36 いつも通りですが?
深ノ宮 鈴は目を覚ます。
何事もないいつも通りの朝。のはずなのにベットから起き上がる体が重い。
「月曜、七時四十分……」
時計を見ていつもなら遅刻しそうな時刻を見て焦って支度をする。だが今の私は遅刻なんてどうでもいい、学校に行きたくない、そんな気持ちでいっぱいだった。
だが休むという選択は無い、ここで逃げたらずっと逃げ続けてしまう。そんな気がする。
学校へ行く準備をゆっくりとしてゆく。
そんな中、一晩経って少し冷静さを取り戻していた鈴は部屋から出て、階段を下りるのをためらっていた。
佐一に八つ当たりをした鈴は一体どんな顔で会えばいいのか分からない、そんな考え。だが一つ屋根の下、絶対に顔はあってしまう。
「……ん」
迷っても覚悟は決まらない。行くしかないんだ。
あいつの事だからいつも通り、普通に話しかけてくる。その言葉をスルーして会話しなければ何の問題もないだろう。
覚悟が決まっていない重い足取りで一歩一歩階段を下りてゆく。そしてリビングを見るとそこには誰もいなかった。
「何だ、先に学校行ったのか」
テーブルの上に置いてあるお弁当を見て、ホッと胸をなでおろし安心していると『ピンポーン』と家のインターホンが鳴る。
玄関にゆき靴を確認する、今この家に私以外の人間はいない。
こんな朝早くに誰だろうか、今の心境的に人と話したくはない。この家に私しかいないのなら居留守使ってもいいよね。
そんな思いできびつを返そうとするが聞き覚えのある声で動きが止まる。
「はぁ……はぁ……鈴っち、やっぱりもう学校に行っちゃったのかな」
見知った声、昨日話していた乃虎ちゃんの声、その声を聴いた途端玄関まで行き、玄関を勢いよく開ける。
汗だくで、息を切らして屈んでいた乃虎だったが一度鈴と顔を合わせると笑顔で言葉をだす。
「おはよう鈴っち、そして昨日はごめんなさい!」
そして、笑顔を崩し真剣な表情で頭を下げた。
あっけにとられる鈴に対し、乃虎は頭を上げ言葉を続けた。
「昨日ずっと嘉義に言われたことを考えてた。考えたけど、私馬鹿だから何も分からなかった。だから昨日の夜嘉義に電話して聞いてみたの」
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昨夜ベットの上で嘉義に電話を拒否られる事、電話をとられても怒られることを承知に電話することに決めた乃虎は、スマホを鳴らし嘉義が「大利? どうかしたか」と普通に接してきたことに心から感謝しながら。
『何で嘉義もあいつも怒っていたのか分からない。けど全部教えてほしいなんて贅沢なことは言わない少しだけ、何かアドバイス頂戴』
ド直球に言葉を出した。
その問いに対して電話越ながら嘉義は「分からないから直接、直球で聞きに来るって」とクスクス笑う声が数秒聞こえ続けたが。
『いやぁ、じゃあ一つ、俺も佐一も大利に対して怒っているってことは無いんだよ』
『……?』
怒っていないのにあの態度? 分け分からん。
大利が考え込んでこれだけのヒントじゃまだ足りないと察した嘉義は言葉を付け足す。
『うーん、そうだね。自分の言動を思い返してみるのがまず一番。そしてゲームセンターでの出来事を『自分の目線』ではなく『深ノ宮の目線』で考えてみれば何か見えてくるんじゃないかな』
自分の言動。鈴っちの視点。
私は馬鹿だ。学校のテスト全教科、中学に入ってからの平均は三十点、それほど馬鹿だ。
そんな空っぽの頭でしっかりと今日の出来事を振り返りながら、鈴っちの目線でも考えてみる。
すると靄のかかった頭の中に光が見え、手をさし伸ばしてみる。
一日中鈴っちを振り回したのはもちろん、ゲーセンでの喧嘩、鈴がいち早く私の体を抑えて止めてなかったら殴り掛かっていた。そしてその後私は何事もなかったかのようにぬいぐるみに気をとられて言ってない。
『どう? 答えは見えた』
『私、謝ってない。鈴っちにも嘉義にも、そしてあいつにも』
何だ、簡単なことじゃないか。あいつがぬいぐるみを渡そうとしたあの時、悲しそうな表情をしたのは私の友達である鈴っちや嘉義に謝らなかったからあんな顔をしていたのか。
マジでむかつく。むかつくけどあいつは正しい。
『ごめん嘉義。そしてありがとう相談に乗ってくれて。明日二人を迎えに行くからその時、ちゃんと顔を合わせた状態で謝りたいからもう切るね』
『分かった。じゃ、明日学校で~』
一番に謝らなきゃいけないのは鈴っちだ。
だから。
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「一番初めに謝りに来たよ、慣れない考えすぎと夜更かしで学校遅刻ギリギリだけど……はぁ……はぁ……」
その言葉を聞いた鈴は先ほどまで心に何かが引っかかっていた重たい物、その心の重りが取れたかのか、胸が軽くなり、熱くなる。そのとき深ノ宮鈴の瞳からは涙が一滴、零れ落ちてきた。
何で泣いてるんだろ私。
この一件でグループがバラバラになるのかと思っていたが違った。ただ何もできず、気づかず、佐一に八つ当たりしていた私とは違い、乃虎ちゃんは篠崎君と別れた後から自分の悪い言動をずっと考えて、バラバラにならないよう、いつも通りの日常が続くように考えて動いていたんだ。
悪い事をして、そのことに気づいて、素直に謝れるなんて。少し鈍感で不器用なだけで乃虎ちゃんはやっぱり強いよ。
「ご、ごめん。本当にごめんね。泣かないで。えっと、こういう時どうしたらぁ」
乃虎が慌てた様子でオロオロしている姿を見て、泣いているのが自分が馬鹿らしくなった。
「乃虎ちゃんありがとう。遅刻しちゃうかもしれないけどもうちょっと待っててくれる? 急いで学校に行く準備してくるから」
そう笑顔で乃虎ちゃんに伝えると。
「……うん、待ってる」
いつも通りに返事を返してくれる。
急いでリビングに一度立ち寄って弁当箱を取り、部屋に戻ってカバンと制服を取って乃虎と合流する。
いつも通り、一緒に学校に行くために。
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