37 正直ですが?
一時間目が終わり、次の授業の準備をしていると。
「おい深ノ宮、お前何やったんだ?」
焦った様子のクラスメートが駆けよってきており、耳元で囁く。
「高等部のちっこい先輩が凄い顔して『佐一、佐一』ってぶつぶつ言いながら教室前に立ってるぞ」
「誰がちっこいだ‼ ぶっ飛ばすぞ」
いつの間にかクラスメイトの後ろに立っていた乃虎が、鬼の形相でガンを飛ばす。
「す、すいませんした!」
クラスメイトは九十度頭を下げ、急いでその場を離た。
他の生徒も乃虎を怖がっているのか、自分を中心にクラスメイトが円状に距離をとっている。
「ここじゃ何ですし、場所変えますか」
周りの迷惑を考えた佐一は、場所の変更を乃虎に提示するが。
「いやここでいい」
今、この場じゃなければいけないと頑な決意を感じ取れる。
昼休みよりも短い数分の休み時間、しかもまだ学校が始まって間もない一時間目と二時間目の間。こんな時間にこの人は何をしに来たんだ?
昨日の件でのカチコミか? つくづくこの人の人柄と行動には呆れる。
内心ため息をつきながら、この状況どうしようかと脳内で考えを巡らせていると先に乃虎が口を開いた。
「ぐっ……こ”め”ん”な”さ”い”」
その言葉に驚き、目を丸くした佐一は乃虎の顔を再び確認する。
表情もそのまま、頭を下げているわけでもない、謝る姿勢なんてこれっぽっちも感じられない。
聞き間違いを疑ったが、死ぬほど謝る事を嫌がって力の入った脱点付きの謝罪の言葉が耳に届いたことは確かだ。
何だ、何が狙いだ? この状況をクラスの生徒に見せて悪い印象をつけるとか? それか……。
考え、考えているうちに。
『根は優しい奴らだから』
体育館裏での篠崎さんの言葉を思い出た。
今現状、乃虎は謝っているんだ、それだけそれ以外の何物でもない。裏を考えれば山ほど思いつくが今は乃虎の放った表の言葉を聞き入れることにしよう。
「鈴さんや篠崎さんには謝りましたか?」
佐一は乃虎の言葉に突っかからずに素直に思ったことを口にした。
「二人の家に行って朝一に謝ったよ」
「そうですか」
乃虎がすぐに結論を見出したとは考えられない。多分と言うか絶対に誰かの力を借りてこの答えを導き出した。その誰かは篠崎さんだろう。仲間意識の高い乃虎が外野に相談することはない。昨日の自分に向けての行動で分かる。
じゃあグループ内の誰かだが、乃虎の性格的にグループに話すことはない。相談するなら状況を理解しているのは鈴さんと篠崎さんだけ。夜の鈴さんの様子からして相談された様子はない。となると篠崎さんしかいない。
そこでこの行為は乃虎の意思で行っているのか疑問に思う。
答えを聞いて他人に言われたことをやるだけだとこの謝るという行為自体に意味がない。
「乃虎、一つ聞きますが今の心境は?」
「あ”、お前に謝るのが死ぬほど嫌だよ。だから頭は下げてない」
そんなどや顔で言われても。
「けど、昨日の行動はあんたのほうが正しいよ。あの場で大切な友達に『ごめん』ってたった一言、言葉を掛けないなんて間違ってた。そう考えたからあんたにも謝ってんの‼」
鬼のような形相から、怒りと恥ずかしさがぐちゃぐちゃに混ざった表情をした乃虎からは真剣さを感じた。
『考えた』か、なるほどただの馬鹿ではないようだ。
「遅刻ギリギリで学校に付いたからあんただけ朝一で謝れなかったけど。こうして篠崎にクラス聞いてこうして謝りに来たの‼ ただそれだけ‼」
普通に考えれば篠崎さんが答えを素直に教えるはずないか。友達として。
暗い雰囲気で別れたから、相当勇気を振り絞って篠崎さんに電話してヒントでも聞いたのだろう。
そして今自分の意思で自分に謝りに……。
「ごめんなさいと言う気持ち、確かに受け取りました」
最低でも一週間はこの重い雰囲気が続くだろうと自分は考えていたが、思考を超えた鈴さんと篠崎さんに対しての対応速度。
自分の非を認め素直に謝る行動力、百点とは言えないけど六十点ぐらいはあるかな。
篠崎さんや鈴さんが友達でいる理由分かった気がする。
「けど、許しません」
そう乃虎に対して皮肉めいた笑顔で答えた。
「はぁ!? そこは許す流れだろ‼」
「だって、誠意がみれないんですもん」
自分への謝罪としては零点、赤点ですからね。今後の関わりもかねて許すわけにはいかない。
「あっそ! それならいいや! 私はちゃんと謝ったかんな!」
「あ、最後にいいですか?」
ぷんすか立ち去ろうとする乃虎を呼び止め後ろから話続ける。
「自分乃虎のこと先輩として見れてないんで。先輩として見れるようになったなら許してあげますよ」
「……ふん”」
乃虎が音を立てドカドカと立ち去ると同時に休み時間の終わるチャイムが鳴る。
まるで台風が現れ、急に消えたかの如くクラスメイトが大きな声でざわつく中、ただ一人テーブルに肘をつきほっと一息ついたかのように笑う佐一がいた。
大利乃虎の人間性が少し分かったこと、そして不器用すぎる彼女に対して。
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