30 ギャンブルですが?

 二人の声を頼りにその場に足を運ぶと一台のゲーム筐体の前で乃虎と歳が二十台後半で有ろう男性がもめていた。


「お前この場に居なかったじゃん」


「それは小銭が無くなったから両替に離れただけだってば‼ ちゃんとコイン投入口に両替中の札おいていったじゃん」


「だからそれが無かったんだってば。はぁ、もういい?」


「絶対にさせない」


「乃虎ちゃん落ち着いて」


 今にも飛び掛かりそうな乃虎の腕を必死につかみ止める鈴さん。


 その光景を見た佐一は考えるよりも先に口が動き。


「篠崎さん。どういう状況か分かりますか?」


 ゲームセンターというこの場に詳しい篠崎さんに言葉をかけていた。


「ん~大体の予想はついてる。けど揉めている原因を教えるにはあの筐体の説明が必要不可欠。少し長くなるけど」


「お願いします」


 篠崎さんは佐一にも分かるように丁寧に横にある筐体の説明をし始めた。


「大利とあの男の横にあるのは三本爪のクレーンゲームって名前の筐体。で、この筐体はお金を入れてアクリル板の中にある景品を上についているアームをボタンで操作してつかみ出口に持ってゆくとその景品がもらえるって物」


「遊び方は大体わかりましたが、何故そのクレーンゲームで揉めるようなことが?」


「問題は大利がプレイしている三本爪のクレーンゲーム。普通のクレーンゲームとは違って少し特殊でね、アームが運ぶ途中にパワーを堕として景品を落とす。普通にプレイしているだけじゃ取れないんだ」


「……ん?それじゃあ景品は取れないし、プレイしても意味がないのでは」


「それが二つだけ景品をとる方法があるんだなぁ。一つ目が少しづつ景品を動かし落とす方法。言葉通りで今回の件には関係ないから説明は省くよ。そして問題の二つ目が金額の天井。今回揉めている原因はこれで、ある一定金額をあの筐体に入れるとパワーが上がって簡単に取れる」


「ってことは、喧嘩の理由ってあの男の景品横取り」


「そう弟君が考えてることであってる。大利が大金使って後一回ってところで百円玉が無くなって両替に行ってる最中に台をとられた。話の流れ的にちゃんとお店のルールに従って台についている『プレイ中』のアクリル札もちゃんとコイン投入口に差し込んでいただろうから大利が怒るのも無理ないね」


「なるほど」


 つまり悪いのは乃虎ではなくあっちの大人。


 だがこの状況、無理にでも乃虎を引き下げるのが一番いい。


「二人を放っておくわけにはいかないけど、どうしよっか弟君。俺の考えは大金を使った乃虎には申し訳ないが無理やり引かせる。出禁になりでもしたら近場で遊べる場所が減るし、何よりこのままだと警察官沙汰にもなりかねないからね」


 篠崎さんも同じ考えか。だがしかしそれでいいのだろうか。


 今回の乃虎さんの行動は悪くはない。ただルールに則り遊んでいたところをぶち壊されて意地の汚い大人に景品をとられそうになり激怒。人間として普通の反応だ。


 今自分の目から見て乃虎という人間は暴力と口だけに頼る馬鹿と認識して自分は嫌いだが、あっちの大人の男の方が気に食わない。


 だから、乃虎を引かせることはしたくない。


 佐一が考え、考えた結果、あんまり使いたくない方法が頭の中に思い浮かぶが贅沢を言っていられない。


「一応……話し合いを試みてみます」


「やめときなって、弟君が何を言おうとあっちの大人は相手にしてくれないよ~」


「大丈夫、ただの話合いじゃないですから」


 財布から五百円玉を取り出し、篠崎さんに見せながら揉める二人の元へと歩んでゆく。


「この‼」


 鈴さんの手を振りほどき男に対し殴る、だがその拳は大人の男には届かず間に入った佐一に拳を止められる。


 うん、ちょうどいいタイミングだった。危うく篠崎さんの言った通りになるとこだった。


「何しに来た、邪魔するならどっか……」


 言葉を言い終わる前に佐一は乃虎の止めた拳を強く引っぱり、顔を近づけ目線を合わせる。


「少し黙っていてください自分が何とかしますから」


「っ……うるさっ……む」


 開いているもう片方の手で乃虎の口をふさぎながらさらに強く睨みつけ。


「深ノ宮さんや篠崎さんがいることを忘れるな」


「……」


 言葉と圧でようやく自分の行動が迷惑をかけているという状況を理解したのか赤子のように騒ぎ感情で動いていた乃虎の体が止まった。


 ふぅ、問題の一つはこれでつぶれたか。次は。


「何だこいつの彼氏か?」 


「いいえ、ただの学校の後輩なんですけど……で、先ほどからのやり取りを見ていてお兄さんにお話がちょっといいですか」


 いい人間の皮を被り明るい表情を作ると男の方に話しかける。


「……何」


 こちらの出方を窺っているのかすんなりと話を聞く体制に入る。


「先ほどから見ていたんですけどこれ以上揉めたら二人とも警察のお世話になっちゃうと思いまして。でも二人のどちらが正しい事を言っているのか自分にはわかりません。で、物は相談なのですが簡単なゲーム、『コレ』で白黒つけませんか?」


 大人の男性にポケットに入れて置いた五百円玉を見せつけた。


「コイントスをして裏か表かを当てる簡単なゲーム。数字が書かれた方が本当は裏と言われていますが、今回は分かりやすいように数字が書かれた方を表としプレイします」


「話を勝手に進めるなガキ。俺はやるとは一言も……」


「ゲームを提示したのは自分なのでコインの表裏はお兄さんが宣言してください。それともう一つ」


 そういって佐一は五百円玉を上に放り投げ、不器用な手つきでそれをキャッチする。


「……っと、こんな感じで投げますのでいかがでしょう」


 佐一の投げるコインは誰がどう見ても下手糞でコインが手から離れ、何回転していたのか集中していればだれがどう見ても手に落ちてきたコインが表か裏かハッキリと分かる。


「真実が分からない以上、お兄さんの時間をとらせて申し訳ない気持ちはあるのですが……このゲームに勝った方がこの景品を取るということでどうでしょう?」


 一度は断りかけた男も少し考えこんだ後、にやぁっと不気味に笑い。


「いいだろう、乗った。そのゲーム受けてやる。そして負けたらこっちが引いてやるよ」


「本当ですか‼」


「ただし、そのコイン一度こっちによこせ。不正されちゃフェアじゃねぇだろ」


「いいですけど……お小遣いなのでとらないでくださいね」


 男は佐一の投げた五百円玉を隈なくチェックし、確認が終わるとすぐに佐一に戻す。


「そのまま、目に見える位置で構えろ」


「分かりました。ではいきますよ」


 細工がないことを確認たコインを表のまま佐一は先ほどのように不細工な手つきで空中にコインを投げる。


 一回……二回……三回……四回……コインは回り続け、そしてコインは回転力を失い重力に従って佐一の手の甲に落ちる。


「さあ、表と裏。どっちでしょうか?」


「ふっ、あっはっははは。お前、投げるのも取るのも下手過ぎてコインの動きを見るの簡単だったぞ。もっとコイントスの練習しな少年」


 自信満々な表情で佐一の手を指差し。


「表だ」


 そう答えた。


 その答えを聞いたとき佐一は焦りはない。表情を変えずそのままにっこりと笑い続ける。だってもう勝利を確信しているのだから。


 「じゃぁ、離しますね」


 ゆっくりと左手を放す。


 確かに周りのギャラリーも後ろにいる乃虎も表だと確信している。だが、その光景は皆が思う光景ではなかった。


 佐一の手に乗せられた一枚のコイン、表面は数字が書かれていない裏。


「なっ」


 それを見た大人の男は驚き、そして勢いよく佐一からコインを奪い取る。


 男は傷からコインの発行年数まで確認するが、コイントスが行われる前に自分自身が確認したコインと同じものだということに。


「ど、どういう原理だ……」


 佐一はこの件の事をどう動かすか最初から考えていた。


 話し合いで解決しない問題をどうやって解決するか。それは相手が圧倒的有利なギャンブルを提示すること。確実に勝てる勝負だと確信させ相手をのせる。そうしたら弱者をいたぶるこういうタイプの人間は必ず乗って来る。


 後は簡単、『イカサマ』で潰すだけ。これで解決できると踏んでいた。


 佐一は男から五百円玉を優しく奪い返すとスマホを取り出して男の耳元で数分前にこっそり録画していた動画を流した。


『「いいだろう、乗った。そのゲーム受けてやる。そして負けたらこっちが引いてやるよ」』


 しゃがみこみ脂汗をかく男に。


「一度口にした約束は守ってくれますよね」


 先ほどとは打って変わって見下した表情の佐一に男は一度は言い返そうと立ち上がるが、言葉が出る前に周りのギャラリーの視線に気づき。


「っ”!クソ‼こんな店に度とこねえよ‼」


 そう捨て台詞をはいてギャラリーを押しのけその場から立ち去ってしまった。


 少しの静寂の時を過ごした後、佐一は周りに向かって頭を下げ。


「お騒がせしてすみませんでした。これからはこんなことの無いようにします」


 その言葉でギャラリーたちは安心しきった表情で散り散りと別方向へと歩いて行った。


「お疲れ」


 頭を上げると篠崎さんが目の前に立っていた。


「店員さんには俺が謝っといた。客同士の殴り合いになってないから今回は真剣な君の顔に免じて許してくれるって」


「あ、どうも。後で謝ろうと思っていたんですが手間が省けました」


 佐一はそう言うと無言のまま立つ乃虎の横の筐体に百円を入れ、レバーを動かしボタンを押す。


 アームはすーっと真下におり景品である『ケダルイ熊蔵』という名前のぬいぐるみを掴むとあっさりと持ち上げ、出口へとぬいぐるみを落とす。


「篠崎さんの言った通りだ簡単に取れた」


 景品出口からぬいぐるみを取り出すと乃虎に差し出した。


 そこでようやく乃虎は口を開く。


「何で、こんな事をするの? もしかしてあたしのこと好きなの?」


「どういう考えをすればそんな結論が出るんですか」


 ため息交じりに佐一は言葉を続ける。


「深ノ宮さんと篠崎さんを含む周りの事を思って起こした行動です。貴方の為ではありません」


「っち、わぁってるよ」


 そう言いながら乃虎はぬいぐるみをとろうと手を伸ばす。その手をかわすかのように佐一はぬいぐるみを上に持ち上げた。


「……あ”?」


 何度も何度も乃虎は佐一の持つぬいぐるみに手を伸ばすが、佐一はサッサッとその手を華麗にかわす。


「もったいぶってないで早くよこせ」


 数秒の沈黙。そんな間の後、少し悲しげな表情をしながら佐一はぬいぐるみを自分の方へと戻すと。


「やっぱり、助けたのは間違いでしたかね……。行きましょう篠崎さん」


 そう小さな声で篠崎さんに伝えそのまま乃虎の隣を横切り歩いてゆく。


「はぁ?意味わかんねぇ、私にくれるんじゃ……」


「大利が悪い」


 言葉を遮るように篠崎がそういいながら乃虎の横を通り抜け佐一の後を歩いていく。


 その場で固まる乃虎にどういう言葉をかけていいか一度は迷った鈴だったが、優しく裾を引っ張り。


「とりあえず、行こ」


 この言葉を乃虎にかけることしかできない鈴だった。

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