10年前の私①
彼が誰かということに気がついたのは、図書委員の当番になって三日目のことだった。
初日は意識もしておらず、二日目は「前もいなかったっけ」、そしてやっと彼が同じクラスの米村くんだということに気がついた。失礼ながら、あまり目立つタイプではない彼の顔と名前も一致しておらず、正確には三日目の翌日に教室で知ったわけだけど。
彼は放課後になると図書委員の私とほぼ同じタイミングで図書室に来て、下校時刻まで本を借りることもなく何かをノートに書いていた。特段成績がいいという話を聞いたこともなかったし、何をしているのだろうと気になったのは、興味本位と仲間を見つけたかったからもしれない。
漫画家を目指しているという夢を、誰かに話したことはなかった。
家族はイラストを描くことが好きだという程度にしか思っていなかったし、友達には恥ずかしくて言うことができなかった。オタクっぽいと思われるのは、それだけで何だかレッテルを貼られたようで、恥ずかしいことだと思っていたから。
メイクだって可愛い洋服だって写真映えするスイーツだって好きだし、それを共有することができる友達はたくさんいた。それでも、そうではない趣味を共有できる人は他にいなかった。図書委員になったのだって、もしかしたらそういう趣味を共有できる知り合いが出来るかもしれないと思ったからだったし、それは結局叶わなかったわけだけど。
だから、もし彼が書くものがそうであれば良いなと思っていた。仲間であれば、私の夢を共有できる気がした。
米村くんは決して目立つタイプではないし、普段私が絡んでいる女子の話題に上がってくることだってない。それでも、例えば他のオタクっぽい人たちのように、それを開き直っているようにも思えなかった。それを少し恥ずかしいことだと自覚しつつ、それでも好きなものは好きでいるから、放課後の図書室に逃げて書いているんじゃないかと思いたかった。
そういう人であれば、きっと私と仲良くなれる。四日目の放課後、私の問いかけが誘導するように「創作してるの?」となったのは、もしかしたらそんな願望が込められていたからだと思う。
戸惑った彼に自分の夢を語ってしまったのは、そうであってほしいという願いから溢れたものだった。果たして私の願いが叶ったのか、彼は私の希望する言葉を語ってくれた。
「ね、何で小説家になりたいなって思ったの?」
いきなり踏み込みすぎたかな、と思った。普段の私なら、もっとうまく距離感をはかって会話ができると思っていたんだけど、仲間を見つけた興奮なのか、最近まで存在も認識できていなかった彼のことをもっと知りたいなと思った。
「うーん、小学生の頃にさ、児童文学でめちゃくちゃ面白い作品があって、それで小説の面白さを知ったんだけど。それ以外にも色々読んで、言葉の力って凄いなって。だから、俺が書いたもので、俺が今までに受けた影響みたいに、誰かに何かを届けられたら良いなって」
少し熱っぽく語る彼は、教室での印象とは別人のようだった。好きなものを語る時にこういう表情をする人が今までにあまり周りにいなかったからか、少しこちらが照れてしまうほど。
「櫻田さんは、何で漫画を?」
「えっとね、私は家族の影響で。お姉ちゃんがいるんだけどね、買ってもらった漫画を私も借りて読んでて。漫画って面白いなぁって。それから興味本位でちょっとずつ描いてるんだけど、趣味みたいなもので」
漫画家を目指している、と言うには自分のレベルがあまりに分かっていなかった。彼のように、それを夢だと口にするのはまだ少し恥ずかしかった。
いくつか影響を受けたというか、描くきっかけになった作品をあげてみると、彼は「え、それは俺も知ってる」と嬉しそうな声をあげた。
「俺も姉ちゃんがいるから、少女漫画は結構読んでたー。その作品、めっちゃ好きだったよ」
「えー、本当に? 私の周り、女子でも知ってる子の方が少ないよ。世代が微妙に上だし、超有名作ってわけでもないし」
「そうなんだ! え、でも話したら久しぶりに読みたくなってきたな」
その気持ちは私も分かる。昔読んだ作品って、ふと思い出した時に無性に読み返したくなるものだ。
「貸そうか? 私、単行本持ってるよ」
「いいの? ってか、何か意外だね。櫻田さんって、すげぇキラキラしたカースト高め女子ってイメージだった」
意外、と言う言葉が何に対してなのかは分からなくて、少し戸惑いながら言葉を返した。
「そんなことないし、そうだとしても漫画くらい読むよ」
「そうじゃなくて、俺に話しかけてくることとか。何かこう、一方的にだけど、ちょっと怖かったからさ」
「怖い?」
「何ていうかほら、小説書いてるとか、ちょっと陰キャっぽいじゃん? そういうのって、そういうカースト高めの人たちに知られるのって、ちょっと恥ずかしいっていうか」
そう言うと、照れたように頬を掻いた。
「だからさ、櫻田さんが漫画描いてるって聞いて、嬉しかったんだ。他にも周りにそういう人がいるって、心強いし」
私が彼に対して抱いたのと同種の感情ということだろうか。そうであれば、私も声をかけた甲斐があったというものだ。
「いや、私もね、漫画を描いてるなんて、学校の誰にも言ってないよ。恥ずかしいよね、分かる分かる」
「あ、やっぱり? 何ていうかさ、オタクっぽく見られるのも嫌だけど、オタクを馬鹿にされるのも嫌だし、だったら公表しない方がいいじゃん、みたいなことない?」
「いやわかる!」
隠れオタク、というか隠れ創作者あるあるのようなものを二人で話して盛り上がった。初めてちゃんと会話をしたはずなのに、もう私の中では彼は仲間であり、同志だった。
私が彼に惹かれたのは、そんな共感や仲間意識がきっかけだったのだろうか。今となっては分からないけれど、その時から少し彼に好意を抱いていたのは事実だ。
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