雨と猫

yháma (ヤマ)

第1話



―◯――――――――――

――――――◯―

――◯―



黄麦こむぎくん、ちょっといいかな」


「ん?どしたの、さめちゃん」


「その、来月の気象ポスターのことなんだけど…」


 地学教材室の片隅に座ってぼーっと外を眺める男子生徒に、眼鏡の女子生徒が気遣わしげに話しかける。


 猫冢黄麦こつかこむぎ晴佐久千雨はれさくちさめは天文気象部に所属している。


 彼らの主な活動は月ごとの『気象ポスター』の掲示。気象ポスターとは、その月や季節にまつわる気象現象についてひとつテーマをとりあげ、解説するものだ。


「来月さめちゃんだったっけ。テーマ何にした?」


「それが、まだ決まってなくて…」


「ありゃ、けっこうぎりっちょんだね」


 10月まであと一週間ちょっとというところ。まだテーマが決まっていないのは、かなりギリギリの状態と言えるだろう。


「じゃあ、いっしょに考えたげよう。ほうしゅうはサバ缶でいいよ〜」


「あ、ありがと…わかった」


 猫冢黄麦の態度や口調はゆるく、どことなく柔らかい印象を受ける。

 黄麦は常に自由奔放に過ごしていて、本人いわく、『やりたいことは気ままにやる。やらなきゃいけないことは気が向いたらやる』という極めてゆるいモットーにしたがって行動しているらしい。


「ん〜、10月ねぇ…。秋…?あき…」


 黄麦はなにかぶつぶつと呟きながらテーマを考え始めた。千雨も考える素振りをしつつ、うんうんうなっている黄麦を横目で見る。


 千雨から見た黄麦の印象は、“つかみどころのない人”だ。空気が読めないのか、あえて空気を読まない言動をしているのかがわからないことがままある。


 今も千雨が頼む前に手伝うと言ってくれて、それはありがたいと思っていたのだが。

 『報酬はサバ缶で』というのはただ黄麦が食べたいだけなのか、それとも千雨が余計な気を遣わなくていいように言ったのか。イマイチつかめないところだ。


 千雨がそんなことを考えていると、黄麦が思い付いたように言う。


「秋雨前線、とかどう?意外とよくわかんなくない?」


「え、でも…もう3回目くらいじゃないかな、雨のテーマ…」


 梅雨の時期と台風の時期で、雨をテーマにしたポスターが既に二つほどあった。


「え〜、いいじゃん。雨ってなんか良くない?僕は好きだよ」


「…」


 ――これだから黄麦は、と千雨は心の中で呟く。


 まず、若干会話が成立していない。テーマが被ってるのが問題なのであって、好きかどうかの話はしていなかったはずだ。


 そして、その言葉が千雨にとってどれだけ大きな意味を持っているか。それを理解して言っているのか、天然なのか、つかめない。


「さめちゃん?」


「あぁ…えーっと、じゃあ、テーマはそれにしよう…かな…」


「お〜、どんどんいこ〜」


 全く気にした様子のない黄麦に内心溜息を吐きつつ、結局は流される方が楽だ、と諦める千雨であった。




―◯――――――――――

――――――◯―

――◯―




――私は天気に嫌われている。


 小学校の頃、運動会で私の出番になった途端、空模様が一変しゴロゴロと雷が鳴り出した。

 もちろん運動会はそこで中止。私の出番がやってくることはなかった。


 中学校の頃、修学旅行で宿泊場所のホテルに着いた瞬間に豪雨が降り始め、その後ずっとホテルで過ごすことになった。

 まわる予定だった観光地やテーマパークに行くことができず、同級生からは不満の声が上がっていた。



 ここぞ、という大事な時には必ずと言っていいほど雨が降り、私の邪魔をする。

 やがて周りから「雨女」と呼ばれるようになるのは必然だった。実際にそうなのだから仕方がないけれど。


 私の行く先々で雨が降ることを知られると、遊びに誘われることはなくなっていった。

 それに私自身も、私なんかに近づかない方がいい、といって親しい友人を作ることを拒んだ。


 天気は、まるで私をいじめているかのようで。

 私の性格は卑屈なものへと捻じ曲がっていった。卑屈な自分を作るようになっていった。



 何度も何度も、「天気」を殺そうと呪った。しかし概念でしかないそれに呪いは届かず、怒りのやり場もなく泣き寝入りするしかなかった。


 中学を卒業する頃には、私はもう自分の身に起こる不幸に諦めを感じていた。


 


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