7 部活を見学しますか?
春と言えば入学シーズン。学園に入学した一年生徒の奪い合いが発生する。
中等部二年の自分には関係ないと思ったのだが。
「そこの少年野球に興味はないかい?」
部活に入っていない生徒は調べ上げられているのか、一年生の勧誘ついでに話しかけてくる。今日で三回目の部活の勧誘だ。
「家の事情があるので遠慮しておきます」
幸い自分には断る理由があるためすんなりと会話をやめることが出来た。
部活は家族の誰も入っていない。仲間としかつるまない、興味がない、人間が怖いなど特殊な人間が多いもので。
だが部活に関わりのある人間は一人いる。
「佐一、部活に入らない? いくつかあるんだけど」
長女の椿さん。部活には入部していないものの、助っ人などで部活にかかわることの多いらしい。
で、こういう風に部活の勧誘を手伝っていると。
「椿さん……自分は……」
断ろうと思ったが寸前で言葉を止める。これは椿さんの状況を知れるチャンスなのでは?
あの紙のことも気になるし、高等部に行く理由が作れるのはありがたい。
「入部するかは分かりませんが見学するぐらいなら」
「お~そうと決まれば行くぞ~」
手を握りしめ引っ張り始める。
めちゃ生徒の視線が刺さるのが分かる。
恥ずかしい状況だがこれも椿さんのためと思い、顔を隠すように俯きながら椿さんの後に続いた。
==========
「連れてきたよ~」
女子野球部だった。
それはそうか椿さん女の子だからな。
「な、何で男の子を連れてきたの?」
困惑する部活の女子生徒たち。
当たり前の反応だが椿さんに関わりのある人達、ここで引き下がるわけにはいかない。
椿さんが喋ろうとする前に一歩前に出て喋りだす。
「野球には興味があったのですが一度野球部の勧誘を断ってしまい、見学に行くのが少し心細くて。野球部はどんなことをするのかだけでも知りたくて深ノ宮さんに自分が頼みました。見学させてくれませんか? お願いします」
深く頭を下げる。自分を見て頭をかきながら。
「分かった、見学していきな」
「ありがとうございます」
「? 佐一はマ……」
余計なことを言わせないために椿さんの口を手でふさいだ。
その後は普通に見学。
最初にストレッチして、グラウンドを走る、そしてキャッチボール、バッティング、守備練習と練習の様子は想像通りなのだが。
「ボール拾いよろしく」
「は~い」
椿さんの扱いに何か違和感を覚えた。
運動神経がよく助っ人と聞いていたのでてっきり普通に練習にも参加しているのかと思ったが。
ボール拾いしかしていない。
「ボールをインコース低めにカーブ投げ続けてくれない?」
「了解です」
椿さんの投げた球は綺麗に曲がり正確にインコース低めにバッターの立つ後ろのネットに届く。
その後も何度も同じコースを正確に投げ続けた。
『すごい』という感情ではなく椿さんの隣に並んでいるボールを打ち出す機械を見て別の感情が自分を蝕んでいく。
もういい。
「深ノ宮さん、ちょっといいですか?」
見たくない。
「あれ、もういいの」
息一つ切らさずにこちらに駆け寄ってくる。
「はい、ありがとうございました」
「あ、ちょっと」
女子野球部には何も言わずに椿さんの手を握り場所を離れる。
一秒でも早くあの場所から立ち去りたかった。
「まだ投げなきゃいけなかったんだよ」
彼女は気づいていない。
だが椿さんの通うすべての部活がそうと決まったわけではない。だから自分は。
「ところで、口をふさいだあの時、何を言おうとしてました?」
一度話を変えることにした。
「え、うんとね。マネージャーとして活動できるかな~って。生徒の健康管理やおにぎりを作ってもらうのと、いつも私たちの服を洗濯してくれるからユニホームの洗濯とかしてもらおうと思ってた」
「……良かった口を塞いで」
無理と言うか、警察沙汰になりそう。
やはり椿さんは想定外のことを考える。
「野球部はもういいか。他の子が投げるだろうし。よし、それじゃ~次いってみよう~」
うまく話がそれてよかった。
今度は女子の部活でないこと。あんな風じゃないことを祈りながら椿さんに手を引かれていった。
==========
それから将棋部、テニス部と数多くの部活を巡り、気が付けば廊下の窓から見える夕日が沈みかけていた。
「どう? 入りたい部活は見つかった?」
「……疲れすぎて後半あまり覚えてない」
だが今日一日椿さんと一緒にいて分かったことがある。
この学校ではいいように利用されているということ。
都合のいいときに呼びだして、助っ人と言う名目で雑用をこなすだけ。
椿さんはやりたくてやっているんじゃない。言われたことをやっているだけだ。
だが椿さんは利用されていることを自分自身理解していない。
だから自分は詰めなくちゃいけないこの件について。
「椿さん、おすすめの部活はありますか?」
「……おすすめ? う~ん」
足を止め考える。今日回った部活を思い出しながら長く、長く考える。そして三十秒近くたっただろうか彼女の中で一つの答えが出たのか、顔を俯かせ。
「……ない」
と小さくつぶやいた。
「あ、ごめんね。私が紹介したのに……でも私が紹介した部活には入ってほしくない、かな」
良かった。その言葉が椿さんの口から聞けて。
「いいですよ。入部する気なんて最初からないんですから」
だがこのままだと断ることのできない椿さんはこれからも部活を雑用として点々と回るだろう。椿さん自身が断れるほどの納得できる理由があればいい。
椿さんが一つの部活に入れば解決するのだが……。
「将来、なりたいもの。やりたい仕事はありますか」
「……」
無回答、ないってことか。この案はダメそうだな。
そんなことを考えながら歩いていると、目の前から女子生徒の声がする。
「あと少しだ、頑張れ!」
「重いよ~」
中央校舎、空き教室を前に大きな長テーブルを運ぶ高等部二年の女子生徒が二人いた。
自分は駆け寄るとテーブルを持つのに加勢する。
「うお、急に軽くなった……って君は?」
「名前は物が重たいので後で。このテーブルをこの教室に入れるんですね、手伝います」
自分の行為を見た椿さんもすぐに加勢し四人でテーブルを抱え、教室に運ぶことが出来た。
運び終え、眼鏡を掛けた長く白い髪の女子生徒がコップにお茶を注ぐ。
「お礼にお茶でも入れますから座っていってください」
別に急ぐこともないので、自分と椿さんは椅子に座ることにした。
「いや~ありがとう。あたし佐久田 音緒。あっちのなよっちーのが霧雨 十香。か弱い女の子二人じゃ大変だったよ」
茶髪でぼさっとした髪型の佐久田と名乗る女性は椅子にだらしなくもたれかかると気さくに話しかけてきた。
「見て見ぬふりはできませんから」
「むむ、貴様。私たちの好感度を上げようとしているな。せいぜい上がっても二十ポイントなんだからね」
「好感度のマックスの値はどれくらい?」
「百」
この人の好感度結構簡単に上がるな。
そんなくだらない話をしているとお茶を淹れ終わった霧雨さんは四人分のコップの乗ったトレイを持ち椅子に座る。
「んで、君たちの名前は?」
「中等部二年 深ノ宮 佐一です」
自分の自己紹介をし終え、椿さんに目線をやると少し上の空の様子。
「椿さん?」
話しかけるとはっとした表情を浮かべ喋りだす。
「……あ、えっと、高等部二年 深ノ宮 椿です」
「同じ学年か~ん? 二人とも深ノ宮ってことは兄弟ってこと?」
「そうですね……霧雨さん?」
霧雨さんは椿さんを見てぷるぷると震える。
「十香、どったの?」
「『どったの?』じゃないですよ椿さんは成績トップで高等部二年生の中で一番頭がよくて、運動神経もいい凄い人なんだよ!」
佐久田さんの肩をつかみブンブンと体を揺らす。
「わかったわかったからやめて、吐きそう」
「あ、ごめん」
肩から手を離すとけほけほと佐久田は咳き込み、一度体制を立て直し再びこちらに体を向ける。
「あの、こっちからも質問いいですか?」
タイミングを見計らい口を出す。
「うむ。スリーサイズと体重以外なら何でも答えるぞ」
別に聞きたくないので単純に疑問に思ったことを聞くことにした。
「お二方はこの場所で何をしているんですか?」
よくぞ聞いてくれたという顔をしながら佐久田は立ち上がる。
「私思ったんだこの学校に入ってからぐーたらしてることが多くて恋愛も遊びも何もできちゃぁいない。うちら高等部二年。大学受験を視野に入れればあと一年しか自由な時間はない……そこで立ち上げたのがこの『青春部』だ! 遊んで、恋バナして、盛り上げていこう。そう言う部活なのだ! まあ……うちら二人で学校側からも公認されてないから部活じゃないけどね」
自信満々に紹介する佐久田さんを横に真っ赤に染めた顔を隠すように霧雨さんが小さく丸まっていた。
「なるほど……」
つまり自由に活動をする場所か……。椿さんに足りないものがある場所。この部に入れば椿さんは何か変わるかもしれない。それに他の部活に行かなくていい理由が作れる。
だがそんな場所でも強制的に入れるわけにはいかない。椿さんの気持ちもあるし、佐久田さんや霧雨さんの事情も……。
「あの、青春部って部員募集してますか!?」
自分が長々と考えている間に椿さんは言葉とともに前に体を出す。
二人はぽか~んとした表情を一瞬見せたが、顔を見合わせると一斉に笑い出した。
「募集してるしてる。大歓迎だよ」
「椿さんって怖い人だと思ってたけど……ふふっ」
自分の頭の中でも読まれたか? ……違う、感情を読むのが苦手な椿さんが考えを読めるわけない。となると……あれか。
教室を見渡して目線を佐久田さんと霧雨さんの後ろの壁に向ける。椿さんがずっと見ていたであろう壁張り付けてある習字の筆で描いたであろう紙にはこう書かれていた。
『青春を楽しみたい!!』
たった一言。その一言が椿さんの心に引っかかったのだろう。
今の自分は楽しいのか? 何のためにここにいるのか? 何故自分は学習をするのだろうか? 何を目標に生きているのか?
そんな考えが頭をよぎり自分の中にある『答え』を求めるために椿さんは行動に移したのだ。
「じゃあ、自分はこの辺で。お茶美味しかったです」
お茶を飲み終えると立ち上がり軽く一礼する。
「君はどうする?」
佐久田さんの呼び止める声に振り返りながら。
「いや、自分は家の事情があるので入部はしません。けど、時々顔を出して良いですか?」
笑顔でそう答えた。
「いいとも、君みたいな面白い人も大歓迎だよ」
三人の喋り声を聞きながら教室の扉を閉める。
長女椿、自分の中にある長い長い問題を解き始めた。
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