第20話 弁当
(弁当か……小学校以来かぁ……母さんの弁当、思い出すなぁ)
長閑はワガママばかり言って困らせていた母親を思い出していた。
普段は優しいが、一旦怒り出すと鎮火するまでが長く、いつも父親はそんな母親を辛抱強く宥めていた。
「あ、あのぉ片桐さん……」
「は、はい! なんでしょうか? タエお嬢様」
長閑は一瞬、生唾を飲み、
「わ、私、明日から朝ごはんを片桐さんと一緒に作ります」
タエの突然の告白に、片桐は瞼をパチパチとさせて驚いていた。
「え、あ、えっとそれは……そんなことお嬢様にさせられません。それにそれは家政婦であるわたくしの仕事なので……」
「もちろん片桐さんのお仕事を奪うつもりで言ってるのではありません。純粋にお手伝いさせて下さい……あ! 花嫁修行と言うか……なんて言うか……駄目……ですか?」
それを聞いた片桐の表情が一瞬ほころんだ。だが次の瞬間、何かを見て慌て出した片桐は、長閑に渡した弁当を奪い取り、なぜか中身を確認し始めた。
「……か、片桐さん?」
長閑は首を傾げながら片桐に近づいて行った。
「えっと、このおかずは……こうでああで……」
片桐は何やらブツブツと言いながら弁当のおかずを数えていた。
「あのぉ……片桐さん?」
長閑が片桐の肩に手を置くと、片桐はその場で飛び上がり素っ頓狂な声を出した。
「は、はい! お嬢様さま……えっと嫌いなおかずは入ってません!」
そしてすぐに落ち着いたトーンで、
「あ、いや、すみません舞子お嬢様の弁当と間違えていました。舞子お嬢様は嫌いなおかずの時は弁当を持って行かれないので……」
(うーむ……それにしてもちょっと怯え過ぎじゃないのか? そんなにあたり厳しいのかな……)
「今日はタエお嬢様が学校に行くとは思っておらず……それに最近、舞子様がタエ様のお弁当の風呂敷を気に入られて交換していたのもあって……」
(そっか……舞子の弁当を俺に渡しちゃったのか。にしてもあんなに慌てて中身まで確認しなくても……)
「でも、どうして中身を?」
長閑は中身を確認する訳を問うた。
「わたくしが悪いのですよ。栄養も考えてと舞子様、龍馬様のおかずに好ましくない物を入れたことがあって……もちろん、タエお嬢様は何も言われずに弁当を持って行ってくださっていましたが……」
それを聞いた長閑は目を細めた。そんな長閑とは違い、うろたえるさまで何かを思い出したようにハッとした片桐は後ろを向いた。
(ふーん)
「そ、それはそうと花嫁修行なんて、偉いですタエお嬢様。でも……しかし……タエお嬢様にお食事を作らせて、ご兄弟の関係にもしものことがあったらと思うと……あ、タエお嬢様のお料理の腕をどうのと言ってるのではなく……す、すみません、少しパニックになってしまいました……」
(ふーん)
と、更に鼻を鳴らし片眉を吊り上げたまま階段を登る長閑を、片桐は上唇を噛んだまま俯き加減で見ていた。
タエの部屋に着いた長閑が最初に探した物は〝タエの学生服〟そして〝鞄〟だった。
身支度を整え、程なくして二階から姿を現したタエを見て片桐が胸を撫で下ろす様が見てとれた。
そんな片桐に一瞬笑顔を向けた長閑は片桐の横を通り越し、長テーブルに置かれている舞子の弁当を手に取った。
そして辺りを見回し台所に置き去りにされている〝おそらく龍馬の弁当〟アニメのキャラが所狭しと描かれている弁当袋を見つけ手に取った。
「あ! お嬢様? その弁当、どうなさるのですか?」
不安気に質問する片桐の横を走り去りながら、
「うん? 舞子と龍馬に渡してくるよ。こんなにうまそうな……美味しそうな弁当なのに!」
長閑は笑顔でそう答えた。
「あ、あのぉ! た、タエお嬢様! 舞子様も龍馬様も今日の弁当は嫌だと……」
と、慌てふためき叫ぶような片桐の声を扉の向こうから感じつつ、長閑は靴を履き玄関を後にした。
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