第5話 本編 第一章 ネカマが転じて女子となす


 朝からだるいし眠い。雪の残る道路を走る一台の軽自動車。運転している一人の青年の名前は〝河辺長閑かわべのどか〟。


「十一時十分か……」


 車内時計を一瞥してハンドルをぐるりと回転させ、車を急旋回させる。


「まだ時間早いけど、サッと入ってサッと食べれば問題ないだろう」


 長閑は悪辣な笑みを浮かべ、ハンドルを両手でしっかりと握りながら車の外へと視線を泳がせた。


「昨日はハンバーガーだったし、今日はやっぱアッツアツのうどんかなぁ。でも店がな……」


 長閑の目当てである〝うどん屋〟は、寒空の下に数メートルの行列を作る店ばかりで、彼の目論むサッと入ってサッと食べるが出来る店が近くには無い。


「あーあ、結局また今日もこれかよ」


 仕方なく長閑は二日連続〝ハンバーガーお持ち帰り定食〟を食べることとなった。


「とりあえず、大通りだと同僚に見つかるとヤバイし、ちょっと足を伸ばしていつもの〝あそこ〟で食おうかな」


 長閑は大通りから外れる道を選び、山に向けて車を走らせた。

 しばらく緩やかな坂道を走り、塗装された道が無くなった終点にその場所は存在する。


 長閑が〝あそこ〟と呼ぶ場所、そこには雲を突き刺さんばかりに高く伸びた鉄塔がある。


 昔、この辺りの住人に様々な行事やお知らせをするためのスピーカーを天辺に備え付け、数十年前に建てられた塔だという。

 今はひっそりと奥まった山道でその役目を終え、人知れず錆びつきながら街を見下ろしている。


 周りは草が生い茂り、鉄塔の足下を確認するには更なる藪漕ぎが必要だが、その手前である脇道に車を停車して、買ってきたハンバーガーを頬張り、密かに休憩するにはもってこいの場所だった。


「ふぅ……なんか、飯を食ったら眠くなってきたな……早く帰ってゲームがしてぇ」


 長閑はそう言って座席を倒した。しばらくまどろんでいた長閑の携帯電話が目覚まし時計の如く鳴り響く。


『おい! 今どこに居るんだ。早く帰って来い!』


 携帯電話の留守番メッセージに残されていたのは会社の上司だった。


 と言ってもその上司は親戚なので、後でなんとかなるとばかりに長閑は「ふーん」っと鼻を鳴らして携帯電話を助手席に放り投げた。


 エンジンを切り、休憩時間サボりをもう一眠りしようと荷台の毛布を取るため一度、車から降りた。

 ブルっと一つだけ震えて辺りを見回した。高台にある場所だけに、街を一望できる。


 時は立春、春寒を肌に感じる。それもそのはず、街の家の屋根には所々雪が残り、吹き付ける風も頬を刺すようにまだ冷たいままだ。


「さむさむさむぅ」


 頬を刺し、首に巻き付く冷気に促されるように荷台の毛布を探し出した長閑だったが、ふと窓越しに何かの気配を感じた。


 吐く息も吸う息もストップして、その気配に耳をそばだてる。


 ザッザッザッザっと、規則正しく枯れ草を踏み鳴らす音を微かに捉えた。

 眉を寄せ辺りを見回すも何も居ない。小首を傾げて荷台に向き直ったところ、車のリアガラスから見える山道に写る人影が飛び込んできた。


「ん? こんなところに誰だろう……」


 長閑の休憩所である廃鉄塔地は、そもそも立ち入り禁止だ。それが故にひとけがない。


 だからこそここを休憩場所サボり場所として選んでいたのだが、もしも役所の関係者などであれば面倒くさいことになり得るため、長閑は動揺しながらも近づくその人影を息を潜めて再確認するのだった。

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