第2話

 僕が今から話すのは、小学五年生の秋の10月のある日の出来事なんだ。

 当時、僕は「ナルニア国物語」にはまっていて、その日の昼休みはまだ女の子たちの徘徊は始まっていなかったから夢中になって読んでいた。

 昼休みが半分くらい過ぎた時に、あの女の子がやって来て、ちょっと来て、と僕を呼んだ。

 グループのだれか一人が来て僕を呼ぶのは、女の子たちとの徘徊がスタートする合図だ。

 自分の好きな女の子に話しかけられたことにうきうきしてついていく。彼女は廊下をどんどん進み、あまり人気のないところまで来た。

 そこで急に立ち止まり、振り返って言った。

「私はあなたのことが好きです。付き合ってください。」

 最初はよく分からなかったが、だんだんと自分は好きな人から愛を告白されているのだということを理解した。その子の告白の言葉が、繰り返し頭の中で高速で駆け巡り、どうすればいいのか頭がうまく働かない。頭がぼおーっとしていく中で、とりあえずキャラを守ろうと無意識のうちに判断し、いつもの調子で答えた。

「付き合うってなにぃ〜?よくわからないからどっちでもいいや。」

 すると、彼女はちょっと困ったような笑みを見せ、分かったと一言だけ言って走り去ってしまった。

 その後、しばらく呆然としていた。何をすればいいのか分からず、教室に帰って急いで本を開けるんだけど、内容は何も頭に入ってこない。

 そもそも、今は本を読む気にもなれず、さっき起きたことを何度も思い返してみる。

 そして、自分が好きな女の子からの告白に対してあいまいな態度をとってしまったことにやっと気がついた。後悔の汗が流れた。取り返しのつかないことをしてしまったのではないか。自分はせっかくの告白に何てことを言ってしまったのだろう。

 だけど、どっちでもいいと答えたということは断ってはいないということだ。今から、「僕も好きでした。付き合ってください。」と言えば承諾してもらえるかもしれない。

 ただ、よく考えてみるとそもそも僕があのキャラだったからこそあの子は好きになったのかもしれない。

 もしそうだとすると、急にそのキャラを僕が変えて僕が女の子に関心があることをさらしてしまったら、あの子は驚くだろう。

 今までの僕は本当の性格ではなかったことを悟り、落胆して嫌いになるかもしれない。それならばやはり、僕はあのように返事をするのが一番正しくて、あとはあの子に判断を任せるべきではないだろうか。

 いや、とここでまた別の考えが浮かんだ。もしかしたらこれは彼女たちのいつもの遊びの1つなのではないか。あの女の子たちが僕に告白を仕掛けて、僕の反応を見て楽しもうとしているのではないか。グループの女の子たちは告白された時の僕の反応の報告をどこかで待っているのではないか。

 よく考えると、彼女は走り去るときちょっと笑っていたように思える。すると、僕の返答は正しかったことになる。うぶな僕が告白されて、戸惑ってよく分からないために「はい」でも「いいえ」でもなく、どっちでもいいと答える。その後は何も気にせずまた本を読んでいる。

 そういうことを彼女たちは求めているのだ。すると今は本に熱中していればよいことになる。

 このように考えながらも、もう一度ちゃんと返事をしたいという気持ちは依然として強く残った。自分の思いとキャラとの板挟みが続き、どうしようもなくなってしまった。休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。

 その後、授業の内容はまったく頭に入らず、かといってあの子の方を見る勇気もない。不安定な気持ちを抱えたまま5時間目が終わった。

 5時間目の授業が終わり帰る時になって、ある男の子が大声で、「~~が昼休みに誰かに告白したらしい」と言った。あの子が僕に告白したことをどうして知っているのかわからなかったけど、そこから告白相手さがしが始まってしまった。

 そっとあの子を見ると寂しそうな顔をしてうつむいていた。瞬時に僕は、あの子がだれに告白したか絶対にわからせてやるもんかと思った。

 女の子の告白を暴くことはとてもひどいことで、あの子があまりにかわいそうだ。

 その男の子は昼休みに"アリバイ"のないクラスの男子に一人ずつ告白されたかどうか聞いていき、とうとう僕に順番が回ってきた。

 「お前~~に告白されたか」と聞かれ

 「別にそんなことなかったよ」と自然と返事をすることができた。

 僕の後も不愉快な尋問は続いたが、当然全員がいいえと否定する。

 おかしいなあと彼は言って告白暴きは打ち切りとなり、僕はほっとして家に帰った。

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