへへ、にへ、へへへ…」



 不定期にトモコがさくの頭を撫で、少し不気味だが、無垢な笑いをする。


 看護師は止めに入ろうとしたことを少し後悔したのか、頬をかきながら苦笑いを浮かべていた。


 数分後、策の頭をなで続けていたトモコは糸が切れたように眠りだし、面会終了時間まで起きることはなかった。


 さくは私の方がお母さんみたいじゃん…と少しすねたが、第二の試練を超えるために顔を引き締める。


 次は、企業をしなければ、と。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る