13 問題児ですが?

 日が沈み辺りが暗く、街灯に明かりがともる時間。


 沢山の紙袋を両手に鼻歌交じりにスキップをしながら道を行く深ノ宮 楓。


 ひゃっふい~街で新しい化粧品とスカートかっちった~。


 下僕怒ってるだろうな~ま、いっか。説教されたら適当に聞き流して反省した振りすればいいや。


 一度は立ち止まり怒られることを頭の中で考えるのだが、切り替えの早い彼女だった。


「ただいま~」


 さっさと怒られてこの話を終わらせようっと。


 家の中に堂々と入っていく楓はリビングにいるであろう佐一にすぐさま会いに行く。


 自分から向かう意思を見せることで説教を少しでも短くしようと言う作戦なのだ。う~ん、私ってこういう事には頭が切れるんだよね~。目薬OK、表情はしょんぼりとっ。


「佐一……ごめんね。勝手にさ……」


 リビングに暗い雰囲気で入った楓だったが、あり得ない光景を見て紙袋を落とす。


 キッチン方面、普段絶対にいない鈴が可愛らしい猫の絵がプリントされたエプロンを身に着けスマホとにらめっこしていたのだ。


「プッ……あっはっは、何その格好~可愛い~☆」


「う、うるさい‼ 好きでこんな格好してないわよ‼」


 煽るように笑う楓に赤面しながら怒鳴り返す鈴、その鈴の手には包丁が握られていた。


「あはっはぁ。笑い死ぬ……。で、あんたに似つかない場所で何やってんの?」


 涙を手で拭いながら疑問に思ったことを聞くと不機嫌そうな顔をして目線をスマホ画面に戻した。


「見て分からない? 夕ご飯作ってんの。邪魔するならどっか行って」


 へぇ~鈴が夕ご飯……。


「はぁ!? 何で!? 下僕はどうしたの?」


「ここにいます」


 にょきっと台所の陰から下僕、佐一が顔を出してきた。


「反省、してないようですね」


「……いや……反省……してるよ……」


 くるりと一瞬だけ背負向け目薬をコンマ0.01秒で刺し、下僕の方へ体を向ける。


 下僕は呆れた表情を見せ、一つため息を付くと。


「理由は簡単。先の事を考え、家事を一つ覚えてもらおうと鈴さんには週二で夕ご飯を作ってもらうことにしました」


「半ば強制的にね」


「鈴さん話してる暇はありません、さっさと作らないといつ夕ご飯にありつけるかわかりませんから」


 佐一が、料理を作る作業に戻ると鈴が楓の横腹を肘でつついた。


「あんた、あいつ怒らせたでしょ」


「ん、多分」


「……私が朝、ゴミをどうしたらいいか聞きに洗面台にいる佐一に会いに行くと」


 鈴が私が出て行った後を軽く話してくれた。


○○○○○○○○○○



『絶対に嫌。何で私が夕食作んなきゃいけないの』


『じゃあ聞きます。何故自分が姉さん達の朝ご飯、昼ご飯、夕ご飯を作らなければいけないのでしょう』


『長男だから』


 急に飛んできたカウンター。耳をふさぐ時間さえなかったがいつかその言葉が飛んで来るとは予想はついていたため、あの頃の記憶がよみがえる前に自分から洗濯機の角に強く頭をぶつけ『長男』という言葉から強制的に意識をそらす。


『違います』


 急に洗濯機に頭をぶつけ、ふらふらしている佐一を引いた目で見ている。


 分かっている。あの両親に育てられたからこの状況が普通だと思っている。鈴さんも他の姉さん達も。だから考え方を変えさせなければいけない。姉さん達を変えるためには。


『別に作らなくても構いません。ですがその場合、鈴さんのご飯は二度と作りません』


『は? 何で私だけ』


『理由は簡単。自分でお昼のお弁当を作っていると言う、周りについている嘘の事です。いつかボロが出そうなのでその対策のためですかね』


『……なっ、何処でその事を』


『最近友達になってくれた情報収集が趣味な先輩に聞きました』


 一歩引き驚きを隠せない鈴さんを張り付いた笑顔で喋り続ける佐一。


『それに鈴さんだけじゃないですから。楓さんにも家事をさせようと思ってます。夕食作ると約束してくれれば月のお小遣い食材費として少し上げますよ。残ったお金も好きに使っていいですし』


『……楓……あいつもいっしょか……それなら……』


 鈴さん少し不貞腐れながらも嘘を付きとおすためと考え、ため息交じりに答えた。


『良かった、では今晩から週二、鈴さん、椿さん、霰さんの三食作ってもらえませんか?』


『ん、楓とあんたの分はいいの』


『はい、自分の分は自分で作りますし、楓さんは……自分で何とかさせます』


 表情一つ変えず、ニコニコする佐一に少し恐怖を覚えた鈴、それが今日の朝、起こった会話。


○○○○○○○○○○


「あいつすごく怒ってたぞ。こっちまで飛び火して、全くいい迷惑」


「ごめ~ん☆」


 頭を軽く叩き、茶化す様子の楓に反応せず台所に戻る途中、一度振り返り、楓に指を指す。


「あ、そうそう、話の通りあんたの夕ご飯ないから、頑張んな」


「す~ず~私の分も作ってよ」


「絶対に嫌。佐一に言われた事からこれ以上作業量増やしたくないし。何より私、あんた嫌いだから」


 そう言い残し下僕のもとに戻っていった。


 ……どうしよっかな~今回ばっかはかなり怒ってんな。


 取ったお金全部使っちゃったけど。まあ、あの魔法の言葉で何とかなるかな~。


 あんまり深く考えず、床に落とした紙袋を手に取ると笑いながら部屋に戻る楓だった。


==========


「腹減った~飯~」


 いつも夕ご飯を食べる時間をとっくに過ぎ、部屋から強制的に連れてこられた霰はテーブルにうちひしがれていた。


「ごめん、お待たせ」


 鈴はエプロンを脱ぎ、両手に持つ料理をテーブルに並べた。


「お~……これが……飯?」


 真っ黒に焼けたカチカチの目玉焼きと炊き方を間違えたびちゃびちゃなご飯、そしてメインのハンバーグも見ただけでわかる焦げでの黒さ、肉の塊は皿をテーブルに置いた瞬間形を保てず崩れ落ちた。


 肩をがっくり落とす霰に少し頬を染め口を少しとがらせる鈴。


「悪かったわね。文句なら佐一どうぞ」


「弟よ~僕は……」


「文句は受け付けてません。最初っからめんどくさくて難易度高い料理を作ろうとするからです。卵焼きとご飯はそれ以前ですけど」


「まあまあ落ち着いて、そんな事より食べよう。お腹すいてるでしょ」


 不機嫌な霰を椿が優しく止めると素直に従い橋を持つ。


「それじゃあ、いただきます」


「「いただきます」」


 全員が一斉にハンバーグを箸でつかむと口に運んだ。味は……見た目通りのようでマズそうに箸を進める。だが椿さんと霰さんはまずいとは口に出さない。作ってもらった側の配慮だろう。


「……まっず」


 作った当の本人はめちゃ口に出してるけど。


 自分の分は自分で作ったから影響はないが、急に料理を作れといい文句を言いながらも関わらず素直に作った。今日は鈴さんを変えようとかイジメようとかそんなこと考えてはいない。行為に免じて今日だけは優しくしてあげよう。


「見ててバランスが悪そうなのでサラダどうぞ、色々切ってドレッシングかけただけですけど」


 最初っから完璧にできることなんてない、そう思い作った大きな皿に盛られたトマトやキャベツのサラダ、どう見ても一人用の量ではない。


 それを前に差し出すと、鈴さんが小さな声で。


「……助かる」


 お礼を口にした。


 この人は本当に素直、自分は鈴さんが姉たちの中で一番まともでいつでも変われると思っている。だが彼女は自分から変わろうとしない。


 変わらない理由は簡単、今の自分が正しいと思っているから彼女は変わらない。だから自分が鈴さんを正しい方向に導く必要がある。


 だが簡単にはいかない、今回は楓さんという人物がいたから簡単に丸め込めたが、他の物事はそううまくいかないだろう。


 自分はそんなことを考えながら食事を勧め、皆サラダをつまみながら、鈴さんの料理も食べ進めて全て完食し終えた。


「週二であれが来るのか……」


 霰さんが言葉をボソッとこぼすが、肩をつかみ優しく声をかける。


「嫌なら霰さんも自分で作ります?」


「……我慢します」


 静かなる圧をかけられた霰さんはふらふらと立ち上がる。


「ごちそうさまでした。霰~待って~」


 その光景を見て椿さんも立ちあがり、霰さんの体を支え、二人一緒に二階へあがってゆく。


「じゃあ私も……」


 そう言って鈴さんも去ろうとするが、止めに入る。


「まだ終わってませんよ。ご飯を作るときは片付け終わるまで終わりじゃないです」


 自分と椿さん皿を持ち台所に向かう。


「……」


 めんどくさそうな表情を浮かべながらも鈴さんは残りの皿を持ち、台所に並ぶ。


 その後は鈴さんに一つ一つ洗い方を教えながら、時間をかけ食器の片付けを終えることが出来た。


「はぁ……疲れた……あんた、毎日こんなことやってるわけ……」


「そうですね。慣れれば結構楽になります。あ、あとお風呂沸いてるんで先どうぞ」


「あんた、いつ入れたの」


「鈴さんが料理を作っている間に、出来上がるまで時間かかりそうだったので」


「……あんがと」


 振り返ることなくお礼をいい、リビングから出ていく鈴さん。


 さて、問題はこの後だ。絶対楓さんはここにやってきて『長男』という言葉を使い自分を従えご飯にありつくつもりだろう。


 まあ、楓さんの考えたシナリオ通りに進むつもりはないが。


 自分はポケットから霰さんから借りたものを耳に取り付けると同時に、予想通り鈴さんと変わるように楓さんがリビングにやってきた。


==========


「佐一~お腹すいた~」


 いつも通り嘘の猫なで声で下僕に声をかける。


「ないですよ」


 う~んやっぱり駄目か~まあ本当に腹も減ったし、さっさとあの言葉言って作ってもらうか。


「ねぇ……お願い、長男なんだから」


 その言葉を放った途端下僕がびくっと体を震わせ、顔を伏せる。


 効いてきた効いてきた。過去何があったか知らんが『長男』っていうだけで従えちゃうもんな~。過去の事は興味もないので知りたくはないが。


 下僕はゆっくり台所に向かい、冷蔵庫の隣にかかった袋をあさっている。


 ご飯が出ると分かりきっている楓は、椅子に座りゆっくり待とうとしたがすぐに下僕が目の前に現れた。


「……おい、ごは……」


 そう楓が言いかけたとたん、佐一は素早く動きテーブルにある物を強く音のなるように置いた。


「……これは……何?」


「見て分かる通りカップ麺です。さすがにご飯抜きはかわいそうなので持ってきました」


 私が世の中で一番嫌いな食べ物。喧嘩売ってんのか……って、こいつ、言葉が聞いてない。


 ジャンボサイズの豚骨カップラーメン、総カロリー約500kcal、太るし、顔があれるし、絶対食べたくない。


「お湯は自分で沸かしてくださいね」


 そう言い残し去ろうとする下僕の胸ぐらをつかむ。


「おいコラ、ちゃんとしたご飯出せ」


「……朝の件、絶対に許しませんから」


 マジで睨み返してきた。『長男』という言葉が通用しないのなら脅しても泣いてもこいつには何も通用しない。そう言うやつだから。


「クソッ‼」


 投げるように下僕を振りほどくと音をたてながら二階にかけ上がり自室に鍵をかける。


「何で通用しない」


 今までこんなことなかった、魔法の言葉を使えば何でもしてくれた、だからあいつは私の下僕なんだ。


 私の代わりに怒られ、私の代わりに作り、私の代わりに何でもやる。それが当たり前。


 だがそれももう通用しない。鈴のように自分で作る? 嫌だね、そんな面倒なこと誰がするか。それよりそんなことしたら下僕の思い通りになってしまうのが腹立つ。


「あ~ムカつく‼」


 考えても、考えても空腹は収まらなかったため。楓はベッドにもぐりこみ眠ることを選択した。


==========


 物音がやんだ、ベットに入ったかな。


 楓さん堂々とイヤホンつけてたのに気づかなかったな、自分に興味がない通り越して見えてないのかと疑うぐらい。


 それにしてもやっぱノイズキャンセルイヤホンで声が聞こえなくても、口の動きだけで結構分かるもんだな。


 『長男』と言ったとき声は届いてなくてもイヤホン通り越して本能まで貫通してきた。少し抑えられるがこれはあんまり使えないな。


 彼女は鈴さん同様自分が正しいと思う人間。変えるためには楓さんも導く必要があるが自分一人じゃ多分無理。鈴さんを楓さんの道の先に立たせ先導させることによって少しは変わるはず。それを利用して。彼女を父に認めさせ、幸せにして見せる。


 イヤホンを軽く放りながら考える佐一であった。

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