第5話
16センチ。それが俺のプライドだ。
何の話かって?
そんなもの決まってる。
ちんちんの長さの話だ。
突然の宣言に驚かれたことと思う。
だが俺が自らのちんちんの長さと、その存在に愛着と誇りを持っていることをどうしても表明せざるを得ない事情があるのだ。
昨日のことだった。
休日の昼間で、母ちゃんも父ちゃんも出かけていて自宅には俺一人しかいなかった。
すなわちやりたい放題パラダイスというわけだ。
貴重な時間を有効活用するため、いそいそと秘蔵のエロアイテムを取り出した俺は一人きりの鑑賞会を始めた。右手はもちろん相棒に添えて。
そうして緊張と弛緩を繰り返しながらクライマックスポイントを探る作業を続けていたのだが、そこで唐突にスマホが着信を知らせてきた。
鳴り響くのは我が親友専用の着信音。
俺はスマホの画面を見つめ、ギンギンで我慢を強いられている相棒に視線を落とし、それから手を拭いた。
「おう。どした」
親友からの連絡を無視する選択肢は俺の中にはない。
たとえパンツをずり下げてちんちん丸出しの状態であろうともだ。
「特にどうってわけじゃないんだけど、何してるのかなと思って」
……恋人かな?
おかしいな、我が親友は俺と同じ男のはずなんだが。
「何してるっていうか、まあ、うん……」
いくら相手が我が親友といえども俺は口ごもってしまった。
今まさにオナニーの最中でしたというのはさすがに言いにくい。
力なくしぼんでいくちんちんを見て無性に肌寒さを感じた俺は、片手でパンツを引っ張り上げながら何と言って誤魔化そうかと必死に考えた。
「どうかしたの? 何かごそごそしてる?」
「いや、あー……パンツを穿こうとしてるだけだ」
しばらく考えた結果、俺は思考を放棄することにした。
そもそも一緒に性の扉を開いた仲だ。俺と親友の間で恥ずかしいことなんて存在しない。こともないが、もう面倒くさくなってしまった。
「……トイレ?」
我が親友の声が1オクターブ低くなる。
綺麗好きの親友にとってトイレ中にスマホの通話に出るという行為は許容範囲外なのだろう。
だが、いくら俺でも用を足している最中に電話に出たりしない。
「トイレじゃねえよ」
「そうだよね、いくらなんでも。それじゃ着替え中だったの? ちゃんと着てから電話に出ればよかったのに」
しょうがないなぁという感じに笑いを含んだ我が親友の声を聞きながら、ようやく下半身の身だしなみを整えた俺も調子を合わせて笑った。
「ハハハ」
「あはは」
笑い合う俺と親友。
なぜだろう。ちゃんとパンツを穿いたはずなのにさっきから寒気が止まらない。
「……で、新しく見つけたエロ動画はそんなによかったの?」
「お前、エスパーかよぉ!」
俺は思わず叫んだ。
なんで分かるんだよ。振り向いたら後ろにいるんじゃないだろうな。
思わず後ろを確認し、ついでに天井を見上げて窓の外を窺っていると我が親友が低い声で言った。
「そんなきょろきょろしなくても後ろにも窓の外にもいないよ」
「やっぱりエスパーじゃねぇか!」
何で俺の挙動を正確に言い当ててるんだよ、こいつは。
「こんなのエスパーじゃなくても分かるよ。息遣いとかで」
「だから怖ぇよ!」
そんな感じでひとしきり騒いだ後、俺と親友はようやく落ち着いて話し始めた。
「大体さ、いきなり掛けた僕も悪かったけど、そっちだって何も律儀にあれの最中に出なくたっていいんだよ」
「何だよあれって。もっとはっきり言え」
「う……、べ、別に言わなくても分かるでしょ」
「俺お馬鹿だから分かりませーん。教えて下さーい」
「オ……オナ」
「え、もっと大きい声で言わないと聞こえねぇぞ。それでもタマついてんのかぁ?」
「うるさい黙れ早漏」
「そ、早漏じゃねぇし!」
早漏です。
……何で知っているんだよぉ。
我が親友の鋭すぎる言葉の刃にずたずたにされた俺は、そっと涙を拭った。
天使のような見た目をしていると評され、実際その通りなのだが、我が親友は時折結構な毒を吐く。
まあ、親友の妹ちゃんみたいに毒舌を標準装備しているわけではないんだが。
「からかってすんません」
「そういうの、本当にどうかと思う」
「は、おっしゃる通りです」
「僕相手だからいいけれど、他の人相手だったら絶対に喧嘩になるからやめた方がいいよ」
「そうだな。そうする」
「そうしなよ」
「うん。他の人にはやらない。代わりにお前のことを一生からかうことにする」
今さらからかわれて怒るような関係じゃないからな、俺たちは。
いや、その場では怒るかもしれないが相手に悪意があるわけじゃないって分かり切っているわけだし。
さっきもただ単にオナニーという単語を口に出すのを恥ずかしがっている我が親友の態度が面白くていじってみたくなっただけなんだ。
……冷静に振り返るとちょっと変態ちっくだな、俺。
でも我が親友の天使のようなくちびるの隙間から唐突にオナニーという単語が飛び出したら、クラスの女子の七割は卒倒すると思う。
それくらいの破壊力はある。断言しよう。
まあでも、どんなに見た目が天使のようでもいたって普通の少年なのだから、我が親友もオナニーくらいするけどな。
ところで俺の一生からかう宣言を聞いた我が親友がさっきから無言なんだが。
「おーい?」
「……そういうの、本当にどうかと思う」
「え?」
俺は思わず聞き返した。
断じて難聴系ではない。脈絡が理解できなかったのだ。
自分だって『僕相手ならいい』って言ったじゃないか。
しかし、親友は俺の疑問には応えず話を変えた。
「ところでさ、そんなによかったの?」
親友が訊いているのはおれが観ていた新作エロ動画のことだ。
やはりなんだかんだで興味があるんだな。
お主も男の子よのう。
「すっっっごいよかった」
「…………そう」
「女優さんのおっぱいがまじにデカくてさ。声も演技臭くなくて可愛かったし。俺駄目なんだよな、演技してる感があると。まあ、映像だけでも抜けるっちゃ抜けるんだけど」
「ハッ」
うん、鼻で笑われた?
何だかものすごく辛辣な合いの手が入った気がしたけど、とりあえず俺は気にせず新作のよさを伝え続けた。
「というわけでさ、お前にも教えるから観てみろよ。俺もとりあえずこの後ももう一回観直すわ。まだフィニッシュしてないし」
フィニッシュ地点を探っている最中に電話が掛かってきてしまったからな。
俺の開けっ広げな言葉を聞き、我が親友は噴き出したようにも咳込んだようにも聞こえる、変な音を出した。
「おいおい、大丈夫か?」
美少年が出しちゃいけない音がしたぞ。
「だ、だいじょび……」
「だいじょびならいいが」
だいじょびならな。
「うるさい。早漏なら早漏らしくとっとと漏らしたらいいのに」
「お前、二回目だぞ! それに俺は早漏じゃねぇ。ちょっと敏感肌なだけだ!」
「フッ、敏感肌って」
刺激に弱いんだよ。
だから日々鍛えているんだろうが。
「まあ、早漏かそうじゃないかはおいといて」
「おいとくんじゃねぇ。これは大事な問題なんだぞ」
男子の尊厳にかかわる問題だ。
早くても回復力がすごいならいいよね、とかそういうことじゃないんだよ。
「お・い・と・い・て。ぼくは気にしないよ。早漏でも」
見えなくてもどんな表情を浮かべているか分かる、まさに美少年オブ美少年ボイスで我が親友は宣言した。
ははは、こやつ何を言うてけつかる。
「気にしろよ。いくらちんちんがデカくても早漏だったらいつか彼女ができた時にがっかりさせるかもしれないだろうが」
「い、いや、だからね……」
親友が何か言おうとしていたが、それを遮って俺は続けた。
「正直に言ってサイズに関しては俺は悪くないと思ってる。割といい線行ってると思ってるんだ。でも持続力がなぁ。とはいえ俺のちんちんもまだ自主練しか経験したことがないというか、ぶっちゃけると童貞なのでいずれ本番に慣れればポチンシャル、いやポテンシャルを発揮できるかもしれないが……」
そこんとこどうなんスか、マイサン?
すっかり待機状態に戻った股間に無言の問いかけを送ってみたが、我が相棒はちーんと静まり返っていた。
「まあ本番をさせてくれる相手がいなくちゃポテンシャル(笑)も何もないよね。でも一人でする分にはいいんじゃないの? 時短になるし」
もう今日は下ネタの日なのだと諦めてしまったのか、かなり冷めた口調ながら我が親友は律儀に俺のたわ言に付き合ってくれる。
「時短とか言うの、悲しくなるからやめてくれない? そういうことじゃないだろ、エロって」
「大きさも関係ないよね、一人だと。どんなに大きいか知らないけどさ」
その残酷な言葉に『関係なくないやい』と俺は内心で反論したかったが、正論パンチがレバーに深く突き刺さり過ぎて言葉が出てこなかった。
確かに俺の16cm砲は自分以外誰も満たしてやることができない。相手がいないから。
仲良くなったバレー女子に恋していた頃は彼女とそういうことをする妄想をたくましくしていたものだが、あっという間に失恋した今となってはそんな妄想も、ちんちんが膨らんでも心はしぼむ虚しい代物に成り下がった。
俺が静かに悶絶していると、我が親友は何度か咳払いしてから妙に上ずった声で訊いてきた。
「そ、それはそれとして相当自信があるみたいだけど、何センチあるの?」
我が親友よ。
俺のチン長を知ってどうしようというのか。
などと意地悪なことを言うはずがない。
もしも俺たちの会話をクラスの女子たちが聞いたとしたら、卒倒どころでは済まないかも知れないな。逆に近所の奥様達は微笑ましく感じるかも知れないが……。
しかし俺も親友もごく一般的な男子だ。猥談の一つや二つくらいする。
その場で胸を張った俺は、とても他人には見せられないようなキモイどや顔で答えた。
「16センチだ」
16cmなのだ。
計測方法やその日の体調によって多少増減はあるかもしれないが、間違いなく平均値は越えている。
デカチンとまでは言えなくとも充分にご立派と言っていいだろう。
しかし、親友の反応は微妙なものだった。
「ふ、ふぅん。そうなんだ。大きいね……」
俺のサイズを聞いた親友は明らかに対応に困っており、何かを誤魔化している感がすごかった。
いや、何でや。
お前が訊いたんじゃないんかい。
「16センチ。そっか。……それくらいなら大丈夫、かな」
我が親友が何かぶつぶつ言っているようだが、そんなことより今の俺には言わねばならないことがあった。
「……なあ、俺たち親友だよな」
「ど、どうしたんだよ、突然。そんなの決まってるよ」
何だかくすぐったそうにくすくす笑う親友をよそに、俺は冷めきった声で続けた。
「俺は自分のちんちんのサイズを告白した。だったらお前も教えてくれるよな?」
「え」
「親友だもんな、俺たち」
「え、えぇ~。まあ、いいけどぉ……」
我が親友はしばらく電話の向こうで『ああ』とか『うう』とか唸りながらもじもじしていたが、ついには意を決して自らのサイズを口にした。
「じゅ、じゅう……」
「じゅー?」
「……18センチ」
あまりにもか細い、少女のような囁き声で我が親友は爆弾投下した。
木っ端みじんに吹き飛ばされた俺の脳細胞が再び集結して出来の悪い脳みそが再稼働して、ようやく親友の申告数値を咀嚼理解すると、俺は叫び声を上げた。
「ジューハッセンチ!? え、18センチ!? 嘘だろその顔で?」
「か、顔は関係ないもん……」
親友の声はほとんど泣き声だった。
「あ、いやすまん。別に責めてるわけでも馬鹿にしてるわけでもなくてだな。いやでも18センチ……。俺の方が15センチくらい身長高いのに。比率狂ってんだろ」
ちなみに我が親友の身長は162cmである。
いや、やっぱり比率おかしいって。
「狂ってない……ちょっと大きいだけだもん」
「ホントごめん。あまりに衝撃的過ぎてな。あ、童貞だよな?」
「童貞だよ。いつも一緒にいて彼女なんかいないの知ってるでしょ」
我が親友の答えに俺はほっと胸を撫でおろした。
よかった。
彼女がいないのは知っていたが、我が親友には夜の電灯に吸い寄せられる虫みたいに年齢問わず異性が群がるからな。知らない間にあっさり食われていても何ら不思議ではない。
それにしてもまじかよ。
つい先ほどドヤって『16センチだ』とか言っていた自分が恥ずかしすぎて死にたくなる。
これで我が親友の18cm砲がすでに経験済みだったとしたら立ち直れなくなるところだった。
しかし18cmもあるとなると、学校の一部女子たちが製造しているおぞましい書物の描写はわりと的を射ていることになるんでは?
でも俺の尻穴にそんなデカチンは入らないし、入れさせないけどな。
「だから言いたくなかったんだよ」
うらめしそうな親友を慰めるためにあえて明るい口調で俺は言った。
「いいじゃないか。お前の彼女になる子はきっと喜んでくれるぞ。大きすぎるとかえってよくないって話も聞いたことはあるけど、たぶん大丈夫だって! 後は持続力を鍛えなきゃな!」
打倒敏感肌だぜ。
「何の慰めにもなってないし口下手すぎるけど、ありがとう。でも、いいんだ。どうせこんなのなくなるんだし」
「ん?」
「え?」
今何か親友が恐ろしすぎる言葉を口にした気がして、俺は思わず疑問の声を上げてしまった。
ドウセコンナノナクナル?
ナニソレ?
脳が理解を拒むのだが、我が親友は無情にも俺にとどめを刺そうと少し恥ずかしげに、そして誇らしげに言った。
「だって僕、女の子になるんだもの」
俺は叫んだ。
心の底から、ネタでも何でもなく。
「それを捨てるなんてとんでもないっ!!!」
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