12 休日ですが?
一軒家に住む四人の姉(問題児)を任された中学生深ノ宮 佐一、休日は平日よりも朝も早い。
自分の部屋を持たない彼は二人掛けソファーの上で目を覚ます。
薄い掛け布団を自分の体から剥がし起き上がり、家の壁にかけられたアナログ時計を確認すると針は五時五十五分を指していた。
もうそろそろ動いていいかな。
立ち上がると掛け布団を綺麗に畳みリビングの隅に置いてある小さな収納に入れ、カーテンと窓を開け朝の空気を取り込み大きく体を上に伸ばす。
海が近くにあること知っているので部屋に吹き込む風がほんの少しだけ塩の香りがするような気がする。
朝の空気はいいな。
そんなことを考え、ぼんやりしている自分に両手で頬を二回叩く。
「よし、やるか」
気合を入れなおし部屋の電気をつけると六時を知らせるスマホのアラームが部屋に鳴り響いた。
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ガタガタとうるさい騒音が鳴り響く。
私は顔の半分を布団で覆いながらスマホをのぞき込む。
「……まだぁ……こんな時間じゃんかぁ……」
ホーム画面に十時三十二分と表示されていることを確認し騒音を少しでも聞こえない様にするため布団を頭からかぶり再び眠りに付こうとする。のだが……。
「鈴さん、朝ですよ~起きてください」
眠るという行為を邪魔するものが部屋の扉を何度もノックする。
うるさい、うざい、休みの日ぐらい自分の好きな時間寝ていたい。
絶対に反応するもんか、と心の奥底から思いこみノックが止まるのを待っているとノックは一分も続かず、すんなりと静かになった。
諦めたか、と思った次の瞬間『ドゴン』と重い大きな音が扉の方から聞こえ、その音を聞いた私はベッドから飛び起きた。
部屋と廊下をつないでいた扉らしきものは部屋の床に倒れており、白い埃が舞い散る中現れたのは。
「鈴さん、おはようございます」
ニコニコ笑顔でエプロン姿の悪魔(弟)がそこに立っていた。
私は立ち上がるとドスドスと大きな音をたて、弟に近寄ると胸ぐらをつかんだ。
「姉の居る部屋に鍵のかかったドアを蹴っ飛ばして入る人がいる普通!?」
「ここにいますね」
自分を指差し表情一つ変えない弟に体の力が緩みため息がこぼれる。
「あんた……どうすんのよこれ……」
「大丈夫、最初から扉を治す気で壊しましたから」
そう言うと部屋に倒れた扉持ち上げ、背後に置いてあった工具を使い手際よく治してゆく。
「馬鹿……あ~頭痛くなってきた。眠気が嫌でも覚めたわ」
「何よりです。それにしても……いつ見ても足の踏み場のない汚い部屋ですね」
脱ぎ散らかされた服、ぬいぐるみ、化粧品、雑誌などetc。……言葉の通り、床が見えず、歩く場所がない鈴さんの部屋。
扉を治しながらそんなことを話しかけてくるのに対し。
「ほっといて」
冷たく突き放すように言葉を返すのだが。
「起こすためとはいえ、自分が埃を部屋に巻いてしまったので掃除を……」
そんな言葉を華麗にかわし、マイペースに返してくる。
「絶対にさせない」
残念そうな弟は扉を修理し終えると扉を開け閉めし動作を確認しながら。
「鼻や喉を傷めるといけないので窓だけは開けといてください」
「……」
これ以上ぐちぐち言われるのが嫌なので、何も言わずに移動し窓を開ける。
これでやっとあいつから解放されると思っていたのだが。
「……」
「……」
「……何? 起きたからもういいでしょ」
弟は私の部屋の前から動こうとしない。
「洗濯物をこれに入れちゃってください」
大きなかごを差し出してきた。
こいつ、私を起こすのはついでで、最初から私の部屋を掃除する理由を作ることが狙いでドアをぶっ壊したな。
イライラしながら服や下着を適当に拾い上げ投げつける。
「さっさと部屋から出て行って」
「部屋には入ってません」
確かに廊下側からドアを引っ張って修理していたしその場から一歩も動いていない。クソ、楓みたいな揚げ足取りやがって。
「じゃあ私の視界から消えて」
「それはできませんね。誰かがやらなければ部屋は汚いままですよ? 鈴さんの友達が家に来ることもあるでしょうし」
「……友達、呼ばないからいい」
「そうですか」
少し悲しげな表情で投げ捨てられ廊下に散らばった衣類を拾いカゴに入れると部屋の扉を閉め、階段を下る音が聞こえてきた。
「……何であいつが悲しそうな顔をするんだよ」
何かが心に引っかかる、そんな感情を胸に部屋に散らばったゴミを拾い集め始めた。
==========
一階に下る音はフェイクで二階に残っていた佐一、鈴さんの部屋から掃除をしているであろう物音を聞いてから一階に降りる。
口では強く言うけど鈴さん素直な人だからな。起こりえる理由を話せばすぐに行動に移すことのできる。
前までは部屋に入る許可を得て洗濯ものを回収して掃除もしていたがさすがに相手は高校生、触られたくないものや見られたくないものの一つや二つあるのかもしれない。
そう思った自分は家族だからという理由のみでプライベートな空間にずかずかと踏み込みたくはないから鈴さん自身が掃除や洗濯をやってほしい。だが、いきなりいくつも押し付けるとハードルが高くなりすぎてやる気を失わせてしまうかもしれない。
一つずつ、ゆっくりと鈴さんには自分の身の回りの事をできるようになってもらおうと思い一芝居打ったがうまくいくものだな。
鈴さんの素直さを改めて実感した自分は鈴さんの部屋の前から立ち去り、一階に移る。
「さて……」
もう一人自分のことは自分でしてほいい人物がいるのだが……楓さんはどう理由をつけて自分のことをしてもらおうか。
鈴さんの洗濯物を種類ごとに分けながら考えているのだが楓さんをうまく言いくるめる自信がない。
楓さんの部屋は結構綺麗だし、洗濯物は押し付けては来るが綺麗に色別に分かれている。そこまでできるなら自分でやれというだけで家事自体はやれそうなのだが。
自分の事以外のために動くのがめんどくさいのと自分を困らせたいという性格の悪い気持ちがあって楓さんは自分でやらないんだろうな。楓さんの部屋以外、リビングとかでは普通にゴミを放置するし。
「こう考えてみると楓さん本当に根が腐ってるな」
「呼んだ☆?」
お風呂場に置いてある洗濯機の前に座って作業していると、楓さんがひょっこりと顔を出してきた。
「呼んではいませんけど楓さんは本当に性格がいいんだなって一人でつぶやいていたところです」
「もう、お姉ちゃん褒めても何もないのに☆」
笑顔なのは表だけで、背中を強く拳で何度も殴られる。
前の独り言聞かれてたなこれは。まあ、誤魔化すつもりなんて最初からないからいいけど。
「ところで楓さん、洗濯物を自分でしてみませんか?」
「え、普通に嫌」
真顔で返された、やっぱり一筋縄ではいかないか。
今日はひとまず諦めて作戦を練るか。
洗濯機に鈴さんの服を放り込み、洗い終わった洗濯物をもってその場から去ろうとするが。
「ねぇ佐一」
甘い猫なで声で抱き着いてくる楓さんに歩みを止められる。
「駄目です」
「ちょっと、まだ何も言ってないじゃん」
「買い物に行きたいがお金がない。だから自分にすり寄ってきた。そんな気がしたのですが違いますか?」
「分かってるならちょっとぐらいいいじゃん」
「そんなにお金が欲しいならバイトしてください」
お金は無から無限に出てくるわけではない、父が稼いで銀行にお金を入れてくれている。そのお金をやりくりして今の生活をしている。
決して生活に困っているわけでもない。何なら毎日軽く遊ぶ程度ならお金を持て余している。だがそれは通常通りに毎日が過ごせればの話。
急病や事故などのために自由に使えるお金と生活費と分け貯金しており、自由に使えるお金から姉たちにお小遣いとして渡している。
四人全員、月に一万円。高校生のお小遣いとすれば高いだろうが少し多めに渡すことで自分の好きなものを買って貯金できるかな、と思いお金を渡していたのだが。
「今月のお金どこに消えたんですか」
楓さんは月初めから三日間でお金を使ってしまう。
「女の子には消耗品が色々あるの」
確かに楓さんの言うことも分からなくはないのだが、自分の持っているお金でやりくりをすることを覚えなければお金がいくらあっても足りない。
「何を言われても渡しませんのでいい加減諦めて放してくれませんか。早く洗濯物を干さないとまた洗濯しなおさなければなりませんので」
「じゃあ……仕方ない……ねっ‼」
楓さんの腕を軽く振りほどいた瞬間、楓さんの手が自分が身に着けているエプロンのポケットに楓さんの手が素早く入る。
楓さんは素早く身を引きこの場から去ろうとするがエプロンに入った楓さんの腕を手でつかみ、もう片方の手で首根っこを掴む。
「それはだけはやっては駄目です」
カゴが軽い音をたて、洗濯物が宙を舞い衣服が床に散乱する。
楓さんの手の中には後で買い物に行くため、持っていくことを忘れない様に肌身離さず持っていた自分の財布が握られていた。
楓さんの顔から目線を離さず、財布を持つ腕を力強く握りこむ。
「イッタ……痛い、痛い。分かったから手を放して」
涙目になりながら訴え、引き離そうとする姿を見て『少しやりすぎた』と思い握る力を緩めるがその隙を逃さず楓さんは手を引き戻すと自分と距離をとる。
「下僕は甘いね嘘の涙なんかに惑わされちゃってさ~」
舌を出しながら財布を握る腕をこちらを煽るかの如く軽く振るう。
その態度を見た瞬間『やられた』と思い、動いたときにはもう遅い。
楓さんは離さずに持っていた財布から一万円札を抜き取ると財布を自分の顔面目掛けて投げつけ玄関に向かって走る。
「それじゃあ、行ってきま~す」
悪いニヤケ顔をこちらに向けながら玄関の扉を開け逃げるように家を出て行った。
家に残ったものは静寂ともう一度洗濯しなおさなければならない床に散らばった衣服。その状況に。
「はぁ~~」
財布をぶつけられたおでこをさすりながら、深く大きなため息をつくことしかできなかった。
あの人の性格を忘れてはいなかったがさすがにここまでするとは思わなかった。さすがに盗むという行為はもっと力づくで止めるべきだった。そんな、あの時ああしていればと後悔のみが頭をよぎる。
だが後悔してももう遅い、頭では分かっている。大丈夫、冷静になれ。
一度大きく深呼吸をし散らばった衣類をカゴに拾い集め洗濯機の隣に置いた。
まだやるべきことは沢山ある。休日は有限、ぼーっと立っているわけにはいかない。
「風呂場でも磨くか」
自分に言い聞かせるように言葉を放ち、エプロンを置いて袖をまくりブラシを持つ。
嫌がらせをされる分には別にどうでもいい。だが超えてはいけない行為を止める手段がない。楓さんには嘗められているため自分が怒っても通用しなし。
楓さんには自分の身の回りのことをさせるのではなく、自分自身のことを見てもらう必要がある。そのためにはいけない行為を止める怒れる人間がいる。母親も父親もいないと考えものだ。
どうしたらいいのかな。あんまりやりたくはないが叩いてでも……。
「ねぇ、ゴミを袋にまとめたんだけど、どうしたらいい?」
頭の中で考えを巡らせ、浴槽を磨いていると後ろから声がかかり振り返ると、大きな袋を持った鈴さんが立っている。
「……いた」
「は?」
一目見た瞬間にピンときた。楓さんより年上で、あまり仲良くはない、学年は違えど楓さんが勉学や運動神経で張り合う存在。次女の鈴さん。
鈴さんが楓さん自身より優秀だと認識させれば、感情を捻じ曲げることが出来るかもしれない。
決まった、楓さんには一度、敗北を味わってもらおう。
不気味にニヤリと微笑む自分をジトーっと気持ち悪いものを見るかの如くこちらを見ている鈴さん。
「あのー」
「いえ、すみません。ゴミは玄関に置いといてください」
鈴さんには今できる範囲をしてもらいたかったが事情が変わった。申し訳ないけど自分の計画より少しペースを上げさせてもらおう。もちろん無理のない程度に。
「待ってください鈴さん。取引しませんか?」
玄関に向かおうとする鈴さんを呼び止め、不気味に笑う佐一はある一方的な取引を持ちかけた。
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