14

 俺の両親は彼女がコントロールできなかった光の力で消えた。闇の母が絶えられなかったことを皮切りに、その加護を受けていた父も闇に消えた。

 でも、その引き金を引いたのは自分だ。

 前もって神妙な面持ちの母に言われていたのに。

「ハルモニを迎えに行くのよ。でも、ハルモニはお母さんの加護がもうないの。だから、イルミナ、あなたはお母さんが良いって言うまで近づいたら駄目よ」

 そう釘は刺されていた。

 でも、嬉しくてつい近づいて彼女を消そうとしてしまった自分。

 なぜ忘れていたのだろうか。そう不思議に思うくらい、簡単に、鮮明に夢に見た。

 はるか遠くで鼻腔をくすぐる、母に似た甘く優しい香りは、今の俺には絶対に近づいては来ないだろう。

 母と同じ、闇の純属性である彼女は。


 僕は近くでする、大好きな母の匂いにつられて目を開けた。

 一度目を開けたものの、眩い光に瞼をおろさずにはいられなかった。でもそれは、肩を揺する母に遮られた。

 目の前で、漆黒の影に白点が貫通し、ビリビリと破り剥がれる母。とめようと胸元を掴んだけど、それは薄氷を突き破った。こぼれた物をつかもうにも屑は光に溶け、己の手も感覚あれど、かすみ始めた。

 視界がはっきりすると、そこは母や父と訪れていた墓地。確か、闇のために出て来たアンデッドの力を借りて、世界を安定させる、そう光の父は言っていた。

 そこで、漆黒の髪と瞳の女の子に駆け寄った。でもその子が消えそうで、そう、かすみ始めた。その子は無事だろうか?

 立ち上がり足でぬかるんだ地面を踏みつける。足元を確かめた僕の目の前には、さっきまではいなかった、黄金の髪と瞳の女の子がいた。

「君は?」

「……イルミナ、だと、思う」

 その言葉に、鏡で毎日見ていた黄金のイルミナ像は彼女になった。彼女に名乗ろうと名前を探した僕の口は、水溜まりに映る漆黒髪と漆黒瞳を見て勝手に動いた。それは、生まれてこの方、憧れては口にした、会いたかった人の名前、そして母の名でもある。でも、きっと、僕は、お前に会いたかったわけじゃない。そう、水溜まりに映る相手を見て違和感が芽生えた。

「僕は、ハルモニ」

 口にすれば、違和感は薄れる。なんでおかしいと思ったんだろう。それが僕の名前なのに。

「……女の子みたいだから、ハルがいい」

 その言葉を聞いた彼女は、薄汚れた服を握りしめ、雨に負けない大粒の涙を流してこう言った。

「君のお母さんとお父さんを消したのは私なの、ごめんなさい!!!!」

 その言葉に、なんて返せばいいのか分からなかった。

 騒ぎでやって来た兵士に保護はされたが、彼女はその外見から教会に引き渡され僕は孤児院を経てダンジェロ家へと渡った。その家が国境整備の一環でバーミセリからマカロへと移管されたため、それ以降バーミセリにあった両親の消えた墓地に行くのは年に二回、墓参りのときだけになった。

 ダンジェロ家で部屋に引きこもり夜になると動き出す。そんな僕を一番気にかけてくれたのは、黒瞳のリアマ義姉さんだ。毎日部屋をノックしては、元気か、ご飯は食べたのか、寝てるのかとズカズカ入り込んで来た。そして僕は魔法機構に見つかり、評価者へ。

 これで、今の俺ができた。

 今更思い出した、「君のお母さんとお父さんを消したのは私なの、ごめんなさい!!!!」という彼女の懺悔の言葉。

 そんな重大な事実に俺が蓋をした理由はただ一つ。

 両親がいなくなったことがショックだったんじゃない。両親を消したのは自分の行動が原因だったと、そう認めるのが怖かった。だから、厳重に記憶に蓋をした。

 大好きだった母の香りに紐づけて、あの時の記憶の全てを。

 だがそれは、同じく闇の純属性の彼女によって思い起こされた。

 自分が逃げていた間、彼女はずっと罪悪感を抱えたまま生きていたんだろう。

 一体、何をしていたんだろう、俺は。


「ああ、『僕は』助かったんだ。でも、母さんも父さんも、彼女すら助けられなかった」





「……眩し、い!?」

 朝、眩しい、という感覚で目が覚めるのは記憶の限りでは、ない。いや、もしかしたら、両親と一緒だったころはあったかもしれないが、とにかく、ここ最近はあり得なかった。いつも分厚いカーテンで光は拒んでいたはずだ。

 瞼を透けて入ってくる光に体を慌てて起こすと、光を歓迎するかのような体の心地よさ。どこもつらくない。部屋はいつもの狭い自分の家じゃない。でも、見知った場所だ。

「ダンジェロ家……。なんでここに!?」

 慌ててベッドから飛び降りた。着地した足もしっかりしており、寝起きだとはとても思えない体の軽さで、ドアに駆け寄りそのまま開けると足はそこで止まった。

「あ、えと、おはよう」

「リアマ義姉さん……!」

「イ、イルミナ、で、いいのかしら……?」

 部屋の鏡に映るのは、日の光を反射して輝く自分の髪。まるで教室で彼女を見ているような錯覚に陥るが、顔立ちも何もかも自分自身。慌ててドアを閉め、着替えて外にリアマがいるにもかかわらず勢いよくドアを開け放った。

「ハ……、イルミナ!?」

「義姉さん、あいつはどこだ」

「えと、ハルじゃなくて……、貴方の一人暮らしの家に――って、イルミナ!?」

 剛健な門構えのダンジェロ家を飛び出して、光の下でも軽快な体で街を一気に駆け抜ける。ダンジェロ家は昨日の騒ぎがあった丘の上の墓地に近いはずなのに、走り抜けた街並みに異変はなかった。一般人に被害がないのなら何よりだ。彼女が運ばれたのは自分の部屋。確かにこの世で最も闇が安らげるのはあの部屋だろう。それは今までの自分が一番よくわかる。そしてもう一つよくわかる、この人の世で闇は生きにくい。

「俺が忘れてたのも悪いけど……。あいつ、肝心なところ俺に何も言わないで勝手にしやがって!」

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