第9話
あなたはどうする、って言われてもなぁ。
正直いまだに女の子になった親友が目の前に現れた時に自分がどういう反応をするのかが分からないんだよ。
何があろうとも受け入れてやる、って言葉で言うのは簡単だが、現実はそう単純じゃない。
ハートマーク女子もその辺りの俺の中にある迷いを読み取ったからこそ、わざわざあんな話をしたのだろう。
俺の中で答えは出ていない。
結局はなるようにしかならないという気持ちはあるけどな。
だから俺はこれまで通り普通に我が親友に接している。
俺が女子の自宅に連れ込まれて二人きりで話をしたという事実を受け、当初は動揺する気配を見せていた我が親友だが数日経って無事誤解も解けた。
誤解というと語弊があるような気もするが、ともあれ俺とハートマーク女子との間に何もなかったと納得した後は我が親友の態度も普段通りに戻り、喧嘩状態は自然と消滅した。
まあ、喧嘩してもすぐに仲直りするのはいつものことだが。
そうでもなきゃ長年の親友なんてやってられないからな。
で、仲直りした結果俺たちはまた一緒に時間を過ごしている。
今?
我が親友なら俺の隣で寝てるよ。
いや、冗談でも何でもなく俺の部屋の俺のベッドで我が親友は絶賛熟睡中だ。
学校が終わってから俺の部屋でゲームして遊んでいたんだが、しばらくしてあくびを連発し出したかと思うと当たり前のように俺のベッドで眠り始めたんだ。
ちなみに握り込んだ掛布団の裾を胸元に巻き込んで顔を埋め、横向きの体勢で胎児のように丸くなって寝ている。
体勢からも絶対に寝るんだという強い意思を感じるな。
ちょっとうたた寝とかいうレベルじゃなく、完全に全身布団にくるまってガチ寝しているのだ。
さすが十数年来の親友に遠慮の文字はない。
まあ、俺も我が親友のベッドでよく寝るけど。
我が親友が寝た後もしばらく一人でゲームを続けていたのだが、つまらなくなったのでやめた。
スマホを取り出し、これまでに溜め込まれた我が親友の女の子バージョンの写真を一枚ずつ眺めていく。
下着姿でいることもあれば普通の洋服を着ていることもあり、どの写真も我が親友は笑顔を浮かべている。
刺激の強い写真も多いが、さすがに最初の頃のように眺めているだけで即勃起したりはしない。
それよりむしろ我が親友の笑顔を見ていると穏やかな気持ちになれる。
親友がどういうつもりでこんな写真を送りつけてくるのか、最初は見当もつかなかった。
正直今でも理解できているとは言い難い。
単に俺をからかいたいのか、性転換に反対する俺に自分がどういう姿になるのか見せつけて翻意を促そうというのか。
ただこうして魔法の道具で女の子の姿になった親友の表情を一枚一枚見ていくと、頭の悪い俺でも一つだけ分かることがある。
それは、我が親友が本気だということだ。
本気で女の子になりたいのだ。
なぜか?
ハートマーク女子によれば我が親友が俺の一番でい続けたいから、だという。
もっと簡単に言うと、俺のことが好きだからだ。
俺は確かに馬鹿だが、あそこまで言われれば嫌でも察する。
別に気持ち悪いとは思わない。
俺だって我が親友のことは好きだし、好意を向けられて素直にうれしいと思うのは自然なことだ。
たまたま相手が俺だった。
それだけのこと。
だが不幸にも、あえてこう言わせてもらうが、不幸にも俺も我が親友も男だった。
そして、俺が男に欲情することはない。
悪いがそれだけは絶対にない。
我が親友のことは好きだ。
家族を除いて一番に、いや家族と同じくらい俺は我が親友を愛している。
この気持ちは生涯変わることがないだろう。
あいつのためならこの命も惜しくはない。
一緒に死んでくれと言われたら喜んで死んでやる。
でも、セックスはできない。
学校の一部女子が製造回覧している薄い書物のように愛を囁きながら挿したり挿されたりはできないのだ。
これは俺の中の本能に根差したものだからどうしようもない。
親友の女の子より綺麗な顔を見ていると、軽い口づけくらいならできるかもしれないとは思う。
実際、俺のファーストキスは何を隠そう我が親友だ……。
あれはまだ3歳か4歳くらいのことだったのでノーカン扱いでも構わないんだが、まあ事実は事実だ。
なおファーストキスの話になると、赤ちゃんの時に最初にちゅっちゅしたのは自分だと我が母ちゃんと父ちゃんが張り合い始めるので、個人的にはファーストキス論争は不毛だと思っている。
話が逸れたが、要するに軽いベタベタくらいなら抵抗はないが、ガチに結ばれるのはさすがに生理的に無理ということだ。
薄情だって?
非難するならまずケツを掘るか掘られるかしてからにしてくれ。女の子の場合は……どう表現するのか分からんが。
さて、ここまでで終わっていればさほど難しい話じゃなかったんだ。
たとえほろ苦い思い出が加わったとしても、俺と我が親友の関係性は変わることなく生涯続くことになっただろう。
でも、この世には魔法という理不尽なものがある。
俺が男に恋愛感情を抱かないことは先刻承知している我が親友は、その魔法によって一歩踏み越える決断をした。
してしまったのだ。
性転換と軽く言うが、これはほとんど転生に等しい。
同一の個性として記憶の引継ぎは行われるにせよ、転換後の器に合わせてその精神は変質する。
個人差はあるが、別人のように人格が変わる事例も少なくない。
これの意味するところが分かるだろうか。
今俺の隣で安らかな寝息を立てている我が親友は、後わずかな期間でこの世からいなくなってしまうのだ。
存在が消滅してこの世界のどこにもいなくなり、もう二度と会うことも話すこともできなくなることを死以外の言葉で表現できるなら、どうか教えて欲しい。
そしてその死と引き換えにして、我が親友の記憶を持ち、我が親友の似姿をした少女が俺の前に現れることになるだろう。
だけどそれはもう、俺の知る親友じゃない。
どんな顔をすればいいって言うんだ?
笑えばいいのか?
それとも泣き叫ぶ?
考えすぎだって言われるのは分かっている。
単に性別が変わるだけで同じ人物であることは事実だし、実際これは死でも何でもない。
ネットでは多くの人がこう書き込んでいる。
これはよくできた整形手術に過ぎない、と。使うのがメスか魔法かの違いがあるだけで。
理屈は分かるよ。
でも、俺が話しているのは理屈じゃなく感情の話なんだ。
そして俺の感情がこう言っているんだ。
何よりも大切な我が親友が死んでしまうって。
我が親友は固い意思で、これまでの自分を殺す決断をした。
俺と再び出会うために。
俺のためにそこまでしてくれることへの喜びはある。
もちろん俺だって親友のためだったら何でってやれるし命も惜しくはない。
だけど、この悲しみ。この喪失感。
これらとどう向き合えばいいのか分からない。
我が親友の似姿をした少女を本当に愛せるのかどうか、分からないんだ。
我が親友から送られた写真の最後の一枚を見終わり、俺はスマホを置いた。
ベッドに上がり、我が親友の隣へ仰向けになって身を横たえる。
目を閉じよう。
今はただ我が親友の規則正しい寝息に耳を澄ませ、そのぬくもりを感じながら。
それから少しの間、俺も眠ってしまったらしい。
覚醒すると、まだ隣に我が親友の存在が感じられる。
顔を傾けて隣へ視線を向ける。
すると、すでに目を覚ましていた我が親友が横たわる体勢のままじっとこちらを見ていて、お互いの視線がぶつかり合った。
いつもならここで軽口の一つや二つ出てくるのだが、なぜか今はぴったりと唇を閉ざしたまま動かすこともできなかった。
色素の少ない薄茶色の瞳が湖の底のように揺れている。
我が親友がゆっくりとまばたきをしたら、透明なしずくが音もなく滑り落ちた。
「どうして僕は……」
か細く震えているが紛れもなく少年の声で、我が親友は俺に問いかけた。
「どうして僕は男の子なのかな……?」
俺は何も答えず、ただ手を伸ばして親友の頭に置いた。
くしゃくしゃと少し乱暴に撫でると、親友が目を閉じる。
その拍子に零れ落ちた新たな涙が、俺の枕に小さな染みを作った。
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