5 四女はオタクですが?
小さな音が聞こえる。
意識がはっきりしてゆくにつれ段々と音のボリュームが上がるのを感じる。
うるさいぃ……ん、何で、寝て……。
「……は」
耳元で鳴り響くスマホのアラームで目を覚ます。
勢いよく起き上がり辺りを見渡すとそこはベッド上、白色のカーテンの仕切りで囲まれた場所だった。
「おや、もうそんな時間かい」
女性の声が聞こえると、仕切りが横に開く。
「おはよう、深ノ宮君」
白衣を着た大人びた女性、二十代後半ぐらいだろうか、笑みを浮かべながらこちらに手を振る。
「ん、どうして保健室で寝ているのかって顔をしてるね」
どんな顔?
「君は寝不足で食堂のベランダで倒れたんだ。それを見た君のお姉さんが男子生徒に協力を求めここまで運んできてくれたの。その時に君のお姉さんが『お昼の授業に間に合うようにタイマー付けて行っていいですか?』と五分前にアラームが鳴るようにしておいてくれたんだぞ。いいお姉さんだな」
いいお姉さんか、この事態を引き起こした犯人と知らなければそうだな。
楓さんがこの事態を起こしたのは意地悪をして内心笑うためでもあり、自分の好感度を上げるためでもある。自分は利用されたってわけだ。
「迷惑おかけしました」
ベッドから立ち上がろうとするが保健の先生に止められる。
「ダメダメ、君は寝不足で倒れたんだと思うけど念のため午後の授業は休んでくれないかな?」
確かに急に倒れるのは異常だ。だが自分は薬で眠ったという原因を知っている。
「それはできません。勉強を疎かにしたくないので」
楓さんのことを話せば大事になりかねないので喋らない。
「おっやまぁ、真面目さんなこと……ん~じゃあ後十分、十分間だけ様子を見させてくれないかな? 深ノ宮君の担任の先生には私から伝えておくからさ。ね?」
今から十分。授業が始まってから五分後か……。
この寝不足の原因は楓さんが引き起こしたもの。それを知らない先生は凄く心配をしてくれているのだろう。迷惑をかけたくないがこれ以上心配もかけたくない。そう巡り巡って考えた結果。
「じゃあ十分間だけ……」
少しだけ休むことにした。
「うん、素直でいい子だ。それじゃあ少し出てくるから、安静にしててね」
自分の頭をくしゃくしゃとなでると保健室から出て行った。
乱れた髪を手で治しながら立ち上がる。
口ではああいったが身内ごとに巻き込んでホントに申し訳ない。
それに体調が悪いどころか仮眠を取ったことにより頭がすっきりしている。
保険の先生と約束したから教室に戻るわけにもいかない。
「自習でもするか」
紙とペンさえあれば午前中の復習くらいなら何とかなるか。
紙は椿さんにもらった物の裏側を使うとしてペンはこの部屋から借りよう。
仕切りを開け辺りを見る。
「……広い」
仕切りの開いているベットが約二十台ほど置いてあり、片隅に小さなテーブルが一つ置かれた部屋。
学校内で病気や怪我などをしたことがない自分は中央校舎の保健室に始めてきたのだが、あまりの広さに驚きを隠せない。
さっきの先生以外いないのかと辺りをみ渡すと一つだけ仕切りのカーテンのしまった場所があった。
自分の他に人がいたのか。独り言聞かれたか? ……これから静かにしよう。
音を立てない様にテーブルに向かう。
だが自分の行為とは裏腹に閉じている場所から爆音が流れた。
『うぉ……うぉ……ぅぉ……』
何故だろう、親近感のある音だ。昨日も聞いたような、何だったかな……。
「ああ、ストⅡのやられた音か」
って何で保健室でストリートファイターのSEが鳴るんだよ。
閉まる仕切りに近づくとストリートファイターのBGMの他に『バリバリ』と言うスナック菓子を食べる音も聞こえる。
こういう行為を平気にする人間を身近に一人知っている。だがまだ別人と言う可能性がある。だから違ってくれと心から願う。
「……うまうま」
その声を聴いたとたんがっくりと肩を落とした。
今日はいろいろありすぎて正直面倒ごとに関わりたくない。だが声を聞かなかったことにすれば、きっと性格的に彼女は午後の授業をサボるだろう。
決意を固め仕切りを開ける。
「……ん? あぁ、弟か。君もサボりに来たのかね?」
自分と同じ真っ黒な髪。癖っ毛の跳ねたミディアムヘアーで前髪が身に着けている大きな黒縁眼鏡が隠れるまで伸びている。
時乃三谷学園高等部一年、三女楓さんとの双子、四女 深ノ宮 霰、自分の姉であり、一言で言うとオタクである。
「霰さん……何しているんですか……」
「ストⅡ」
「そう言うことを聞いているんじゃないんですけど」
霰さんはベッドに寝転がり、周りにはお菓子の袋や脱いだ靴下がおかれていて、完全に自分の家かの如く空間を作り上げていた。
性格は楓さんほど悪くなく、むしろいい方なのだが面倒くさがり屋で興味があること以外何もしない。
霰さんは足をパタパタさせながらゲームに集中している。
駄目だ、まともに会話してくれる状態じゃない。何言っても躱されそうだ。こういう時は霰さんが食いつきそうな話を振ればいい。
「黒いソレは何ですか?」
やたらにデカい機械? を持ち上げ仰向けで会話していた霰さんだが、がばっと起き上がり自分の言葉に食いつくように喋りだす。
「気になる? この子こんなに大きくて単三電池六本も使うのに三時間も持たないの可愛くない?」
「別に」
早口でよく分からんことを喋るが起き上がらせることには成功したな。
「で、この携帯型ゲーム機、PCエンジンGTは千九百九十年十二月に発売され……」
「そろそろ止まってくれないか?」
長々と喋る霰さんの話をさえぎる。
「……ん、ああ、ごめんね。僕のいつもの癖が出てしまった」
体制を戻し再びゲームのプレイを再開する。
しかし霰さんは怒られると思ってゲームに集中できていないのかこちらをチラチラと様子をうかがっているのが目に見えてわかる。
「……霰さん、サボるのと布団の上でお菓子を食べるのはダメですよ」
「普通の説教と家庭的なところまで説教された……てっきりゲームするのを怒るのかと思った」
「? ゲーム機を持ち込んでゲームするのは霰さんの自由で別に構いません」
「あ、それはいいんだ」
学校側にバレれば没収されるだろうが、別に自分には関係ないし見逃しても構わない。
今の問題は授業をサボるかサボらないかとベッドでお菓子を食べるか食べないかだ。
「ベッドでお菓子を食べると掃除が面倒なんですから」
「しかもそっちから解決しようとするのね……分かった、分かった。ここで食べるのはやめるよ」
食べかけのスナック菓子と手を汚さないために使っていただろう割り箸と一緒に袋に閉じる。
「サボりもやめてください。ほら靴下も履いて」
「……僕は分からないんだ。なぜ勉強をするのかって。現代ネット時代。パソコンやスマホさえあれば分からないことなど無いとゆうのに。数なんて電卓さえあれば……」
「学習もそうですけど、一番は社会に出た時のためですかね。団体行動や人間関係を築くことを学ぶとか」
「そんな真面目に答えられても……とにかく嫌だ、僕はサボる」
困ったな、この嫌がり方は変だ。この状態ならゲームを取り上げても授業に行かなそうだぞ。何か原因があるのだろうか。
少し考え方を変え、何故サボるのかではなくサボる理由を考える。するとすぐに分かった。
「霰さん成績悪くないじゃないですか、もしかして次の授業、体育?」
「分かったならほっといてくれないか」
プイっと頬を膨らませ顔を一瞬見せ、すぐさまゲーム画面に戻す。
深ノ宮 霰、成績は悪くないが運動は苦手、だから休みたい……ってわけじゃないんだろう。
彼女はもともとパソコンやゲームのような機械が好きだったが、こんなに暗くなった原因は中学時代、人間関係にある。体育は他の生徒と嫌でもかかわらなければいけない。
自分は霰さんの中学時代の出来事を知っている、軽々しく『授業に行け』と口にしない。
だからと言って授業に参加しないのはダメだ。体育のたびにサボることを繰り返せば学校を卒業できなくなる。
ここで解決できず見逃せば霰さんは卒業できなくなる。長い期間授業に参加させると霰さんの心が折れてしまう。
この二択か……じゃあ答えは決まったも同然。
「今日の体育の内容は?」
「……テニス」
「じゃあサボれ。と言っても見学にはいけよ」
「……え?」
自分が出した結論は休むときは休む、授業に出るときは出る。
テニスなどは二人組作って~と言うものが存在する。霰さんには無理だ、絶対死ぬ。
「サッカーや長距離など大人数や個人種目などは参加してみるというのはどうだろう」
他の授業には普通に出ているみたいだし、性格上人数がいれば人の陰に隠れられるし、個人競技に至ってはほとんどかかわらなくて済む。
「選択式の場合なるべく人間とかかわりのないもの、大人数、二人組にならないスポーツを選べ」
しかしこの作戦にも限界がある。教科ごとに決められた卒業するための単位があるためだ。
万が一の病気や怪我など視野に入れ、計画的に決めなければならない。
今日のテニス、壁打ちなどは一人でできるだろうが、先生に目をつけられたら『おい、誰かこいつと組んでやってくれ』となりかねない。
それもあり今回は見学させることにした。一度全体の様子、雰囲気や一人で隠れて壁打ちできる場所を霰さんにしっかりと見せる。次のテニスに備えて。
その考えを霰さんに話すと目を丸くした。
「……どうだろうか」
正直無理やりすぎる作戦を聞いた霰さんはクスクスと口に手を当て笑う。
「そこまで一生懸命考えて……本当に変わった弟だ。分かったよ。僕、見学に行く。次のテニスに備えてね」
「よし、なら保険の先生には自分から伝えるから」
しゃべり終わる瞬間、保健室の扉が開き、保険の先生が入ってきた。
「あ、こら、起きていちゃ駄目じゃない、ちゃんと寝てないと……って貴方は」
保険の先生と霰さんの目が合う。その視界を遮るかのように自分が間に入る。
「あの、深ノ宮さ……自分の姉さんなんですけど、少し熱があるみたいなので午後の授業は見学でいいでしょうか」
「……ふ~ん」
先生はベッドに散らかったお菓子のカスや携帯ゲーム機を見ながら唸り声をあげ険しい表情を見せるが、パンと一度手を叩くと顔は元に戻っていた。
「分かった。紙を出しておくからそれを担任の人に見せてくれれば見学にしてもらえるから」
そう言うときびつを返しテーブルに向かうと一枚の紙を取り出し霰さんに渡した。
「あ……ありが……とう……ござぃ……」
自分や家族以外の人にはこうやって人見知りするんだよな。
だがお礼が出来て凄い。泣きそう。
「そ……れじゃ……僕は……こ、これで」
「うん。お大事に」
そそくさと逃げるように保健室を立ち去る霰さん。
保険の先生は怒ることなく笑顔で見送った。
「いや~あんな子が来てるなんて知らなかったな~」
「すみません」
頭を深く下げる自分を見て、手をブンブンと振り慌てた様子で止めに入る。
「いいよいいよ、何か事情があるんでしょ。目に見えない病気だってこの世には沢山存在するから何も知らずに突き放すなんて私には出来ないよ」
はっはっはと自分に見せるように大きく笑う先生。
この先生は……霰さんのことを分かってくれるかもしれない。
「にしてもここの生徒はみ~んな元気すぎていっつもベッドはスカスカ。いいことだけどね~」
霰さんがこの人と打ち解ければ。霰さんの過去を自分自身で喋れる時が来るのかもしれない。
「だから時々でいいから遊びに来てよ。先生暇してるからさ、あのお姉さんと一緒に」
「……はい!」
返事をかえし、その雰囲気のまま自分も教室を出ようとする。
しかし右肩をつかまれ止められた。
「先生との約束。十分間は様子を見ます」
「はい」
先生は雰囲気に流されなかったようだ。
自分は諦めてペンを借り約束の十分間姉が寝ていたベッドにてゲーム機を回収して、掃除と自習をすることにした。
四女霰、オタクであり繊細な姉である。
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