第6話 少女
「あれは……学生か?」
徐々に近付いてきていた人影は、車の側にくればハッキリと分かるが、それほど近付かずともそれが学生と分かったのは女子学生だったからだ。
つまり紺色のスカートが長閑の目に入ったからだった。
そして更に近付いて来た女子学生は車のすぐ側を横切り、廃鉄塔の周囲を囲む金網の錠前の掛かった入り口に手を掛けた。
車を横切る際に長閑は車の陰に隠れてその学生を観察していた。
焦げ茶色の長い髪の毛を首の後ろで二つに割って、それぞれを三つ編みにして肩から胸に垂らしている。
前髪は長く、大きくも小さくもない鼻にかかるほどで、真一文字に結ばれた薄い唇の上でバラバラな方向を指して伸びている。
そして化粧っ気の無い小さな顔に掛けられた丸メガネのレンズの反射によって、その目は伺い知ることはできない。
つまり、これと言って美人とも感じない、所謂パッとしない女子学生だった。
「なんでこんなところに? それに……」
長閑は胸騒ぎがし始めていた。なぜならこの廃鉄塔の高さはゆうに数十メートルはあり〝そういう人達〟が自身の生涯を終わらせるには簡単な高さなのだ。
侵入の簡単さや登りやすさ、それにこんなところに一人で来ていることを考えると、長閑の胸騒ぎが現実にならんとも限らない。のため、長閑は慌てて車の陰から姿を見せ、学生に駆け寄った。
「ねぇねぇお嬢さん、そこは立ち入り禁止だよ。それにその鉄塔はもう使われていないといえ今日は雷も鳴ってたから、もしも落雷でもあれば命に関わるよ」
今朝、雷は確かに鳴っていたが、そんなことで今の若い子が「はいそうですか」と言って引き下がるわけはないのはわかっていた。それに、回りくどく説得しようとした理由が自分なりにある。
直接的に自殺はダメだとか言って、目の前の少女を倫理的に納得させる話術も無ければ、そういう短絡的な思考の下で言葉を吐いて、若者の心を傷付けてしまったのちに……を考えたのだ。
「…………」
少女は金網を両手で鷲掴みにしながら俯いて長閑の言葉を聞いていた。が突然、何かを思い出したかのように金網を登り始めた。
ガッシャガッシャと音を立てて、少女は金網を登って行く。恥じらいも何も無い。
壁を這うトカゲのように体をくねらせてあっという間に金網を登りきり、金網の天辺から飛び降りたと思えば、そのまま駆け足で鉄塔の足下に歩み寄った。
「おいって! ちょっと待てって! そこ入ったら危ないって……」
長閑の忠告を完全に無視して少女は錆びた鉄塔を登って行く。これはヤバイと思った長閑は、自身も金網を登り少女の後を追い始めた。
少女はそろそろ鉄塔の中心を上へ伸びるように走る長いハシゴに手を掛け始めた。それを追う長閑はやっと鉄塔の足下に辿り着いたところで、
「なぁ、おいって! 降りてこいって!」
尚も長閑の言葉を無視して登り続ける少女。苛立ち始め、何か競争めいた状況で少女を追ってハシゴを登り始める。
「来ないで、ほっといて!」
下を振り返らず、ここで初めて少女が口を開く。が、少女の上昇は止まらない。
「だから! 危ないんだって。何か悩んでるのなら聞くから降りてこい!」
「誰なの?! ほっといてよ。どうせ私がどうなろうと他人のあなたに関係ないでしょ!」
確かに最もな意見だ。とは言え、この状況を見過ごすわけにはいかない。長閑は息を切らしつつも少女の後を追う。
そして上を見上げた長閑の目に、少女の学生服である紺色のスカートが目に入る。スカートと言うよりも、スカートの中を見てしまい、目を伏せてたその時だった。
青白い閃光が地上数十メートルの上空で瞬いた。
雷が鉄塔を直撃、長閑はその衝撃に片手を離してしまうも、なんとかもう一方の手でハシゴを握り落下を阻止した。が、鉄塔を先行く少女は、その衝撃を受けて、細い腕では不十分な握り手を離さざるを得なかった。
もちろん、長閑には落下する少女を受け止めるほどの腕力も奇跡的な反射神経もなく、このまま少女が地面に激突する状況にあると想像するに至った。
そして次の瞬間、鉄塔の先端に雷雲からの更なる落雷のアクセスがあった。
その先端から流れくる電撃を避けることは叶わず、長閑の眼前に青白い閃光が迫り、そのまま一瞬で全身を這い回って行った。
「がぁぁぁぁ!」
長閑は呻きながらも落下する少女を見る。その時、無意識で助けようとしたのか、咄嗟に片手が落下する少女へと伸びる。なんとか少女の袖を掴んだ長閑だったが、追い討ちをかけるように二発目の落雷からの電流は、二人を貫通して地面に大穴を穿った。
「きゃーーー!」
「うううう!」
二人は痛烈な呻き声をあげながら、鉄塔のハシゴと並行的に落下して電撃があけた大穴の上に落ちた。
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