第2話
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これは、入学式の日の出来事。
新入生の初登校は、あいにくの雨だった。
出会いの季節を象徴する桜は、傘に遮られて見えなくなっている。雨に濡れて地面に落ちた花びらが、泥のついた靴に踏まれて茶色くなっている。
教室にたどり着いた晴佐久千雨は、新たな自分の席に座り、まわりの様子を伺う。
教室内はまだ人が疎らで、外ではしとしとと雨が降っている。
きっとこの雨も自分の“体質”のせいだろう。高校ではなるべく目立たないように、そして皆の迷惑にならないように自制しよう、と千雨は考えていた。
やがて自分と同じ制服を着た生徒が集まってきて、席が埋まっていく。
千雨の隣の席に、男子生徒が座った。その男子生徒は、少しキョロキョロと周りを見ると、千雨に話しかけてきた。
「はじめまして!僕、猫冢黄麦。となり、よろしくね〜。君、名前なんて言うの?」
「あ…晴佐久千雨、です…」
いきなり話しかけられたことに動揺し、少し返答に詰まってしまった。
「ちさめちゃん、か〜。どういう漢字で書くの?」
「えと…数字の千に、天気の…雨…です」
「お〜、いい名前だね。今日の天気にぴったり!」
果たしてそれは褒め言葉なのだろうか、と千雨は思う。そして、いきなり名前呼び。高校生とはこんなにコミュニケーション強者なのかと、この先の高校生活を危うんだ。
彼はこの先も自分と関わろうとしてくるだろうか。
もしそうだとしたら、気合を入れて拒絶しなければならない。迷惑になる前に、傷つく前に。
そうこうしているうちに、中年の男性教師が入ってきて初めてのホームルームが始まった。
入学式は何事もなく終わり、本日は解散となった。
校舎の3階にある千雨の教室からは、雨にもかかわらず昇降口の前で上級生たちが部活の勧誘のために待ち構えているのが伺えた。
この叶浜東高校では、一年生は部活動に入ることを強制されている。一旦やってみて合わなければ退部すればいい、というしくみだ。
あの人混みをどうやって回避しようかと窓の外を眺めながら画策していると、後ろから声がかかる。
「あ〜、あれ回避するの大変そうだねぇ」
「え…は、はい、そうですね…」
意外だな、と千雨は思う。彼はコミュ強だから、あれも余裕で突破できるのかと思っていた。
「僕、人と話すのそんな得意じゃないんだよね〜。エネルギー使うっていうか」
「は、はぁ…」
そういう割には千雨には自分から話しかけている。行動指針がブレブレではなかろうか。
「ちさめちゃんは、何やるか決まってる?」
「いえ、特には…」
中学までは強制されておらず帰宅部だったので、適当に幽霊になれそうな部活に入っておきたいと思っている。
「じゃあさ、いっしょに見てまわろーよ。ぶかつ」
「…ごめんなさい、今日はちょっと予定が…」
本当は予定などないが、断り文句としては常套手段だろう。
「あー、そうなんだ。じゃあ僕も帰ろっかな。今週いっぱいは見学できるっぽいし」
「…」
一人で見てまわればいいのに、と千雨は思う。なぜ自分と一緒にまわりたいのか、わからない。
「あの…私のことなんか気にせず、行ってきたらいいじゃないですか…」
「え〜、やだよ。つまんないじゃん、一人なんて」
一人より大人数の方が楽しい。典型的な陽の者の考え方だ、と千雨は思った。
「…私じゃなくても、いいじゃないですか」
「うーん、なんとなく、ちさめちゃんとが良いなって。せっかくとなり同士なんだし、ダメかな?」
普通は、こういう風に友達になっていくのだろう。
しかし、千雨は受け入れられない。傷つくのが怖いから。
「…私、人と話すの、苦手なので…あまり話しかけないで下さい」
「…あ〜、そっか。おっけー、そうするね〜…」
「…失礼します」
千雨は鞄を肩にかけて教室を出る。
彼女が早足で去っていくのを、黄麦は笑みを浮かべつつも真剣な眼差しで見送っていた。
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『――晴佐久さんって、雨女だよね』
『あ〜それ私も思ったわ』
『そうそう、このまえの球技大会も晴佐久さんの試合だけ小雨降ってたよね』
『うわー絶妙に嫌なやつ(笑)』
『私、小学校一緒だったけど、運動会とかいっつも雨降ってたよ』
『え、それってもしかして晴佐久さんのちから?』
『怖っ、オカルトじゃん』
『雨女さん、今度の修学旅行は遠慮しといてよ〜』
『ちょ、それは流石に酷すぎ〜(笑)』
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