4 三女は腹黒ですが?

 半ライスと卵と弁当を乗せたトレーを片手に食堂からベランダへと移動する。


 四月と言うこともあり、熱くもなく寒くもなくちょうどいい気温。心地いい風が頬をなぞる。


 ベランダにもいくつかテーブルがあるのだが、外は人気が無いのか席は一つも埋まっていない。


 人気のない理由はいたって単純、この場所は学校で数えるほどしかないネットワークがつながらない場所だから。


 近年はネットワーク社会なもので、ネットのつながる暖房クーラー搭載の食堂内の方が人気なのは当たり前。


 外に出ればネットはつながらないし、夏になれば暑いし、冬は寒い。


 そんな不人気なベランダの端のテーブルの席に座る。


「いただきます」


 何故この場所で食べるのか。理由は周りにある。


 丘に建つ少し高い位置に存在するこの学校、この場所でご飯を食べると小さく青鵐の街や海が見える。


 今の時期は桜。一年中変わり続ける景色、そんな景色が好きでいつもこの場所で食べるのが日課になっていた。


 この場所でご飯を食べるのは自分みたいな景色目当ての人間か自分みたいなボッチな人間ぐらいだろう。


 体感ゆっくりと流れる時間、景色を眺め、少し微笑みながら箸を進める。


 一人きりの空間、その空間を壊すかの如くコツコツと大きな足音が一つこのテーブルに近づいてくる。


 嫌な予感がしたので自分は顔はあげず黙々と食べ進めていた。


 足音がこのテーブル前で止まると自分に声をかけてきた。


「こんにちは。この席、座ってもいいですか?」


 優しい女性の声、とても親近感がある声に対して。


「他の席、空いてるんでそちらにどうぞ」


 そう冷たく言い放つが「ふふふっ」と笑いながら自分のテーブルの席に座った。


「海が綺麗ですね」


「……」


「わぁ~お弁当、素敵ですね」


「……」


 何も答えない、顔も上げない。なぜならこの人にかかわるとロクな目に合わないとわかっているから。


「は~ぁ」


 何も答えない自分にしびれを切らしたのか、深くため息をつくと。自分の顎に手を伸ばし無理やり顔を上げさせられる。


「おい、何とか言えよ。下僕」


 先ほどとは違う低い声色、鋭いつり目で笑いながらこちらの目をしっかり見て睨みつける。


「全然気づきませんでした楓さん」


 目の前にいる桃色のベリーショートの女子生徒、時乃三谷学園高等部一年、姉であり三女にあたる存在、深ノ宮 楓。彼女を一言で表すなら腹黒だな。


 表向きでは可愛らしく振舞い、男子親衛隊が作られるほど周りに影響を与えているのだが、裏側はどす黒く他人の不幸を見て目の前で笑うほど。


 次女鈴さんとは真逆と言っていい性格をしている。


「くっく……それにしても昼間っから面白いものが見れたな。鈴の表情……ふっ、マジで笑える」


 さっきのことを見ていたのか、楓さんは周りに聞こえないほど小さな声で笑う。


「あいつ、肝が小さいのにどうしてあんな連中とつるんでるのかね~」


「どうでもいい」


「その点私は可愛く☆男子どもに振舞って学園生活何不自由無く生活してるというのに」


 可愛らしくウインクしながらピースしている顔を見せてくる。


「そう」


 自分は楓さんの顔に興味がないので素っ気ない返事だけ返しお昼を食べ進める。


「つまんないの……それにしてものど乾いたな~」


 自分が飲むために持ってきていた紙コップに入った水を無言で前に出した。


「え~ヤバい☆ お姉ちゃんと間接キス狙い?」


「あ?」


 あまりにも変なことを言うので普段出ないようなドスの聞きた声が自分の口から洩れた。


「この水、まだ口にしてないんでどうぞ。これが嫌なら食堂に置いてあるウォーターサーバーの蛇口を捻れば出ますよ」


「……ちげえよ、ジュースに決まってんだろ」


 再び声が低くなる。よくころころと雰囲気を変えれるものだ。


「ジュースはそこの自販機に百五十円入れれば飲めますよ」


 ベランダに一台ひっそり置かれた自販機を指差すと、やれやれと言う表情を見せた。


「だからなぁ……今月お姉ちゃんもっと可愛くなるために服や化粧品買ってあまりないんだ」


「そんなことしらない」


「ねぇ、お願い……長男なんだからさ」


 『長男』その言葉を聞いたとき、自分の体がビクンと跳ねる。


 『長男なんだから』母や父に昔から言われ続けた言葉。分かっているその言葉に従わなくていいと頭で理解している。


 もう母もいない、父もいない。この言葉から解放されたんだ。耐えろ自分。


『……皆を任せたからね』


 昔の記憶がフラッシュバックする。母と一対一で話した最後の記憶。


 言葉が重りとなり、思考が止まる。そして……。


「分かりましたよ……」


 その言葉が頭の中に出た結論だった。


「あはははっ。ほら下僕、可愛い、可愛い、お姉ちゃんの頼みだ行ってこい」


「はぁ……」


 やっぱり駄目だ、逆らえない。


 自分の弱さにうなだれながら、テーブルから立ち上がると自販機に向かった。


「あ、葡萄の炭酸のやつね」


 そんな大きな声で言わなくてもいつも飲んでるの見てるからわかってるよ。


 飲み物を購入し、もとテーブルに戻るが席には座らず楓さんの前に立つ。


「さんきゅ~」


 飲み物を取ろうとした手をかわし、左手を前に出す。


「お金。あまりないと言ってもジュース代ぐらいあるでしょ」


 そう言いうと楓さんはあざと可愛く考えるそぶりを見せにっこりと笑った。


「私、ジュースが飲みたいと言っただけで『買って』とは一言も言ってないよ☆」


「……確かに」


 記憶を辿るがこの人言ってないぞ。


「私のために買ってきてくれてありがとうね」


 そう言うと強引にジュースを取られた。


 もうこの人は揚げ足を取るのがうまいんだから。まあ来月のお小遣いから引くだけだけど。


 席に戻ると、いつの間にか自分の前に戻っていたコップを手に取り、水を飲み干す。


「ごちそうさまでした」


 さっさとこの場を立ち去りたい自分は食事を食べ終え席を立とうとする。


「あ、佐一。最後に一つだけいい?」


 ん? 急に名前呼びになったぞ。


 その違和感に顔を上げ、楓さんの方を見る。


 楓さんはニコニコした笑みを浮かべながらテーブルに肘を置き手に持つ小さな袋を揺らす。


「最近、寝不足みたいだったから。お姉ちゃん頑張って睡眠薬手に入れてきたよ☆」


「はぁ!?」


 その声を発したとたん、頭が軽くなる感じがし視界がぼやける。


 不自然に戻っていたあの水か、意地の悪い姉が水を戻すなんてことは絶対にしない。てか睡眠薬買うお金あるならジュース買えよ。


 そんな叫びたいほどの心の声は出ず、思考能力が段々となくなり、テーブルにうつぶせる。


「ふふふっ夕方までお休み、下僕」


 それがこと切れる前の楓さんの言葉。最後まで人の不幸を喜ぶ姉である。

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