10 親衛隊ですが?
「行ってきます」
誰もいない家に別れを告げ外に出る。
今日は何事もなく姉達がスムーズに学校に向かってくれた。
余裕がある気持ちの良い朝、仲良く話しながら登校する他の生徒を横目で見ながらほっこりする。
のどかな日だな。今日はいい一日になりそうだ。
「おはっよ☆」
前言撤回。絶対いい一日にはならないわ。
建物の曲がり角から三女楓さんが決めポーズをしながら飛び出してきた。
「先に家を出たのに何故徒歩五分で着く場所に隠れているんですか」
「一緒に登校したいと思って待ってたんだ。佐一の好感度を上げる。的な?」
頬を人差し指で押しウインクした可愛らしい表情を見せてくるが、表情の裏は考えてるのか分からないためこれ以上喋らず無視して先に向すすむ。
だが楓さんの横を通り過ぎた瞬間、首根っこを力ずよくつかまれ阻止された。
「一緒に登校するの嫌?」
「嫌です」
「そんなにお姉ちゃんのことが嫌い?」
「好きではないですね」
後ろ向きで顔を合わせぬままそんなことを喋っていると急に服を掴む力が抜けた。
楓さんに向かうことを許されたと思い一歩前に出ると。
「……ッツ」
後ろから聞こえた微な声で振り返ってみると、両手で顔を隠し小さく泣いていた。
ただ自分はその光景を見ても動揺はしなかった。何故なら楓さんの裏側を知っているから。
嘘泣きで間違いない。登校している他の生徒にこちらの光景を見せて同情させるのが狙いかな。
楓さんの読みが当たったのだろう。他の生徒がこちらを見て何かひそひそ話しているのが見える。
だが別にどうということはない、自分には友達はいないのだから泣かせたという噂がたったところで学園生活が変わることはない。
無視を決め込むことを決意し、速足で進もうとすると何か大きいものに顔をぶつけた。
痛みで一瞬下を向いたとき、大きな人影が視界に入り人間にぶつかったことが分かる。
「ごめんなさい」
自分の前方不注意でぶつかったため瞬時に謝る言葉を口にして、鼻を抑えながら見上げると百九十センチであろうか、丸刈りで右目には大きな縦の傷。そんな大柄な男子生徒がそこにたって見おろしていた。
「お前が楓ちゃんを泣かせたのか」
こちらの顔を真顔で見おろしながら低く渋い声で圧をかけてくるのを感じる。
怖そうな雰囲気を漂わせる人、緑色Ⅱのバッチをつけていることから高等部二年の楓さんの先輩にあたる人物であることが分かるのだが。何故絡まれたのかが分からない。
正義感の強い人なのか? いや楓さんの名前を呼んだから仲のいい友達? どちらにせよ面倒なことになったかもしれない。
考えた結果逃げるような真似をしたら何をされるのか分からないという結論に達した自分は言葉の圧に引かず、相手の目を見ながら。
「泣かせてないですね」
正々堂々と喋ることにした。
「嘘をつくな。泣いているではないか」
「……そもそもの話、ただ顔を隠しているだけで泣いているという結論にたどり着くのが間違ってませんか?」
大柄な男と自分は二人で楓さんの方を一斉に振り向くと涙目でこちらを見ている楓さんと目が合う。……のだが自分はその顔よりもスカートのポケットからはみ出ている容器に目がいった。
「泣いているではないか」
「いやいや、スカートのポケットから目薬の容器見えてますから」
その言葉を聞いた瞬間楓さんは、『やべっ』と焦る表情を一瞬見せると体を捻りこちら側からポケットが見えない角度にした。
身長のせいで見えなかったのかな、しくじったな。
この状況で楓さんの方に向かい泣いていない証拠を掴みに行くことはこの男子生徒が許してはくれないだろう。
ん~実にめんどくさい。楓さんの表を知っていて自分を知らない人間に信用を勝ち取るのが難しいとは。これは楓さん内心ほくそ笑んでそうだな。
どうしようかな、と悩んでいると。横から男性の声がかかる。
「朝っぱらから何をしているんだ」
茶髪に少し白髪の混じっているびしっとセットされた髪の毛、高等部二年の男子生徒が大きな男子生徒に話しかける。
「琴吹リーダーおはようございます‼」
大柄な男子生徒からリーダーと呼ばれた男子生徒は、眼鏡を掛けていないにも関わらず眼鏡を上げる動作を顔の前ですると、自分と体を小さくして泣いている楓さんを見るや否や。自分の胸ぐらをつかんできた。
「貴様、楓ちゃんに何をした」
うわ、また面倒な人が増えた。
だが分かったことがある。この大柄な生徒、そして胸ぐらをつかむ真面目そうな生徒の正体は楓さんの親衛隊の人たちか。リーダーと言われた瞬間に確信した。
だがこうも都合よく親衛隊の人に絡まれるか? まあ楓さんのことだろうから、この人たちが登校する道で楓さんは自分を待っていたのだろう。
最初から自分を困らせるためだけ、最初からこの計画を立てたのか。全く暇な人だ。
まあ小さな頃から嫌がらせされ続けているので慣れているからどうということはないのだけれど……これ以上楓さんに付きあってしまうと大柄な生徒と琴吹と呼ばれた生徒が学校に遅刻してしまう。
自分だけが遅刻するならまだいいが他人を巻き込むのはちょっと気が引ける。強制的に終わらせるか、自分を不幸にするために作り上げた楓さんのシナリオを楓さん自身で。
自分の胸ぐらを力強くつかんでいる琴吹さんの手を掴むとひょいっと軽く手を払いのけた。
琴吹さんは一瞬驚いた表情を見せるがもう一度自分に向かってきたので琴吹さんを止めるため『パン』と両手を叩き大きな音を立て驚かせて静止させる。
「落ち着いてください話をしましょう」
「貴様と話すことなど何もない」
止まっている琴吹さんの顔の前にカバンから勢いよく生徒手帳を見せつける。
「深ノ宮……佐一……ということは貴様は楓ちゃんの弟か」
「そうです。家族です。この状況は先に登校していた泣いている姉に出会ってしまい今こんな状況になっているのです」
「けどお前、無視して学校に向かおうとしていなかったか」
大柄な男が口をはさみ、どうなんだと言わんばかりの顔で琴吹さんが睨みつけてくる。
その状況に一つ二人に聞こえるほど大きなため息をつき。二人に顔を寄せ小さな声で。
「お二人は女性のことを何も理解していないのですね」
「何だと」
自分は二人の肩を掴み円陣を組む。
「いいですか、曲がり角で顔を隠して泣いていたということは、自分が泣いていることを周りに知られたくなかったということです。そこで声をかけてしまえば楓さんの行為が無駄になってしまう」
「確かに顔を隠していたし、見えにくい場所にいたのかもしれない。だがそれだとなぜ泣いていたんだ」
大柄な生徒のパス、その言葉をとるかの如くスマホを取り出し。一枚の画像を見せた。
「これは……映画のポスター?」
「昨日の夜彼女は物凄く泣ける映画をリビングで見ていました。心の優しい楓さんは映画のシーンを思い出し泣いてしまったのでしょう」
「なるほど。それなら合点がいく」
「ここで自分たちがとる行為は彼女が泣いているのを見て手を伸ばすのではなく見なかったことにして去るのが男というものです」
「……貴様、そこまで楓ちゃんのことを思っていたなんて。胸ぐらをつかんでしまいすまなかった弟君よ」
「俺も、泣かせていると勘違いしてすまんかった」
自分が楓さんの弟だと正体を明かすことで話に真実を持たせ、後は楓さんの表向きの性格を利用し理由を適当にねじ込む。ただそれだけ。楓さんの外面の良さが、楓さん自身の作戦を破綻させたのだ。
「いえ、いいんですよ。ほら、学校に向かいましょう。遅刻してしまいます」
睡眠薬を盛られたお返しもしないといけないし、今度は自分が楓さんを変えるためのシナリオを書かないとな。
そんなことを思いながら、振り返らずにこの場を去ることを二人に提案し、楓さんの方を見ることなく三人は学校に向かう。そして……。
「静かになった……って、あれ……? 下僕?」
ただ一人、道に残された三女 楓は遅刻ぎりぎりに登校したのであった。
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