25 洋服選びですが?
洋服を見に来ただけなのに、付いて早々何故更衣室にいて篠崎さんの選んだ服を着ているんだ。
自分の映る鏡をうなだれながら見ていると、自分の意思ではなく更衣室のカーテンがシャーっと開かれる。
「うんうん、似合ってるよ」
上は水色のシャツにペイルオレンジのコート、下は青を含んだグレーのスラックスを篠崎さんに押し付けられ、佐一は着せられていた。
「篠崎さん、さすがに開けるなら一声かけてくださいよ」
「いいじゃん、お昼時で誰もいないし。いるとしても……」
篠崎さんが視線を自分から別の場所に移す。その視線の先には服を見ている鈴さんと乃虎の二人がいた。
「一般的モラルの話ですよ」
はぁと大きくため息をつく佐一に。
「ねぇ、弟君。ついてきちゃってるけど大丈夫なの?」
篠崎さんが顔を耳元まで近づけ、自分にしか聞こえない小さな声で尋ねる。
「いいんですこれで。鈴さんの様子、もとい篠崎さんグループの普段の様子を見たいだけなので」
ちょくちょくガンを飛ばす乃虎が視線に入るので自分がいることで普段通りの振舞ってくれるかは不明だが。
「よし、じゃあ他の服も持ってくるから」
「これで終わりじゃないんですか?」
驚きを隠せない佐一に少し先輩風を吹かせながら。
「何を言っているんだ、服を選ぶのは時間がかかる物なんだよ。これもショッピングの楽しみ方ってこと。なるべく早く終わらせるから」
そう言い終わると篠崎さんは自分の服を選びに行ってしまった。
自分の私服なんて買わないし、買ったとしても最初に目に入った安くて耐久性のある服を選んでしまう。しかし困ったな。
佐一はカバンからスマホを取り出し時間を確認する。時計は十二時を回っていた。
十二時に別の約束してたんだけど、長引きそうだ。遅れる旨をラインで伝えるべきか、ここは一旦切り上げ用事を済ませて戻って来るか。
「おいガキんちょ」
顔は笑っているけど心から笑っていないであろう乃虎が沢山の洋服を持って急に話しかけてきた。
……これは抜けられそうにないな。
佐一はスマホに急いで『すみません少し用事があって遅れます。一時までには必ず行きます』と入力し、カバンに戻した。
「この服とか似合うんじゃないかな……って何で大利がお……佐一君のところに」
「嘉義だけにこのガキを世話をさせるのは時間がもったいない。はい」
そっけなく強引に押し付けられた服はどれも子供服でサイズは小さく可愛らしい動物の刺繍うが入っていた。
これをどうしろと。
「きっと似合うよ。ね、鈴っち」
「……うぅ、うん。そうだね」
無理やり合わせて……付き合わされる鈴さんも大変だな。何とかしてあげたいのは山々だが、事情が事情なので今回は目を瞑る。
「はぁ、大利。お前」
篠崎さんが割って入ってきてくれるものの、あまり迷惑をかけたくないので言葉を遮り。
「サイズが合わないので服を探してくれるのならサイズのあう服を持ってきてください」
佐一は押し付けられた沢山の子供服を乃虎に返そうとするが、手をさっと引っ込めて。
「あ、そう。じゃぁ戻しといて」
そう言うと鈴さんの手を引きずるように立ち去って行った。
「……ごめんね。悪い子じゃないんだけど。身内以外こんな感じで」
「別に篠崎さんが謝る必要はないですね」
「やっぱり、弟君的には深ノ宮さんをうちのグループに入れときたくないよね」
「そうですね。ですがつるむ友達を決めるのは鈴さんです。自分がとやかく言う権利はありませんから」
「で、周りを変えようと……シスコンの弟君は可愛いな~」
「やめてください」
肩に手を書けわしゃわしゃとなでようとする篠崎さんの手を頭を傾けかわし。
「とにかく服を戻しに……」
服を戻しに行こうとすると篠崎さんが自分の手の中にある服を半分持ち上げる。
「手伝うよ、スマホの電源つけたり消したりしてるってことは弟君この後少し用事あるんでしょ。ごめんね、早く気づけば服選びを切り上げ大利止められてたんだけど」
「……ども」
二人は最初の目的、服を探すのではなく大利の嫌がらせの子供服を元の場所に戻すという作業を始めた。
それからかなりの時間が立ち。多種多様な子供服の他に成人服も混ざっていたの二人掛でもしっかり戻すのに時間を食ってしまう。一時までもう時間が無い早くいかなきゃ。
「少し用事があるので一瞬離れます」
服を元の場所に戻す前に伝えた通り一瞬この場を抜けることを篠崎さんに告げ、お店の前から去る佐一に。
「待って弟君」
呼び止められ、振り返ると服が入っているであろう紙袋が宙を待っていた。
落としちゃいけないと反射的にそれをキャッチする。
「それプレゼント。お詫びと早いけど遊びに付き合ってくれたお礼」
中をちらっと確認すると篠崎さんが最初に選んだ洋服一式が入っていた。
この人自分が紙袋を受け取るのを断ると分かっていて相手が必ず受け取る方法をとって来たな。
一度受け取ったものを返そうとすると篠崎さんは何かと理由をつけて返させてはくれないだろう。時間もないしここで口論もしたくない。
「行ってらっしゃい。こっちはこっちでゆっくり待ってるから」
遠まわしに乃虎を押さえつけることを伝えられる。
「分かりました。用事が終わったらすぐ合流します」
……何から何まで変な人だ。でも、少しだけ分かったことがある。
「それと、ありがとうございます」
紙袋を片手で持ち上げ笑顔でそう篠崎さんに笑顔で伝え急いで目的の場所まで走って行った。
この人は悪い人ではない。考えの緩い優しい普通の先輩だと。
この時佐一の篠崎さんへの評価が『他人』から『知り合い』にワンランク上がっていた。
「……あ」
篠崎さんの方はと言うと、ただ佐一の笑った顔を見ただけなのに不思議と驚き、少し照れが表情に現れた。
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