18 気持ちが分からないですが?

 佐一の提案でキャッチボールをすることになってしまった。


「いくよ~椿っち」


 ツーマンセルでやるキャッチボール佐久田さんはノリノリでやる気満々だ。霧雨さんは最初あまり乗り気ではない様子だったが佐一との少しのやり取りで今はやる気を見せている。


 正直私はキャッチボールに乗り気ではない。


 だがそれがどうしてなのか分からない。


 やりたくないと心の中では思っているのだろうか? けれど私たちが仲良くなるために佐一が提案してくれたことを否定できない。


 佐久田さんが『ネタがない』と言っていた時、正直何も考えてなかった。


 教室の後ろに貼られていた『青春を楽しみたい‼』って何なのだろうか? もしかして私は、あの空間から抜け出せるきっかけが出来ればと思ってこの部に入ることを決意したのだろうか。


 私は、分からない。あの時の気持ちが思い出せない。


 そんな考え事をしている椿の体に柔らかいボールがぶつかり地面に転がる。


「ごめん、今度はもっとゆっくり投げるから……って椿っち、どったの?」


 ただじっと何処を見つめるわけでもなく椿は正面を向いたまま固まっていた。


 佐久田さんがそれに気づくと何かを考えるように「う~ん」とうなり声を上げながら椿に近づく。


 そして佐久田さんの中で答えが出たのかポンと手を叩き椿に明るく話しかける。


「もしかして、椿っち野球嫌い?」


 野球が嫌い? その問いに対し椿はうつむいてしまう。


 私は野球が嫌いなのだろうか? それともキャッチボールが? 


 考えて、考えて、考えるも答えは見つからない。


 心の中のもやもやが膨らむだけで終わってしまう。


 椿さんは自分の答えを絞りだし声を放つ。


「分からない」


 佐久田さんにだけ聞こえる微かな声、そんな声に佐久田さんは。


「そうか~分からないか~じゃあやるっきゃないね」


「えっ」


 その暗い空気を吹き飛ばすかの如く能天気に笑う。


「嫌いではない、やりたくないわけではないのだろ? じゃあやってみよう、そうしたら嫌いなのか好きなのか何かが分かるかもしれない。何事もチャレンジだぞ椿っち」


 そう言うとボールを拾い上げ先ほどり距離を開けるとボールを椿に向ける。


「構えて椿っち‼」


 その言葉に反射的に椿は胸のあたりにグローブを構えた。


 それを見た佐久田は椿に考える暇を与えず、投球フォームに入り全力で椿のグローブに向かってボールを放つ。


「やっべ、コントロールが」


 勢いよく放たれたボールは椿さんグローブより少し右にそれるも、椿は瞬時に来るボールにグローブを合わせ「ぽすっ」っと軽い音を立てキャッチした。


「……ナイスキャッチ、ほら次、椿っちの番だよ、投げて投げて」


 少し驚きながらも椿に考える暇を与えず佐久田は声をかける。


「はい!」


 その声に椿が佐久田に向かって本気でボールを投げた。


「はや……ぶふっ」


 椿のボールは佐久田のグローブに一度は入るもキャッチできずにボールは佐久田の顎めがけて反射し、佐久田は後ろに倒れた。


「あ、ごめ……」


 そう椿が最後まで言う前に、佐久田は笑いながら立ち上がり、ボールを拾う。


「これはキャッチできなかった私のミス。それに遊びなんだから謝るの無しね。さ、次々」


 佐久田は本気でボールを投げる、そして椿も本気でボールを投げる。


 キャッチミスしたり、あらぬ方向にボールを投げ、息切れを起こす佐久田だが顔はずっと笑っていた。


「私、ずっとこんな風に遊んでみたかったけど、野球が下手でこうやってキャッチボールする友達いなくてさ。私はすごく今が楽しいよ」


 そして本気で、投げ合い気付けば夕日が沈みかけていた。


 椿は息一つ乱さず立っていたが、その頃には佐久田はボロボロで大の字で倒れていた。


「……ぷっ」


「お、椿っち……やっと笑った……」


 椿さんんは口に手を当て小さく笑う。 


「だって……佐久田さん、野球好きな割には下手なんだもん」


「……下手でも好きでいいだろ‼」


少し顔を赤らめる佐久田さんに対し。


「うんそうだね」


 椿さんは佐久田さんに手を伸ばし、佐久田はその手をつかみ取る。


「ありがとう佐久田さん。私答えが分かったよ」


 私は野球が嫌いなのではなく、心の中で人間関係に不安を抱えていたのだ。


 また、女子野球部のようになるのかもと。


 今日あそんだキャッチボールは楽しかった。とても、すっごく。


「がっはっは、それはよかった」


 椿の笑顔をみて答えに気づいた佐久田はヘロヘロな状態でも笑っていた。


 今度は答えられる『野球が嫌い?』について。


 私は佐久田さんと遊ぶキャッチボールが大好きだと。


 小さな一歩だが一つ自分のことを理解した深ノ宮 椿であった。

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