第22話 二年三組
下駄箱、階段、廊下と、教室へと続く道を感慨深さを押し殺しながら歩く。
と、そんなタイムスリップ的な妄想に浸っていた長閑だったが〝二年三組〟まさにタエの学年の教室の前に差し掛かった時のこと、何やらヒソヒソと話す声が聞こえてくる。
「あの子ってさぁ……」
「だよねだよね?」
「もう来てるんだぁ?」
特に気にせずに教室に入った長閑は、ここでもまた懐かしさの匂いを鼻から吸い込むのだった。
(スーー! ハーー!)
そんな風に感慨深さを肌で感じていた長閑の前に一人の女子が立ちはだかった。
「あらぁ? おはようタエ。随分と久しぶりだね」
「あ……おはよう」
周りの視線、そして目の前の女子高生。不穏な雰囲気が気にはなっていたが、普通に挨拶を返した。
「はぁ? 何がおはようなの? あんたいったいどれだけ私の電話を無視してんの?」
「あ……」
(そっか、何日も喋れなかった間に電話してくれてたんだなぁ……)
ジーンと、胸に手をあてて同級生の優しさに浸る長閑は、喜び勇んで言葉を発した。
「あ、ごめんね……私、怪我して入院してたんで……電話も出れず出来ずで……ほんとごめん!」
それを聞いた女子は、しばらくキョトンとした顔を作っていたが、一転、何かを噛み潰したかのように口元をヒクつかせた。
そして次に同級生から発せられた言葉に、長閑は驚愕した。
「怪我ぁ? 援交の間違いでしょ?」
女子が嘲笑気味にそう言うと、クラス中からクスクス笑いが漏れ聞こえてきた。
「てか何なのその口の利き方は、あんた如きが私に向かって」
(なるほどな……そういうことかぁ。ぷっ! なんかいかにも過ぎて逆に笑えるんだけど)
長閑の性質と言うか、種類というか、オタク系男子だったので、こういう所謂〝いじめっ子〟に目をつけられることはしばしばだった。
だがしかし、子供の時から父親に習わされていた格闘技のおかげか、この手の奴ら〈不良的な〉に物怖じすることもやられる事も無かったのだった。
「ちょっとあんた! 何ニヤついてんの! ふざけるなよ!」
すると、周りで傍観していた数人の女子達が、長閑の周りに集まって来た。
「そうだよふざけんなよ。アンナにも連絡しないでさぁ、何様のつもりなの?」
「アンナ?」
「ああそっかぁこの子、記憶喪失なんだっけ? アンナはまだ来てないけど来たらあんたヤバイんじゃないの? ははは」
そうこうしているとチャイムが鳴った。
女子達は舌打ちをして長閑を睨みながら席へと着いた。
数分後、担任が教室に来た。ドア付近に立っていた長閑を確認すると、優しい仕草で席へと誘った。
担任が教壇に立ち『起立、礼』と誰かが唱える。
(はぁぁ懐かしぃぃ)
長閑を睨む数人の生徒など意に介さず、長閑は握り拳を胸に当て、感慨深くその場の空気を噛み締め数年ぶりの生徒気分に酔っていた。
「えーっと……あ、朝比奈が復学した。みんなもまた仲良くしてやってくれな。しばらくは、け、怪我のこともあるんで見守ってやってくれ、いいな?」
歯切れの悪い担任のコメントが終了すると、生徒達から一斉に不愉快なツッコミが飛び交った。
「怪我ぁぁ? 年上の男性がいるじゃないですかぁ」
「うーん怪我と言うか、何と言うか……クスクス」
数人の男子が、ふざけた様子で言った。それと同時に教室内には嘲笑気味な笑いが湧き上がった。
(何だこの空気)
長閑は一瞬で素に戻り、無感情な顔のまま辺りを見回した。
「お、おいおい何か睨んでんぞ」
一人の男子がそう言うと、
「なんだよ、何見てんだよ?」
と、一番後ろに座るいかにも素行の悪そうな男子が、眉を歪ませて長閑を睨んでいた。
「こ、こらぁ! や、やめなさい……ま、とりあえずは、朝比奈、復学おめでとう」
(何だこの先生、やばいくらいびびってんじゃねぇか……それにしてもこのクラスの雰囲気……気にいらねぇなぁ……)
長閑の眼孔が鋭さを増した。
(ん? そういえば朝比奈ぁ? タエちゃん達の苗字って……ぷっ、なんて〝ザ・お金持ち〟感のある苗字なんだ)
と長閑は、すぐにそんなことを考えて内心吹き出していた。
そんなタエの様子を見ていた女子達は、首を傾げていた。
そしてすぐに唇をへの字に曲げ、お互い目で何かの合図を送り合っていた。
最初の授業が開始されると生徒たちは皆、静かに先生の言葉に耳を傾け、黒板を凝視していた。
長閑はというと、久しぶりの学校という場所と雰囲気に感銘を受けていたが、やっぱり勉強はあんまり好きではないと眠気が催すのを感じていた。
(だめだ! 勉強もしっかりとやらなきゃな! って言ってもな……)
なんとか一時間目を寝ないで乗り切った長閑。だが厄介なことに先程のいじめっ子女子達が、先生の出て行くのを見計ったように長閑の席を取り囲んだ。
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