27 場違いですが?
一時を知らせる鐘の音と供にレディース服専門wiselyに入店する。
自分の都合で急に一時間時間をずらしてしまったが、大丈夫だっただろうか。
そんな心配をしていると目の前から焦った様子のお客さんが速足で自分の横を通り過ぎお店の外に出ていく。
何かあったのか、と辺りを見渡すと先ほど出ていったお客さん以外人がいない。店員さんすらも。
おかしいな、まだお昼時だからお客さんがいないのは分かるのだが、お店の人までいないなんてあり得るのか?
そんな違和感を覚えながらもレジ横のベルを鳴らす。
ベルを鳴らして数十秒、少しの静寂の後下着売り場方面から人がやってきた。
「さ゛い゛ち゛ぐ、ん」
半べそを書きながら駆け寄って抱き着いてきたのは、このお店の店長、琴奈柴 吾鳥(ことなし あとり)さんだ。
「遅いよ~怖かったよ~おーおいおい」
「すいません。少し学校の知り合いの人に絡まれてて。一応遅れることはライン伝えたんですけど」
……ん? 怒っているなら分かるけど、『怖かった』?
琴奈柴さんがやってきた下着売り場の方向を見るとオールバックに紋章のピンバッチのついた黒いスーツの大柄な男性がいた。
ああ、なるほどあの人の事か。
見た目が怖いのはもちろん、何か殺気だってる。いつも明るい琴奈柴さんが怖がるのも無理ないか。
自分と同じ場違いな人物が何故この店に。って考える間もなく一択しかない。
あの人はこの場に来たくなかたが絶対に来なくてはならない『理由』があって女性物の下着を買いに来たんだ昔の自分のように。
琴奈柴さんは外見などを気にせず、昔の自分と同じように対応したがまだ解決に至っていない。お金が足りない、あるいは。
「琴奈柴さん、見せられた写真っていつ頃のですか」
「ぐすん……七五三の七歳の頃の写真、今は高校生らしいけど」
……それだけでサイズ特定しろなんて不可能だろ。
幅が広すぎるから昔の自分のようにサイズ範囲を絞って渡す、なんてことはできない。
「ネット通販について教えましたか?」
「教えた。けど彼も昔の君と同じようにガラケーでネットはちんぷんかんぷんそうだった」
「『だった』?」
「だって何を話してえも『答えられない』と答えはるから喋られへんねんやぁ」
自分の背後に隠れながら、口をとがらせ人差し指をツンツンしている。
何故京都弁なのかは置いといて、琴奈柴さんはこんな調子だし、ここは自分が間に入って物事を進めた方が速そうだ。
琴奈柴さんから離れ、オールバックの男のもとまで歩いていく。
「佐一君……」
琴奈柴は怯えた様子で、その背中を眺めることしかできない。
「何だ、お前」
いたって普通の反応だな。話し合いで解決できるといいが。
「どうも、ただの常連客です」
「客? 店の奴じゃないならどっか行け、買い物の邪魔だ」
「どこか行くのは貴方の方です。威圧的な態度で情報を渋り店員を困らせるあげく営業妨害、明白ですよね」
「……」
オールバックの男は目線を合わせるよう無言でしゃがみ込むと。
「殺すぞ」
自分の目を見てハッキリと言い放つ。
う~ん下手なことを言うとマジで殺されるな。この人の言葉には重みを感じる。
いつものような自分の淡白な態度や茶かす態度だと物事を終わらせるのに逆効果かもしれない。
そう思った自分は言葉の強さを変えない。
「あなたの望みが自分を殺して解決するならどうぞ。でもそれに殺しても解決しませんよ」
彼の言葉に引かず、目を見つめ返しながら言葉を放つ。
「イライラしても解決しません。自分の娘ではないにしろ大切に思っているのであればここの店員さんに家庭の詳細を話してあげるべきです。ここの店員さん、もとい店長の琴奈柴さんは話せばちゃんと一緒に考えてくれますから」
男は一瞬驚いた表情を見せ、ため息をつくとゆっくりと立ち上がる。
「……ちっ、何だこのガキ」
舌打ちをかました後、自分の横を通り過ぎ、琴奈柴さんのもとに歩いて行った。
これだけ言えば琴奈柴さんに家庭事情を話す決心がついただろう。
オールバックの男が歩いてゆく後を佐一はついていかない。他人の家庭の事情を聴くのはマナー違反だろうから。
立ち上がったとき殺気は薄れていたし、冷静さを少し取り戻していた様子だったからあとは琴奈柴さんに任せて大丈夫だろう。
そう思い自分は、自分のやるべきこと、霰さんの下着を選び始めた。
数分後、佐一が選び終わったタイミングで肩をちょんちょんと琴奈柴さんがつついた。
「ねぇ、あの人の事でちょっといい」
黙ってソファーに座るオールバックの男に目を向けると琴奈柴さんは先ほどとは打って変わって緊張が和らいだ表情をしていた。
「同じ境遇の人に相談してきてもいいか聞いて、大丈夫って」
……なるほどそれなら。
「あと一つ、佐一君にちょっと失礼な質問しちゃうけど……いい?」
「構いません」
まあ姉の事だろう。そんなに気を使わなくていいのだが、モラル的に聞いてくれたのだろう。
「買いに来た物は引きこもりの娘さんの下着、お偉いさんの娘だからちゃんとしたのを買っていかないと小指切られるってさ」
大体の事はわかっていたがあの人、コンビニで会ったスキンヘットの男と同じ紋章のついたピンバッチを身に着けている。『お偉いさん』と言ったのはあまり世によろしくない人物だからに濁したのであろう。
……小指が通貨にでもなっているのだろうか、
いかんいかん、無駄なことを思考にさくな。
「それで?」
「来たとき何を聞いても『答えられない』って言ってたけど、実際は『答えを言えない』って言ってたから、彼その娘さんの高校生姿を見たことないんだと思う」
ならそのお偉いさんに電話して娘さんの写真を……いや無理か、そんなことが出来るならオールバックの男が最初からもらっているだろうし。
彼の集団に女性がいる可能性も低い、居たとしたら下着の買い物に男の部下を派遣するはずないから。
無理だと思われる問題を必死に考える。
何か、何かないか。
考え、記憶を思い出し今日久しぶりに会った琴奈柴さんの最初の言葉を思い出しピンとくる。
……高校生? 引きこもりで学校に行っていないのなら普通、十五歳、十六歳など年齢で答えるはず。ということはどこかの学校に通っているはず。
生徒の健康は学園のブランドにかかわるはずだから健康診断もあったはず。
今は五月上旬、一般的に四月~六月に健康診断は行われる。五月上旬でまだ健康診断が行われていない可能性の方が高いので高校のデータはあまり期待できないが、中学三年のデータがあれば一年と範囲を極限まで絞れる。
そのことを琴奈柴さんに伝える、驚いた表情を見せると笑顔で「聞いてくる」とオールバックの男の元まで駆け寄っていった。
これでオールバックの彼はお偉いさんに電話し、お偉いさんが高校と中学校に電話し、この件は解決するだろう。
もう怖がっている様子もないし、琴奈柴さん忙しそうだから自分の用は終わったし戻るか篠崎さんのもとに。
琴奈柴とオールバックの男を横に通り過ぎ、休憩が終わったのかお店の中を不安そうに除くこの店の制服を着たバイトさんに一万円を渡し、立ち去りながら琴奈柴さんにラインで帰る文章を打った。
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佐一とオールバックの男が帰った後。
「おーいおいおい。久しぶりに会ったのに佐一君とあまりしゃべれなかったよ~。梨桃に合わせられなかったよ~おーいおいおい」
「吾鳥さん、レジで泣かないでください。クソほど邪魔です」
琴奈柴さんは別の意味で泣いていた。
それとは別に梨桃は今日の件で吾鳥の話す少年に興味がわき、会いたかったと少しがっかりしていた。
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