第21話 登校
家を飛び出した長閑は、ふと我に帰る。
(学校って何処だっけ?)
そういえばタエの学校の場所も名前すら知らなかったことに気がついた。
「これは……あ! そうだ久慈さん! 携帯電話」
長閑はスカートのポケットに入れていた携帯電話を取り出し、久慈の番号を探す。
「あれ? おっかしいなぁ。あの言い方だと絶対に連絡先の登録はされてるはずだよなぁ……」
探せど探せど〝久慈〟が見つからない。
「ん? もしかしてこれなのか?」
〝九時〟という名前の連絡先を見つけた長閑は、なんとも言えない表情を作った。
「タエちゃん……久慈さんをどんな風に扱ってたか想像がつくんですが?」
とは言え九時の名前が〝よく使う登録先〟に入れられてることで、長閑はホッとするのであった。
「あとは、この〝九時〟が久慈さんかだよな……」
そんな風に言いながら長閑は〝九時〟をタップした。
数回の呼び出し音……とは言わず、コール一回で相手は電話に出た。
『はい! もしもしタエちゃん! どうしたの?! 何かあった?!』
電話を十センチ離していても聴こえてくる大声は、まさに久慈の声だった。
「あ、えっと久慈さん? 舞子と龍馬って……」
長閑がそう言いかけた時だった。
『う、ぐすん……あ゛い゛……ズズズー! だんでしょうが? [なんでしょうか?]』
久慈は泣いていた。そう、またあれだ。タエが兄弟達と交流しているのに感動したあれだ。
「あ、あのぉ……久慈さん。舞子と龍馬の学校の名前なんですが」
『ええっと、タエちゃんと同じ学校の〇〇高校ですよ。ズズズー』
(同じ学校だったのかぁ。タエちゃんが姉なんだったとしたら二人の学年は下だよな?)
「すみません久慈さん、あの子達って何年生で組はどこなんでしょうか?」
そんな記憶も無いと言うのも怪しいものだが、実際に記憶喪失というものがどういうものか知らない長閑には、わからないことを記憶喪失の振りをして質問するほかなかった。
『はい、舞子様は一年一組で、龍馬様は一年五組です』
「あ、ありがとうござい……」
(ん? どっちも一年生?)
「あのぉ久慈さん? 二人って同じ学年なんですか?」
『そうだよ。お二人は双子なので同じ学年です。ちなみにタエちゃんは二年三組ですよ』
久慈から得た情報の中で、あと足りないのは学校の場所だったが、久慈と会話をしている長閑の側を通り過ぎる一人の女子高生の制服が同じなのを確認し、
「あ! 久慈さんありがとうございます! では学校に向かいます」
そう言って慌てて電話を切り、同じ制服の女子高生のあとをつけて長閑は学校へと向かった。
数百メートル進んだところにバス停があり、女子高生はバスを待つ列に並んだ。
長閑も並ぼうと近づくと、列の前の方に龍馬の姿が見えた。
(これでこのルートが確かなのがわかったな。あとは……)
バスの車内アナウンスが高校の名を告げ、わらわらと学生や出勤途中の男性女性がバスを降り始めた。
長閑はバスを降りた龍馬をその目に捉え、足早に近づいた。
「龍馬、おはよう!」
元気良く龍馬の肩を叩き、長閑は龍馬の横を並走し始める。
すると、
「た、た、タエ姉! きょ、今日は遅刻しししないんだね?」
(いつも遅刻してるのか? タエちゃんは)
「いつもは凛の、びょ、びょ病院に寄ってからが、が、が学校に行ってたのに」
(そういうことか……久慈さんに病院の場所を)
また久慈にと考えたが、龍馬に聞けば良いなと、
「龍馬、凛の病院の場所を知ってるよね? 私、まだ記憶が不完全なのでわからないから放課後一緒に付き合ってよ」
長閑からのそんな誘いを受けた龍馬の顔が明らかに曇った。
「ええぇ……ぼ、僕はいそ、忙しいから……」
「てか、はいこれ」
長閑は龍馬の言葉を無視して鞄から弁当を取り出し、それを手渡した。
「ここここれって? ぼぼ僕の……なぜタエ姉が? 今日は煮物が入ってるるるんだ……よ」
「だから?」
長閑は両拳を腰にあてて、片眉を吊り上げ気味で言った。
「だだだだだだから今日は売店か、こここコンビニで……と思って」
龍馬がそんな風に言ってくるのを予想していた長閑は、次に言う言葉を考えていた。
「ふーん、私の財布からお金とったでしょ?」
龍馬は目を見開いて驚いている。
「そそそそそれは、前借りりりりを」
「お金抜いたことマリ姉さんにバラす」
長閑は龍馬に顔をスレスレまで近づけて、悪どい顔を作りそう言った。
「そそそそそんなぁぁぁ……ひひどい」
(やっぱりな。マリ姉さんが親代わりなら、こういうことは許されないはずだ)
龍馬はしょんぼりと肩を落としていた。
「きょ今日は、どどどドラゴンブラッドを探しに行く約束してたのに、なぁ……」
龍馬がボソボソと発した呟きを、長閑は耳をひくつかせて聞いていた。
「へードラゴンブラッド取りに行けるそんなレベルなんだ? 龍馬のキャラクターって」
龍馬の動きが停止した。そして首だけを上に向けて信じられないという表情で自身の姉を見上げている。
「え? タエ姉……知ってるの?」
長閑は得意気な顔を作ろうと両手を腰に当てた時だった、
ドン! 長閑は肩口に強い衝撃を感じた。
「あ、ごっめーん。それから邪魔ぁ」
衝撃の原因は同じ制服を着る女子だった。その女子はそのまま不敵な笑みを残し、緩いパーマのかかったロングヘアを振りながら長閑を置いてそのまま行ってしまった。
そしてそれに続くように数人の女子が長閑の腕スレスレに通過して行く。
(なんだなんだ?! 一体どういう行動なんだぁ? 謝りもしないで。最近の女子高生ときたら教育がなってないな!)
長閑が心の中で憤り、ふっと我にかえって話の続きをと思ったが、龍馬の姿が無い。
「あれれ? 龍馬はいずこへ?」
辺りを見回す長閑の耳に、先行く女子達の罵声とも言える言葉が聞こえてきた。
「おい! お姉様と一緒に登校なんて面白い奴だな」
「まだオムツがとれてないんでちゅね」
「あははは!」
女子達の嘲笑めいた笑い声が辺りに響くと、龍馬はそれを合図に走り出した。
「あ、逃げた逃げた」
「待て待てぇ」
「ぎゃははは!」
女子達と龍馬はずっと先の方に見える学校の方へと消えていった。
「龍馬って、虐められてるのか? んまぁオタク男子はそういう馬鹿な奴らの的になりやすいしな。実際、俺も中学高校と入学早々に目をつけられたもんだ……まっ、毎回返り討ちにしてやってたがな。そう考えれば父さんさまさまだなぁ」
長閑は目を細めて遠くを見ている。しばらく歩くと数年前に卒業と共に通わなくなった〝高校〟が見えてきた。
正門前に佇むと、何かしらの感情が込み上げてくるのを感じた。
(はぁぁ……懐かしいこの雰囲気!)
よし! と気合いを入れた長閑は門を潜って学校へと入っていった。
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