銀河の帝国

藤山千本

第1話 1、不思議な訪問者

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 3月になって川本三本は見知らぬ女性の訪問を受けた。

中身の少ない格安弁当の昼食を食べ終え、いつもの午眠に入る時、ドアにノックの音が聞こえた。

三本はベッドに仰向けのまま「どうぞ」と応えた。

ドアを開けて入って来たのは妙齢の女性だった。

三本はソファベッドから半身を起こして言った。

「こんな格好ですみませんでした。どなたでしたでしょうか。」

三本はベッドから離れ、デスクの椅子に腰掛け、ゆっくりと女性の方に向きを変えた。

 「お休み中お邪魔して申し訳ありません。私は千と申します。初めてお目にかかります。川本先生とお話をしたいと思い訪問してしまいました。」

「川本三本(かわもとさんぼん)です。ここの学生さんですか。『せん』というのは苗字ですか。」

「学生ではありません。千は名前です。漢字で数字の1000です。姓はありませんが強いて言えば先生と同じ『川本』です。」

「姓が無いとは不思議な方ですね。どうぞおかけください。」

そう言って三本は予備の椅子を千の前に押しやった。

その椅子は三本の椅子と同じ重厚な造りだったが三本が脚を乗せるための椅子だった。

千は椅子に浅く座り、少し椅子を三本から離すように下げてから三本を見つめた。

 「どんなお話をしましょうか、千さん。」

「少し長い話になるかと思います。お時間はよろしいでしょうか。」

「私には十分な時間があります。いつでも暇ですよ。」

「私は先生のご子息に造られた人間です。すでに1億年以上もの年月を異郷で生きております。地球に来たのは80万年前です。現在の先生にお会いするために地球に住んでおりました。」

 「・・・確かに長い話になりそうですね。私は現在独身ですが今後だれかと結ばれ、子供を授かり、その子供が貴方を造り、貴方は私と会うために私が生まれてもいない80万年前に地球に来て今日の日を迎えたわけですね。だからあなたの姓が川本なのですね。・・・なぜ私と会いたかったのですか。」

「先生に興味を持ったからです。それと未来が変わるかもしれませんから。」

「私と会うことで未来が変わり、私の子供は生まれなくなり、あなたも生まれなくなる可能性があるということですね。」

「そうです。」

 「でもあなたはまだ消えていない。」

「そうですね。」

「時系列的な矛盾点をあなたはどのように説明なされるのですか。」

「私が関係する未来において、先生は時間の流れが逆になっている世界に行かれました。私を造った先生のご子息の万様は先生がその世界に再度行かれようとする前にその世界に移動しました。万様が再びこの世界に戻ったのはこの世界の時間流で言えば過去でした。」

 「ふうむ。・・・やっぱりそんな世界があったんだ。」

「先生は私の話をお信じになるのですか。」

「私の専門は細胞生物学ですが、そんな私でもこの世界の成り立ちを考えることはあります。時間の流れはこの世界では一方向ですがそんな不均衡な事は許されるのだろうかと考えたこともあります。」

「やはり先生は万様のお父上様(ちちうえさま)ですね。未来の先生は万様にこの世界に戻ることがあったら国を作れとおっしゃったそうです。未来の先生はそうすればこの世界の過去に戻ることをご存知だったようです。」

 「そんな事があったのですか。時間が逆行する世界とはどんな世界ですか。」

「私は行ったことはありませんが大きな世界だそうです。この世界の大宇宙が空中に浮かぶ塵(ちり)と同じ大きさになる世界です。」

「ふーむ。・・・驚いた。当然その塵は見た目では動かないですよね。シュワルツシルド半径は距離の1乗に比例するから大宇宙が一つのブラックホールだと言う説もありました。真っ黒な塵か。・・・その巨大世界の時間の進み方はずっと早いということになる。空中に浮いている真っ黒な塵みたいな大宇宙は広い世界から見たら時間停止みたいになっているのですね。そんな大宇宙が空中に何個も浮かんでいるのか。・・・ビッグバン前の大宇宙も、ビッグクランチから再生した大宇宙も、それにひょっとすると別の大宇宙も。そんな宇宙の時間進行の流れは私のいる大宇宙と同じ方向に流れているだろうし、だからその巨大世界では逆の時間流になっているのかもしれない。神の世界ですね。」

「分かりません。私が造られたのはこの世界に来てからでしたから。」

 「・・・千さんの知っている私の未来はどんなでしたか。」

「先生は至高の技術を持つ星のロボットに出合い日本を変えたようです。その後、先生は自我に目覚めたロボット人を引き連れて大宇宙の辺境にロボット国のムーンを創り、そこで10万年間も学びました。先生はその後至高の技術を持つその星に行って女性と結ばれ万様を授かりました。先生は大宇宙のビッグクランチを察知し、万様とロボット国を巨大宇宙に逃しました。先生のその後は分かりません。先生は太陽系をビッグクランチから救うために地球に行かれたそうです。万様は巨大宇宙から再びこの世界に戻り、私を造り、大宇宙の辺縁に至高の技術を持つ国、ホムスク国を作り上げました。私はその国から宇宙船で地球に来ました。」

 「10万年間ですか。私のこの先は随分長い人生になるようですね。話の最初に出て来た『至高の技術を持つ国』というのは息子が造った国なのですね。」

「はい。混乱なされると思い、そのように表現しました。」

「現在もその国があるのだから同一の国ですね。」

「そうだと思います。」

 「千さんが登場したことで私の人生はどのように変わるとお考えですか。」

「先生は先生の人生を変えたホムスク国のロボットには出会わないと思います。」

「どうしてですか。」

「地球は私がいる星ですから。ホムスク国のロボットはホムンクと言います。ホムンクは私には近づきません。」

 「ということは、千さんが知っている私の未来や世界の未来はなくなるということですね。」

「そうです。」

「そんな未来がなくなってもその未来で私が授かった私の息子はこの世界に住んでいて息子に造られた千さんも存在しているのですね。」

「その通りです。」

 「・・・どうやら私はこの世界の重要人物のようですね。千さんが地球にいて千さんが私に会いに来なかったらどのような展開になるとお考えですか。」

「先生は残り少ない寿命を全(まっと)うされるだろうと推測できます。でも実際にそうなるかどうかは分かりません。」

「面白い展開になりましたね。ホムスク国の至高の技術が私を今後10万年生きることを可能にしたと言うことは千さんもその技術をお持ちなのですね。」

「そうです。」

 「どんな方法なのですか。」

「ホムンクが行った方法では、先生のクローンを先生に重ね合わせて成長させることで肉体的に若い先生を作り上げています。元の先生は時間停止の状態で保存されます。言ってみれば若い肉体の先生のコピーを作りあげ、コピーが活動します。思考は継続されます。」

「重ねて成長ですか。空間を重ね合わせるのですね。そんなこともできるようになるんだ。少し時空間の構造を考えなければ理解できないでしょうね。」

「大宇宙の時空間の構造認識はホムスク国でも出されておりますが、同様な仮説を先生も発表されたと万様から聞いております。」

 「千さんと会わなかった私がそんな仮説を出すのだとすれば、そんなことを知った現在の私の未来は千さんが知っている私の人生とは違ったものになるのでしょうね。」

「そう思います。」

「その人生は千さんが知らない私の第3の人生ですね。千さんと出会わないでホムンクロボットに出会って至高の技術を持つ国を創った息子を授かった私の人生と、千さんにもロボットにも会わないで老衰で死んでいく私の人生と、そして千さんと出会った私の人生ということですね。」

「そうだと思います。」

 「映画の『恐怖のターミネーター』の最期のナレーションに『未来にはいくつかの道が通じている』という言葉が出て来ました。私の人生もそうみたいですね。」

「そう思います。私は先生の未来の二つを知っているつもりでおります。先生の第一と第二の人生です。先生の二つの人生では共通な事象がありました。宝くじのロトで先生が当選されたということでした。第一の人生では先生はホムンクの示唆で117回のロト7で1等に当たり数億円を得ております。第二の人生でも先生は117回のロト7で当選し同額の賞金を得ております。どうして先生が宝くじを購入されたのかは存じません。第二の人生での先生はその資金で故郷の山麓に川本研究所を建てられたようです。」

 「要するに私は117回のロト7を購入すべきだとおっしゃりたいのですね。宝くじは今まで積極的に購入したことはありませんが、117回のロト7というのはいつの籤(くじ)なのですか。」

「来年2015年の7月です。」

「千さんは当たり番号を知っているのですね。」

「はい。1等の当選番号は09、10、20、28、31、34、37のはずです。どうぞ記録なさって下さい。それが当れば私の話の傍証になると思います。」

川本三本はメモ用紙にもう一度数字を聞きながら言われた数字を記録した。

 「私はもうすぐ嘱託を辞めて年金生活に入ります。来年1等が当たったら老後は安心ですね。」

「先生はどんな人生をお望みですか。」

「この年齢で人生を選べる人はほとんどいないでしょうね。私の人生での仕事はほぼ完成していると思っていました。次世代に残す人類の財産ですね。数日前に最期の本を書き上げました。あとはそれを出版すれば私の人生の仕事は完成です。『でした』ですかね。・・・望みの人生ですか。・・・千さんが話した私の二つの人生では、想像するに、私は成り行きに従った行動を取ったのだと思います。それが私の行動パターンですから。でも私に第3の人生の道が開かれているのだとしたら、それは私の希望に従った人生ということになるのですね。」

「そうです。」

 「私の寿命は延長できるのですか。」

「お望みのままに延長できます。」

「寿命延長の方法に関して、千さんは先ほど『ホムンクが行った方法では』と言いましたね。別の方法もあるのですか。」

「あります。私が行っている方法です。」

「どんな方法ですか。」

「全身の細胞に未分化性を賦活(ふかつ)させる方法です。」

 「細胞に刺激を与えてSTAP(Stimulus Triggered Acquisition of Pluripotency、刺激惹起性多能性獲得)化する方法ですね。うまい方法だと思います。どんな刺激を使うのですか。」

「基本的にはマイクロ波変調のX線です。」

「なるほど。熱刺激でしたか。未来ではできそうな技術ですね。X線CTと組み合わせればガンの治療にも使えそうだ。」

「僅かな未分化性を持った組織ではガンは進行しません。排斥されます。幼児では大人のガンはできません。」

 「そういえばそうですね。もう一つ聞いてもいいでしょうか。」

「どうぞ。」

「千さんは息子の万に造られたとおっしゃいました。どのように造られたのでしょうか。」

「ふふっ。先生はやはりそちらの方に興味がおありのようですね。私はホムスク人女性のクローンです。その女性は万様のお母上様です。それと同時に先生がお母上様の細胞から創った万様の妹さんでもあります。ですから私の顔立ちはお二人と似ているそうです。でもお二人と同じではありません。万様は保存されていた当該iPS細胞を多倍体細胞に変えてから私を作りました。私は多倍体人間です。」

 「おおっ、やはり多倍体人間はできるのですね。多倍体細胞の未分化性を克服したのですね。ひょっとして5倍体か6倍体ではありませんか。マウスでは4、8、10、12倍体は不安定で5倍体と6倍体が安定でした。私の理論通りでした。」

「5倍体です。」

「5倍体ですか。2倍体と3倍体のリングですね。いや、1倍体リングと4倍体リングかもしれない。それなら妊娠もできるかもしれない。」

「私は子供を産んだ経験があります。」

「そうでしたか。そのお子さんは正常でしたか。現在はどうしていますか。」

「正常な男子でした。地球近辺で行方不明になりました。地球時間で100万年以上前のことです。当時は寿命の延長が公開されておりませんでしたから、もう居ないと思います。」

 「そうですか。でも今日私は千さんから私の想像を超える話を聞きました。息子さんはどこかで生きているかもしれませんね。そんな気がします。不死化技術を持って過去に行くことができるわけですから。」

「そうなっていたらいいですね。」

 「それにしても多倍体人間ですか。・・・私の退職金は研究を続けることができるほどの金額ではありませんでした。ロト7が当たって何億円かを得ることができれば多倍体人間を造ってもいいですね。」

「先生の第2の人生では先生は5倍体人間をお造りになられたようです。先生に似た男性です。」

「むむーっ。そうでしたか。自分のiPS細胞を使ったか。・・・それならその道に進むことはないですね。千さんは私に第3の人生を提供するために私の前に現れたのですか。」

「そうです。」

 「なり行きではなく私が望む人生ですね。夢みたいです。ありがたいことです。・・・でもそんな人生はこれまで考えたこともありませんでした。どんな人生を送ってみたいかはゆっくり考えてみようと思います。千さんは私がロト7に当たった後に訪ねて来ていただけませんか。その頃には本も出版されており私は静かな年金生活に入っているはずです。私の未来人生における明白なキー事象となるロト7の当選も通過しております。それまでに私が望む人生を考えておきます。それでよろしいですか。」

「それで結構です。」

 「・・・千さんは大宇宙を航行することができる宇宙船をお持ちですか。」

「持っております。」

「過去や未来に行けるようですがそれは止めましょう。あまりにも複雑な世界になりそうです。空想科学小説でよく言われている並行世界というものもあるのですか。」

「あります。過去や未来を変化させればそんな世界が生じます。」

「でもそれも止めたほうがいいですね。・・・千さんは地球のある銀河系の星々の内情をご存知ですか。」

「ホムスク国は大宇宙の星々について実際に現地に行って調査しております。銀河系についても星々の状況は報告されております。だいぶ古い記録ですが全ての恒星の惑星も記載されていると思います。」

 「分かりました。第3の人生について考えようと思います。」

「私は先生の第3の人生に関与することができることを名誉に思います。今日はこれで失礼します。どうぞ午眠をなさってくださいませ。」

「とても眠れる状況ではないですね。」

千は椅子から立ち、お辞儀をしてからドアを開けて出て行った。

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