16 二人っきりですが?

 椿さんに抱き着かれた原因(ネタ切れ)をまだ解決していないから次の日も再び青春部(仮)に顔をを出しに来た深ノ宮 佐一。


 買い出しにも行かなければならないが、こちらの解決を優先した方がいいと判断したためここに至る。


 帰り道の商店街は夕方に閉まるが、反対側にあるデパートは夜九時まで営業している。夕ご飯は遅くなるがまあ、我慢してもらおう。


 扉を開けると大きいテーブルの端の椅子に座る、霧雨さんが一人いた。


 本を読んでいたのだろうが、こちらに気づくと本を閉じ、そわそわしながらぎこちない笑顔で会釈する。


「あ、えっと……こんにちは、深ノ宮君」


「どうも、こんにちは」


 軽く頭を下げ、昨日と同じように後ろの方から椅子を持ってきて霧雨さんの反対側に座る。


 どうやら椿さんと佐久田さんはまだ来てないようだ。同じクラスだったから帰りのホームルームが長引いているのだろうか。


「あ、ごめんね。私、あまり人とおしゃべりしたことなくて、あぁ、えっと……」


 そう言うと少し気まずそうに顔を下に向ける。


 先ほど閉じた本を手に取らず、下を向いてはこちらをチラチラと様子を窺っているようだ。


 それもそうだろう。彼女と会うのはまだ三回目、そして二人っきりになること自体は初めてなのだから。


 ここは、小粋なトークでも……と行きたいところだが、そんな話のネタなど自分の頭に無い。


「あの」


「ひゃい……な、何ですか?」


 一声かけるだけで体をびくつかせる、やっぱり心も体もガチガチだ。


 昨日も最初はそわそわしてたけど後半は馴染んでいた。こういうタイプの人間は何でもいいから話しかけていたら時間が解決してくれる……はず。


 とりあえず、二人が来るまで場を繋ぐ、緊張を和らげることぐらいはしておくか。


「呼び方を変えなくて佐一、で大丈夫ですよ。深ノ宮という苗字が二人いると呼び方に困りますもんね」


「そ、そうだね……昨日は佐一君って気軽に呼んじゃってたから。帰った後、凄く後悔してて……」


 どんよりとしている霧雨さんを「落ち込まないでくださいと」微笑みながら雰囲気を和ませる。


 結構深く考えるタイプなんだな。この人、鈴さんのツンツンした感じを消して柔らかくした性格だな。


「自分は皆さんより年下なのでそこまで考えなくても平気ですよ。霧雨さんは先輩なんですから」


「先輩……そ、そうかな……」


「そうですよ。さっきの名前の件も『君』でも『さん』でも呼び捨てでも、霧雨さんが思ったように自由に呼んで話しかけてくれて大丈夫ですから」


「わ、分かった。頑張ってみるね私‼」


 硬かった最初とは違い少し頬を染め照れながらも両腕を前に『ふんすぅ』と鼻息を立てながら頑張るからという意気込みを体で表現する。


「そこまで気を張りすぎなくても……」


 はたから見ても上がり気味な霧雨さんは辺りを一周見渡して、先ほどまで自分が読んでいたテーブルに乗っている本の上に手をかけ。

 

「えっと、ねぇ佐一君。佐一君って本、読んだりするの?」


 今度は向こうの方から話かけてきた。


「そ、そうですね……」


 と答えようとすると、食い入るように。


「私は断然SFと日常を掛け合わせた物語が好きですね。普通の恋愛ものだと『こういう展開になるなー』とか『絶対この人とくっつく』とか分かってしまうんです」


 あ、何か変なスイッチ押したな。と佐一は瞬時に察した。


「けど、そこにSFのようなファンタジー要素を加えることで話が広がり、展開が読みにくくなるんです」


 段々と距離を詰め話す霧雨さんに。


「えっと……近いです……」


 冷静に対応すると、そのことに気づいた霧雨さんは、勢いよく体を引っ込めて。


「すみません、私の長いお話して。すみません、すみません、すみません」


 何度も頭を下げた後、顔を赤く染め、うつ向いたまま動かなくなってしまった。


 う~ん、引かれたと思われてる。こっちは霰さんのゲーム攻略法早口呪文を何度も聞いて慣れているのであまりこういうことは気にしていないのだが。そんなことを知らない霧雨さんには反応が薄い自分を見て引いてるように見えてしまっているのか。


 好きなことや好きなものを楽しそうに他の人に喋れることはすごいことだと自分は思っているのだが。


「全然大丈夫ですよ。こっちも聞きてて楽しそうなことは伝わりましたから」


 と明るくフォローをこころみるが、反応が無くなってしまった。


 だが明らかに入って来た時のような重い空気はなくなったと思う。


 この短時間で少しだけ霧雨さんのことが分かったような気がする。

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