22 我儘ですが?

 霰さんからのラインを受けた佐一は食堂から中央校舎保健室まで走り一分足らずで教室の前までたどり着くと。


「霰さん‼」


 大きな声とともにドアを勢いよく開けた。


「おわぁ!? おどろいたぁ」


 保険の先生はコーヒーを飲もうとしていたところ急な大きな声とドアの音でカップを片手に固まり唖然としている。


 今の佐一には彼女の事を考える余地なく、固まる保険の先生の前まで素早く歩み寄ると肩を持ち訴えかける。


「姉さんは来てますか‼」


「えっ、えっと……いつものところにいるけど」


 驚いた表情と困惑の表情を混ぜた複雑な顔をしながらも霰さんの居るであろうベッドに指を指す。


 手を離し指されたベッドの仕切りカーテンを勢いよく開ける。


 するとそこには掛け布団にくるまって顔だけが出ている霰さんがいた。


「大丈夫ですか?」


 心配しながら霰さんにと言いかける佐一に対し。


「……なぃ」


 小さな声でぼそぼそと何かを言っている。


 体調でも悪いのか? 朝起こしたときはそんな様子は見られなかった。


 だがそうならこれは困ったな。


 霰さんと前にこの場所でかわした作戦には決定的な穴がある。


 それは本人の体調、もともと出席日数のギリギリを責めている作戦、霰さんが体調を一回でも崩せばこの作戦は破綻する。


 一年の半分掛けて慣れてさせ徐々に行けるようにしていく予定ではあるものの、頻繁に体調を崩されると無理にでも行かなければ行けない回数が増えてしまい、慣れるどころか人間不信の悪化にもつながる。


 自分が霰さんの夜更かし、間食などの体調を崩しやすい行動を制限させるべきだったのか? だがそれだと霰さんの自由を奪いストレスがたまる。


 霰さんは悪くない。しかしどうするこの状況。


 脳をフル回転させ考える自分の背中をこんこんと軽く叩かれ思考から現実に呼び戻される。


 振り返ると保険の先生が立っていた。


「ちょっといいかな」


 優しい問いかけに対し。


「今は少し考えさせてください」


 自分はすぐに答えを返した。


 保険の先生は佐一の冷たい態度にも動じず頭を軽く掻きながら話し始めた。


「う~ん。たぶん君の考えていることも大事だけど、彼女は『今』助けを求めているんじゃないのかな」


 今?


 一つ深呼吸をして落ち着きを取り戻した佐一は保険の先生に問いかける。


「風邪を引いたとかでは」


「朝から熱を測らせてもらったけど平熱だったよ」


 じゃあ何故霰さんは……。


 保険の先生の発言から数秒間考えた結果、すぐに答えは出た。


 突発的に出る『あれ』だと。


「霰さん」


 再び声をかけると今度はハッキリと聞こえるほど大きな声で霰さんは言い放った。


「いぎだぐないぃぃ……」


 その言葉を聞き、風邪を引いたわけではないのだとホッと胸をなでおろした。


 こんな状態になることも予想していた佐一、風邪をひいてくれるよりも対処は楽だ。だが覚悟がいる。


「何故、体育などしなければいけないんだ。大人になって必要なのは知識、運動などいらないだろ。それにクラス合同でやる必要あるか? 体力が必要なら一人で何とでもなるし皆でやる必要などない。自習で十分だろ。マジで」


 ブツブツ言っている寝ころんでいる霰さんに対し、目線を合わせるため屈みこみ。優しく声をかける。


 ここで物で釣ったりしたら駄目だ、一回でも物で釣ってしまうと物目的で駄々を毎回起こされてしまう、そうしたらお金がいくらあっても足りない。


 まして怒ったりしたらさらに行く気をなくし今後行かなくなってしまう可能性もあって逆効果だ。


 こんな状態になってしまった霰さんをやる気にさせる対処法は霰さんに対する『時間』だ。


「次の休み、ゲーム付き合いますよ」


 その一言でガバッと霰さんは起き上がると目を輝かせ顔を近づけてくる。


「え、桃鉄百年耐久してくれるの?」


「せめて一日で終わる範囲でお願いします」


「分かった、じゃあSFC版四十八年桃鉄。約束したぞ‼」


 嬉しそうにベッドから降りると、まだ昼休みが終わっていないのにもかかわらず霰さんは、保健室を飛び出て行ってしまった。


 約十三時間ほど休日は霰さんに付き合うことになってしまったが、毎回これでやる気が出てくれれば楽なものだ。


 霰さんお問題を解決するためには今いる自分の立ち位置、信頼できる別の人を探すかゲーム友達を作る。もしくは両方が出来れば突破口が見えてくるのだが。


 頭の整理が終わりふと気づく。


 あっそういえば保険の先生は?


 辺りをきょろきょろと見渡してみるが保険の先生はおらず、いつものテーブルにもどっており、イヤホンを耳に音楽を聴きながらコーヒーを飲んでいた。


 冷静になってみれば、焦っていたとは言えさっきの態度はあまりにもひどすぎた。


 そう考えながら近づいて行くと。こちらに気づいてイヤホンを外し椅子を回転させこちらに体を向ける。


「話は終わった?」


 優しく微笑みかけてくる。怒っている様子もめんどくさそうな様子もない。


 しかもイヤホンをつけてこちらの家庭の事をなるべく知らない様に配慮してくれている。


 そんな何から何まで考えてもらっていることに申し訳なくなり。


「すみませんでした」


 全ての意味を込めて深く頭を下げた。


「あぁ、いいのいいの。君はお姉さんのことを心配してここに来ただけでしょ、焦ってあんな態度になるのは普通だよ」


 そう笑って流してくれた。


「それより遊びに来てっていったのに佐一君って全然遊びに来てくれないじゃない。先生は悲しいよ」


 ぷんすかと怒った様子を見せるが全く迫力がない。


 この人はいい人だと確信は持てる。霰さんの事を話せばきっと前のように協力してくれる。だからこそ『怖い』。


 最悪の場合、霰さんも、保険の先生もいい思いをしない。だから自分が家庭の事情を誰かに話すことを迷っているんだろう。


「……まぁた考えてるの?」


 自分は喋らずに小さくうなづくと保険の先生は腕を組みムムムと口に出しながら何かを考えて、数秒で手を叩いた。


「ねえ佐一君スマホ持ってる?」


「持ってますけど……あ、電源が」


 急いでいて気付かなかったがスマホの電源がいつの間にか切れていた。


「ん~じゃあはいこれ」


 とその辺にあった紙にペンですらすらと書き一枚の紙を渡してくる。


「これは?」


「ラインのお友達コード。自分だけ優遇されることで話にくいってことなら保険の先生ではなく、あくまで大人としての立ち位置として相談に乗るよ」


 でもなぁ……


 紙を受け取ることを渋っていると。


「もう、黙ってもらっておけばいいの、お金をとろうってんじゃないんだから。別にラインで相談しろと強制はしないから。話したくなったら気軽に話せるように渡しておくだけ、ねっ」


 ウインクしながら、紙を自分の手に握らせる。


 何故ここまでしてくれるのか、ただ優しいからなのか分からないが。考えていても仕方ない。


「分かりました。何かあったら連絡させていただきます」


 そう言うと頭をさげ『ありがとうございました』と言いのこし保健室を後にした。


 それから午後の授業、放課後、帰宅と何事もなく。帰宅し、家族しか連絡先が無かったのに今日で二人も連絡先が増えたラインを眺めている佐一。


 ふと保険の先生のライン、プロフィール欄に目が留まる。


『鴻 香苗(おおとり かなえ)』


 そう言えば名前知らなかったな。と何も考えずにスクロールしていくと。


『二十六歳 独身の悲しき双子座 結婚願望あり お酒はたしなむ程度で年下より年上で甘えたい人間( *´艸`) 気軽にラインしてちょ(*´ω`*)』


「……」


 そっとスマホの電源を切った。


 その数分後には『保険の先生』とプロフィール欄も空白に変わっており後日、自分の教室まで来た保険の先生が頬を赤めながらこのことを問いただしてきたが何も見ていないフリをしておいた。


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