2 長女は天才ですが?

 離れてと言ったのだが一向に離れない、栗色の髪ショートボブの女子生徒、時乃三谷学園高等部二年、深ノ宮 椿。自分の姉で長女であり一言で言うと天才である。


 学力は学年トップ、運動神経もいいと言えば分かるだろう。


 普段は何を考えているかわからない表情をしており近寄りがたいオーラを放つ彼女だが、自分の前だといつもこう。


「うりうり~」


 猫のように甘えてくる。


 実に迷惑だ。重いし、視線も痛いし、恥ずかしいし。


 だが自分は椿さんを無理やり引き離そうとしない。


 自分は彼女の事を知っているから。


「お昼ご飯は食べたか?」


 背中越しに椿さんに問いかける。


「食べたよ~」


「自分はまだ食べられてない。このままこうしてると昼休みが終わり食べ損ねてしまう。だから離してくれないか?」


 右手に持つ弁当袋を後ろに見えるようにもち上げると。


「……分かった」


 考えたそぶりを見せ、少し間があったが椿さんはゆっくりと首から腕を外した。


 深ノ宮 椿は相手の考えや心理に鈍い。


 離してくださいと自分が言ったとき、彼女は『何故』と言う言葉が頭に浮かぶのであろう。


 ご飯を食べるからと言う納得が出来る『理由』があれば彼女は『答え』を見つけ行動に移すことが出来る。


 相手の考えや心理が完璧に分かる人間はいない。心理とは言うなれば『答え』のない問題。


 苦しいから、恥ずかしいから、理由は何でもいい。考えを口で言葉と言う音に変えなければ椿さんに感情は伝わらない。分からないのだから。


 彼女は天才だ。だが天才であっても完璧ではない、少し鈍感で不器用な女の子、長女の椿さん。


 そのことを知っているから分かる、彼女は自分自身の感情表現も苦手であるということを。


 拘束が解けた佐一は食堂に向かうためではなく密着する姉の体から距離を取るため一歩前に出でて、椿さんの方へ体の向きを変える。


「……? ご飯を食べに行かないの?」


 椿は人差し指を顔につけ、佐一に問いかける。


 彼女の表情だけ見れば微笑んではいる。だがは心理はどうだ、彼女は何をしにここに来た?


 自分は抱き着かれている間に考えた。彼女が何の理由もなく中等部に来るか? 背中に抱き着いてきたのも理由があるのでは? そんな考えを得てたどり着く。


「いや、何か伝えることがあるのかと」


「お~よくわかったね」


 答え、自分、深ノ宮 佐一に用がある。


 凄くわかりにくい。椿さんの場合、相手の事とか自分の事とかの心理を考えているうちに分からなくなるのだろう。


 だから抱き着くという行為で自分の気持ちを表現しようとしていると考えられる。


 椿さんとは家でいつでも会えるし、時間のかからないあまり重要ではない用事なのかなとおおよそ予想はついている。


 だからこうして向き合って用事を聞くことにした。


「手短に頼む」


 そう言うと明るい表情を浮かべながら、スカートのポケットから小さく折りたたまれた一枚の紙を取り出しこちらに渡してきた。


 それを受け取ると紙を丁寧に広げる。


 そこには、白い紙を埋め尽くすほどの小さく書かれた黒い文字?が隙間なくびっしりと書かれていた。


 怖っ……日本語じゃない、英語でもない何だこれ。


「なにこれ?」


 少し引き気味で椿さんに尋ねると。


「今日ね、知らない女の子から渡されたの。『この問題分からないから解いて』って。でも私、ここに書いてあるもの全く分かんなくて、で、佐一ならわかるかな~って思って聞きに来たんだ」


「先生に聞け」


 何で先生より自分の方が優先順位が高いんだ。


「ん~ここの先生じゃ無理かな」


 今すぐ謝ってこい。と心の中で思いながら口には出さず。一通り紙に目を通したあと一つの結論にたどり着いた。


「……分かった、これは自分がやってみるよ」


 だが椿さんには言わない。知らなくていいことだから。


「わ~ありがとう佐一~」


 再び姉の両手につかまり、抱き着かれた状況は一分間も続いた。


「それじゃ~ね、佐一」


 苦しいという声でようやく解放され、中等部の廊下を後にする椿さんを見送り。再び渡された紙に目をやり小さくため息をつく。


 確かにこれはここにいる先生に聞いてもだめだろうな。


「よっぽど暇なんだろうな、これを書いたやつ」


 そうつぶやくと紙をポケットにしまい食堂に歩き出す。


 この紙に書かれていたものは問題でもなければ、答えなんてものはない。ただの落書きされた紙切れなのだから。

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