8 呼び出されましたが?
「いただきます」
食堂のベランダ。いつもの場所、いつもの席で弁当を開ける。
あれから椿さんは部活の助っ人という雑用を断り、佐久田さんと霧雨さんのところに毎日言っているようで帰るのが少し遅くなった。
椿さんは勉強より自由というものに触れた方がいい。そう思うから自分が口を挟まない。
今思えば、椿さん自身が自分からやると言ったの初めて聞いたかも。
心の中ではずっと変わるためのきっかけを探していたのかもしれない。
「ん~」
そんな感情に浸りながら、伸びをして景色を眺めていると、いきなり自分のテーブルに『ドンッ』と足が置かれた。
「ようやく見つけた。おい、少しいいか?」
空気読めない奴が一人来た。
大柄の男子生徒。肩のバッチを見る限り高等部二年の生徒だということが分かる。
「テーブルに足を置かないでください。汚れます」
「あぁん? 先輩に説教か?」
弁当を食べる自分の顔を除くように睨んできたので『邪魔するな』と気迫を込めて睨み返すと、少し驚いた表情を浮かべ足を引いた。
年下の自分がただ睨み返しただけで引き下がるとは、この人見た目だけで中身は気弱そうな人。害はなさそうだ。
「用事があるなら普通に話しかけてください。逃げませんから」
「お、おう。お前にちょっとした用があるんだ一緒に来てくれ」
「お弁当食べ終えてからでもいいですか?」
「……好きにしろ!」
そっぽを向き、腕組みをしながら立って待っている。
座って待ってくれればいいのに。
そう頭で思いながらもずっと立たせるのは申し訳ないので急いで弁当を掻き込んで高等部の生徒についていくことにした。
==========
高等部校舎側に存在する体育館の裏庭。森が見えるぐらいで他には何もない場所に自分は連れてこられた。
いつもは人がいないであろうこの場所に男子生徒一人と女子生徒一人そして見知った顔が一人その場所に集まっていた。
次女鈴さんが自分に気づくと目を背ける。
知り合いだと周りに悟られたくないのだろうから自分もなるべく視線を鈴さんに向けないようにする。
「嘉義はまだ来てねぇのか」
自分を連れてきた気の弱そうな男子生徒が尋ねると。
「屋上で食べてから来るって」
水色のショートカット女子生徒がスマホに目を向けながら答える。
何処かで見たことある男子生徒と思っていたが、あの食券機の前でバカ騒ぎしてた人か。
印象に残っていた水色のちっこい高等部の生徒を見て思い出した。
なるほど、あのグループが自分を呼び出したのか。この場に鈴さんがいることも納得出来る。
ん? この状況って、もしかしてあの事を恨んで集団リンチされる? それともお金をたかられる? まいったなこの前食料買い物して財布に三百円ぐらいしか入ってないぞ許してくれるかな。
「じゃあ俺の先に用事を済ます」
そんな考えをしているうちに他の三人と小さな声で話をしていた気の弱そうな男子生徒がこちらに体を向け近づいてくる。
まあどっちにしても自分は殴られる気もなければお金を払う気もない。
目の前で止まる気弱そうな男子生徒に対し構えをとろうとした途端、勢いよく頭を下げた。
「すいませんでした‼」
「へ?」
無意識に気の抜けた声が出た。
謝られてる? 何故?
数十秒間の間しっかりと頭を下げ顔を上げた。
「嘉義に聞いたがあの場所ではずいぶん迷惑をかけちまったらしい。他の生徒にも謝りたいがこっぱじくて謝れねえ。だがお前は中等部の生徒にもかかわらず高等部の俺たちに自分たちの状況を理解させてくれた。絶対お前さんにだけは謝りたかった」
この人って……ただ不器用なだけで怖い顔をしているけど実はいい人?
「木原勘違いしてるって、ただそいつは生意気なガキだよ」
空気をぶち壊すような冷たい声で水色が喋る。
「おい、深ノ宮、大利、盛岡も謝れよ!」
「嫌」
「同じく断ります」
水色のちっこい大利と呼ばれた女子生徒とあっちの何の特徴もない男子生徒、盛岡と呼ばれた男はこちらを見向きもしない。
「すまんな……」
木原と呼ばれる男子生徒は何度も頭を下げる。
「あ、いや、そんなに謝らないでください」
そこまで真剣に思っているのならこちらから何も言うことはない。
多分この場に自分を呼んだのも他の生徒に謝っているところを見られたくないためだろう。
「用事はこれだけですか?」
「いや、まだ待ってくれ。篠崎っていうやつがお前と話したいって言ってたんだが……」
待つのは全然構わないのだが……。
「ねぇ鈴っち、このスタンプ可愛くない」
「そ、そうだね~」
鈴さんは自分に早くどこか行ってほしそうだ。
「嘉義さんはどこに?」
「多分屋上にいるとわぁ思うんだが……」
「じゃあ自分が……」
屋上に行こう。そう言いかけた時、気の抜けた声が後ろから聞こえてきた。
「いやぁ~ごめんごめん。お待たせ~」
跳ねた茶髪。目が開いているのか瞑っているのか分からない間の抜けた表情。この場にいる他の生徒に比べ普通の高等部の生徒、そんな第一印象をもった自分だったが。
「待っててくれてありがとう。そして初めまして篠崎 嘉義です」
明るい笑顔で手を差し伸べてきたので手を握り返すと力強く引き寄せられ。
「何が目的で助けたんだい? 深ノ宮の弟君」
耳元でそう囁かれ。その印象はすぐに崩れ去った。
「目的も何も、ただ昼ごはんを食べたかっただけです」
こちらも篠崎さんにしか聞こえるほど小さな声で返す。
「ふ~ん? 弁当を持参してるのに食券機を使うのかな?」
鈴さんの弟とか弁当を持参してるとかかなり情報を調べてる。何なんだこの人。
一度後ろを振り返り、木原さんが不思議そうな顔でこちらを見ているだけ。他の三人はスマホに夢中だ。
これははぐらかしてもダメそうだな。家庭的な件なのであんまり人には言いたくないのだが。目の前のこの人自分を逃がしてはくれなさそうだ。
「自分の姉さんがあの場から立ち去りたそうにしてたので一芝居を打ちました」
「……え、それだけ?」
あっけにとられた表情を浮かべる篠崎さんにこくんと一回うなずいた。
「ぷっ……あっはっはっは。それだけの理由で見ず知らずの高等部生徒に向かっていくなんて。いやぁ、君は実に面白いね」
大きな声で笑う篠崎さんに四人の冷たい視線が刺さり『やべっ』と口を手で押さえた。
「なるほど、それで最初に濁したのか。それは言いたくないね」
「周りに言わないでください」
「OK、絶対に言わない。絶対に」
にこやかスマイルで親指を立てる篠崎さん。
うわ、めちゃ口軽そう。
「実際君には感謝しているんだ。あいつらはあんな悪そうな感じをしているが根は優しいやつだから。先生や風紀委員が来る前にあの場を抑えてくれてありがとう」
「別にお礼なんていいです。他の人の事なんて考えて動いてませんから」
「シスコンだね~」
「……否定はしません」
そんな会話をしているとお昼を終えるチャイムが鳴り響く。
「おっと、自分が来るのが遅すぎてもう昼時間終わっちゃったか。もっと話したかったな~」
慌ただしく、鈴さんや大利、木原、森岡が高等部に戻ってゆく。
最後に一人だけ残った篠崎さんは戻る途中に振り返り。
「それじゃあまたね、深ノ宮の弟君」
笑顔で手を上げる篠崎さんに対し。
「深ノ宮 佐一です」
自分の名前を返した。
あの人達にはあまり関わりたくないのだが、鈴さんが『強さ』を偽り続ける限りあの四人との関わりは避けられない。
篠崎さんが自分を調べていたようにあの人たちの情報を探るか。
そんなことを考えながら中等部へ戻る佐一だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます