19 裏側ですが?
椿さんのトラウマを佐久田さんが崩してくれると思っているから2-2で分けたのだが……
頭の片隅で少しだけ気にしている自分がいるが、椿さんは大丈夫だろうという考えの方が大きい深ノ宮 佐一はまず目の前でおどおどしている霧雨さんの方を心配していた。
「わ、わ、あわわぁ……」
霧雨さんを自分の作戦に無理に付き合わせていいのかと一時考えたが、今後のことも考え強制的にキャッチボールをさせることにしたが。
グローブを強制的に押し付け、距離をとってみたはいいものの落ち着きのない霧雨さんにボールを投げ始めていいのだろうかと迷っていた。
多分霧雨さん上手くやらなくちゃって自分と葛藤しているんだろうな、と考えて心配そうな表情を浮かべながら見守る佐一、その時霧雨の脳内では。
『キャッチボールなんて、中学の頃の体育以来だよ。ど、どうしよううまく出来なかったら。せ、せっかく誘ってくれたのに下手だったら、仲間外れにされちゃう』
佐一の予想は当たっていた。
『だ、大丈夫、体育の成績はあんまりよくない私でも一応佐一君の先輩なんだから。カッコいいとこ見せなくっちゃ』
「よ、よ~し。こい」
小刻みに震えてるが……投げていいという合図は聞こえたので、とりあえず。
「投げますよ」
と一声とボールを上にかかげて見せ、下から救うように上に軽く山なりに投げた。
高く上がったボールに、ひょろよろとついていきグローブを上げる霧雨さん。
『いける!』
と思ったその時にはグローブを通り越し、見上げていた顔のおでこにボールが直撃し、草に足をとられ霧雨さんは後ろに倒れてしまった。
「だ、大丈夫ですか!?」
佐一は急いで駆け寄り、安否を確認する。
幸い椿さん達の使っている物とは違い、百均などで売っている柔らかいカラーボールなので幸い怪我もなく、生い茂る草のおかげで頭も打っていないようだ。
「立てますか?」
と倒れた拍子に外れた霧雨さんの眼鏡を拾い差し出した。
草に転ばされ、草に助けられる。なんともいえぬ状況を理解し、勢いよく起き上がると眼鏡を素早くとり、頬を赤らめ顔を伏せる。
「ご、ごめんなさい」
「別に謝ることはないですよ。ただの遊びです。落ち着いてください」
「は、はい、ごめんなさい……」
優しく声をかけるも、霧雨さんは硬く小さくうずくまってしまう。
駄目だ、教室に来た時の霧雨さんに戻ってしまっている。
放課後一週間過ごした仲と、ぽっと出てきて軽く話した男子生徒、今日の待ち時間で距離を縮めることはできたが、それはたった数ミリ程度。霧雨さんが『普通に振舞う』のは無理があるか。
椿さんや佐久田さんと関わるときは少しの気のゆるみがあったが。毎日顔を出しておくべきだったか。と後悔しても遅い。
今後のことを考えて、と思っていたのだが今現在、物事を進められなければ今後も何もない。
そう判断した佐一は手からグローブを外し。
「休憩しましょう」
と霧雨さんに喋りかけ、少し距離を置いて隣に座る。
少しの静寂に包まれ早数分、耐えきれなくなったのか、霧雨さんが佐一に問いかける。
「な、何で急にキャッチボールなんかを?」
喋りかけてくることを見越していた佐一だが、少し考えるそぶりを見せて佐一は口を開く。
「きっかけ作りですかね」
「?」
分からなさそうに首をかしげる霧雨さんに丁寧に佐一は話を進める。
「佐久田さんは『遊ぶネタが無い』と言っていましたがこの部を立ち上げた張本人、そんなすぐにネタが尽きることはないと思います」
「じゃあ何でネタが無いって……」
「遊びに誘っていいのか迷っていたのでしょうね。自分のやりたいことを押し付けていいのか? そう佐久田さんは考えて動けずにいたのだろうと思いますよ」
椿さんは感覚で動くタイプだが、霧雨さんは物事を考えて動くタイプ。性格も違えば趣味も違う穴だらけの部活、そんな部活の動かし方が佐久田さんは分からなかったのであろう。
「そう、なんだ」
「あくまで自分個人の考えですが」
霧雨さんは考えている様子を少し見せると勢いよく立ち上がった。
「やりましょうキャッチボール」
その一言を聞き佐一も立ち上がる。
頭の回転が速い人だ。霧雨さんもこの遊びが上手い下手関係なく大切なことがわかったのであろう。
こういう場合、考えているだけじゃあ何も始まらない。誰かが提案し、勢いで押し切るしかないと言う事。
誰かが佐久田さんの迷う考えを崩さなければならない、その穴埋め役を自分、佐一が今やっていることに。
霧雨さんには無理に付き合わせずに理由を話す方があっているな。
佐一は距離を再びとり「投げますよ」と声をかけ山なりなるように霧雨さんに向かって放り投げた。
「あっ」
「き、霧雨さん大丈夫ですか!」
ボールをキャッチし損ね、再び転倒した霧雨さんだが、少し照れながら立ち上がると。
「い、行くよ佐一君」
何事もなかったかのようにこちらに投げ返してきた。
最初は霧雨さんのボールコントロールはとてもひどく左右にぶれていたが、後半は佐一が教えながらキャッチボールを続け山なりだがまっすぐ投げられるようになっていた。
謝りながらも一生懸命楽しみながらプレイしていた霧雨さん。これからの先の青春部(仮)の遊びについていけるように恐縮するのではなく楽しもうと心を切り替えた霧雨 十香だった。
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「お疲れ~」
「佐一君、またね」
遊び終わり、ボロボロの佐久田さんとまた少し距離が縮まったであろう霧雨さんと学校の坂下の前で別れをつげそれぞれ帰り始めた。
少し上機嫌な椿さん。佐久田さんとうまくいったのだろうとホッとしながら隣を歩く。
このキャッチボールがきっかけで、佐久田さんが青春部(仮)を引っ張っていけるはず。
「ねぇ佐一」
「ん、どうかしましたか?」
「またキャッチボールしようね。今度は四人で」
自分からやりたいことを楽しそうに喋る椿さん、その光景をみて佐一は少し笑みをこぼしながら。
「考えておきます。でも手加減してあげてくださいよ」
「うん‼」
そんな浮かれた帰り道だったのだが、家に着いた後、夕食を買い忘れたことに気づき。自電車を本気で飛ばしデパートに買い出しに行ったのは言うまでもない。
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「お、十香っちも楽しかったようだな。これからはガンガン遊びに誘うからな‼ 覚悟しておけよ~」
『グローブは返さなくて大丈夫です。皆さんにプレゼントします』と言われ、佐一に貰ったグローブバッグに入れてうきうきしながら喋る佐久田。
「う、うん。お手柔らかに」
そんな佐久田の前で微笑みながら大切そうにグローブを握りしめる霧雨をみて佐久田は驚いた様子で問いかける。
「そう言えば十香っちって左利きなんだね、一週間一緒にいたけど気付かなかった」
「え、何でそのことを?」
「だってそのグローブ左利き用じゃん。よく見てんな~弟君」
そうだったんだ、自然に使ってたから気づかなかった。
佐一君、少し変わった優しい子。
「また青春部に来てくれないかな……」
「ん、もしかして十香っち弟君気に入った?」
声に出てた。恥ずかしい。でも。
ニヤニヤしている佐久田さんの顔をしっかりと見て。
「はい」
と微笑みながら返すと佐久田さんは「そうかそうか。じゃあ強制的に正式入部させるか」とガハハと笑っていた。
佐一と椿が楽しそうに帰る裏側でも同じように二人は楽し気に喋りながら帰っていた。
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