40 頼られてうきうきですが?

 時は昨夜にさかのぼる。


 家賃八万、時乃三谷学園まで徒歩三十分、駅まで一時間、キッチン、トイレ、風呂付きのワンルーム小さなアパートに住む保険の先生、鴻 香苗の話である。


「ただいま~つっかれた~」


 玄関の戸を開け、暗い部屋の中、誰の返事も帰ってこないと知りながらもつい癖で言葉として出してしまう。


 電気をつけ、コンビニで買った袋から五十円引きのお弁当を取り出し、レンジに運んだあとラグの上に座ると『カッシュ』っという音を立てながらビールを開け泡をすすりながら一気に喉に流し込む。


「プッハ‼ 仕事終わりはやっぱりお酒だな~」


 仕事の疲れをとる一杯、何もかも忘れる最高なひと時……だがそれも一瞬。


「私って……何なんだ……」


 今年で二十七歳、アラサーで彼氏無しの一人と言うことを自覚し、机にうなだれる香苗。


「……嫌、一人も悪くないじゃないか。誰にも縛られずこうして自由に暮らせているんだから」


 がばっと起き上がり、自分にそう言い聞かせているとテーブルに置いていたスマホがピロンとなる。


 友達のSNSの通知だ。


『今日、旦那と遊園地に行ってきました☆子供達も楽しんでま~す(黄色い顔の笑顔)』


 写真付き、幸せそうな光景、その投稿を見て再びテーブルに打ちひしがれる。


 周りの人たちは皆結婚して、子供を産んで幸せな家庭を気づいている。そんな皆に比べて私は何をしているのだろうか。


 学校の中央校舎保健室に座って、パソコンで事務作業をしている毎日。


 病気の生徒はほぼ中等部と高等部にある保健室に行くので生徒との交流もない。


 ……っていかんいかん。私はこれでも学校の先生だぞ(保険の先生だけど)


「弱気になるな、鴻 香苗まだ人生は半分も過ごしていない。いつかきっとイイ人見つかるって」


 暗くなってちゃ生徒に示しがつかない。明るく生きて、生徒を導いてあげなければ。


 そんな覚悟を胸に再び起き上がると、デジャブを感じさせるかのように再び携帯が鳴り響く。


 今度は通知じゃない、電話だ。


 恐る恐るスマホを取り、画面を確認する。『佐一君』と表示されていた。


 おめでたの電話かと思っていたのでホッと胸をなでおろし、喉を整えてから受話器のボタンを押す。

 

「やぁ佐一君、どうしたんだいこんな遅くに?」


「すみません、こんな時間にご迷惑だと分かっているんですけど、鴻さんにお願いがあって」


「お願い?」


「これからの学校生活、霰さんに何かあった時に直ぐに自分が駆け付けれないことが絶対にあると思うんです。だからその時、お暇が有ればでいいので鴻さんに霰さんの事を解決してほしいんです。迷惑なのは承知の上です。でも霰さんの為、今頼れるのは鴻さんしかいないんです。お願いします」


 電話越しでも伝わる必死さ、家庭内で何かあったのだろうか?


 毎日中央校舎に来る深ノ宮さんが気になって、学校の資料を見て少し調べてみたけど確かに彼の家庭は大変そうだっだ。


 保険の先生としては一人の生徒を贔屓することはできない……が、佐一君は私の言った通り、保険の先生ではなく鴻 香苗として頼ってきている。困ったときは相談してっと私から言ったんだ。この佐一君のお願いに答えないなんてあり得ない。


「いいよ、いっつも暇だしね」


「ありがとうございます。何かありましたら頼らせていただきます」


 最後に優しい声で『おやすみなさい』とそう言って佐一君からの電話は切れた。


 生徒からのお願いきたぁ……。


 床に大の字に倒れキャッキャッと内心喜ぶ香苗。


 嬉しさを噛みしめながら、歯磨きやお風呂などを済ませ、その晩はゆっくりと休んだ。

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