保険はいかが?

@ramia294

第1話

 リン、リン♬

 自転車のベルが、聞こえます。


「保険は、いかがですか?」


 保険屋さんが、お昼休みに会社を訪ねて来ました。


「今の時代、何があるか分かりません。地震に大型台風、水害、海底火山に、お隣のミサイル。毎日毎日、危険と隣り合わせ。でも、大丈夫。我が社の新製品に入れば、どんな危険からも、あなたを守ります」


「どんな保険ですか?」


 保険屋さんは、とても綺麗なお姉さん。

 パンフレットを頂きました。


『この保険は、あなたの命を守ります。病から、地震から、災害から、あなたの命を守ります』


 見出しの大きなパンフレット…。

 保険の内容が、詳しく書かれていました。


 当社は、あなたの遺伝子を保存します。

 あなたのクローンをご用意します。

 あなたと同じ年齢の同じ記憶を持つクローン。

 ご安心下さい。

 理不尽なトラブルが、あなたの命を奪っても、あなたのクローンが目覚めます。


 『差異の無い相違は、相違ではない』


 あなたの命は、蘇ります。

 同じ経験、同じ意識、同じ感情を持って。

 これで、あなたの死んだ事実は、消えてしまいす。

 ご安心下さい。

 あなたが、保険料を払い続けていただく限り、あなたは、不死身です。

 ご注意点は、ひとつだけ。

 その日のあなたの記憶をクローンにコピーする時間が、六時間必要です。もちろん心配ありません。

 睡眠時間を使いましょう。

 どうぞ、睡眠時間をご登録下さい。

 

 その間のあなたの経験は、翌日コピー分になります。

 どうぞ、ご契約下さい。

 当社は、本物の保険です。

 お金では、ありません。あなたの命を守る保険です。


 僕は、契約しました。

 僕には、可愛い恋人が。

 近々、プロポーズするつもりです。

 家庭を持つなら、やはり保険に入るべきかと、契約しました。


 それから、しばらく。

 空気は澄み切り、月の美しい夜、その日は、彼女の誕生日でした。

 たまには、二人でフランス料理。 

 慣れないナイフとフォークに、苦戦しながら、料理が進んでいきます。


 僕のポケットには、指輪が。

 緊張が、料理の味を少しずつ削いでいきます。

 コーヒーの香りと共に差し出した指輪を、彼女は、笑顔で受け取ってくれました。

 それから、僕たちは将来の事を話しました。

 その夜、初めて彼女は、僕の部屋で、眠りました。


 早朝、僕たちはそっと部屋を抜け出して彼女の部屋にクルマを走らせました。

 クルマの中で、未来の話をたくさんしました。

 送り届けたその日の空気は澄み切り、昇りはじめたお日さまは頬を染め、小鳥は、おはようと歌い出しました。


 彼女が部屋に消えていく事を確かめ、僕はクルマを走らせました。

 僕の部屋に、戻るまでの慣れた道です。

 ウキウキもしていました。

 油断していたのでしょう。

 センターラインを大きく踏み越えてきたトラックを避ける事が出来ませんでした。


 僕に保険が適用されました。

 目覚めたクローンに、コピーは不可能です。

 僕の記憶は、料理店のコーヒーまで。

 あの夜の記憶は、失いました。

 あの夜の記憶は、彼女に教えて貰いました。

 事故の前後は、警察に教えて頂きました。


 僕は、彼女にお願いしました。

 きっとあの夜の記憶は、とても大切なもの。忘れてはいけないもの。

 もう一度プロポーズをやり直したいと。

 

 フランス料理は、手慣れた様子で、ナイフとフォークを扱い、料理の味も今度は、逃しませんでした。


 その夜を二人で過ごし、彼女を送った帰り道。

 そのトラックは、またもやセンターラインを踏み越えました。

 トラックの運転手は、心臓の病気でした。

血圧の低下に意識を失い、あの時センターラインを踏み越えました。

 もちろん、あの時、彼も生きてはいませんでした。


 トラックの運転手も保険適用者だったのです。


 同じ意識、同じ記憶、同じ感情、そして同じ肉体。

 病気の治療は、病院で。

 保険屋には、治療は出来ません。

 治療費用を賄うための我が社の保険。

 ちゃんと用意しております。

 別料金にはなりますが、ぜひともお入りください。


 同じ肉体を持つクローン。

 もちろん、病気も同じです。


 『差異の無い相違は、相違ではない』


 我が社の保険。

 ぜひともお入りください。


       終わり

 

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