12


 ドクン、とイルミナの心臓を誰かが揺らした。それは、ルスも同様に感じたはずだ。光属性特有の魔環の値。そこに、何かが混じって複雑に心臓の拍動が変化する。その違和感にイルミナは吐き気を覚え狼狽しかけたが、ルスがじっと下を向いて耐えているのを目にし、落ち着きを取り戻した。丘の上の墓地に向かうため、ルスはイルミナとテララと一緒に馬車の中だ。

 今は夜、雷雨の中無理に体を動かすルスを他の評価者は止めた。

 だが、右肩黒の魔導師なんて放っておけばいいものを、それができないと体に鞭打つルスを見て、流石の五人も勝手にしろとは言うことはできない。ルスは最年長の評価者で、ハル以外の評価者の事は生まれた時から知っている。五人にとってはもう一人の父親と言っても過言でない存在なだけに、ルスの行動は彼らの意思決定にいつも多大な影響を及ぼす。それを分かって、ルスは普段から口出しをせず他の五人を見守るが、今回ばかりはそうはいっていられない。一足先に向かった大人組四人の評価者とシエンシアスを思い浮かべ、ルスは首を振った。

「それで、ハルはどこに行った?」

「メッゼ様に護衛をお願いしています。墓地に来てくれると思うのですが……」

 胸元を押さえたイルミナを見てルスもそれに倣う。

「ルス……。どうして? うまくいかないって、ルス、分かってるはず。ハルは、何かが違うの。みんなそれは分かっているのよ」

「何が違うのか、テララは分かるのか?」

 テララは小さく首を振った。

「いっぱい調べても分からない。ハルのおうちの本、見たらわかるかと思ったけど、ハル、駄目っていうのよ」

「いつもみたいに、閲覧権行使したらよかったんじゃないのかい?」

 笑っているルスに、同じ評価者同士でその権利が通用するのか不思議なイルミナだったが、テララは真面目に答えた。

「でも、無理に見て、ハルに、嫌われるの、嫌!」

 可愛らしく涙ぐむテララに思わず笑ったイルミナだったが、コホン、と咳払いをした。

「テララ様、ハルモニ様の『何かが違う』、が治ったら、皆さま結界の件は考え直してくださいますかね?」

「……ルスと、ハルが嫌じゃなかったら、よ? 一番大事な闇が嫌だったら、うまくいかないもの」

「そうですか……。それを聞いて安心しました」

 ドクン、とひときわ大きくイルミナとルスの心臓が収縮した。

 そして、二人の心臓がリズムを刻むのを止めた。

 ほんの二秒、止まった心臓が今度は激しく鼓動し始めた。正確には、小刻みすぎてうまく血液を押し流せていない。滞留する心臓の内容物がこのまま固まってしまうんじゃないかという恐怖を二人が味わうと、それを確認したかのように、次第にしっかりとした拍動を取り戻した。

 だが、外はそうはいかなかった。二人の心臓の拍動が魔環と同調した時、すでに融合した魔法が暴走し始めた。闇を求めて周囲の空気を巻き込み始めた魔環の上には巨大な空気のとぐろが巻き、移動しない竜巻が出来上がってしまった。闇を飲み込もうとするその竜巻と呼応するのは、絶対にあってはならないもの。

 この世界のどこからでも、嫌でもその姿が確認できるその柱。正確には、三角錐が二つ対になって重なっている、そんな何もない漆黒の空間。その周囲を取り囲む結界に亀裂が入った。ひびが入って初めて分かる、「ああ、ほんとにそこで私たちを守ってくれていたんだと」。それが、シエンシアスの結界だ。

 たどり着いた丘の上の墓地、その下にある一丁前に設けられたアーケード。その手前、青ざめる面々の間。膝をついているのは予想を裏切らない人物だ。馬車の到着を見た評価者の誰かが、「あ」と口にしたが、そんな小さな呟きに振り向くものなどいない。馬車から駆け降りたイルミナはそのまま叫んだ。

「殿下!!」

 イルミナのその叫びが何よりの号令だ。あっという間に彼女のために道はでき、駆け寄ったイルミナがしゃがみこむと、ほんの少しだけシエンシアスが顔をあげた。

「悪いね、後、頼んだよ」

「お任せください、殿下」

 イルミナの返事の直後、虚無の柱を包んでいた防壁が一瞬真っ白に染まった。よく目を凝らせば、きっとそれがガラスに細かいヒビが入ったような亀裂であると分かるはずだが、そんな事実に目を向けられた人間はいないだろう。シエンシアスが意識を失い、白いガラスが消え去り虚無の柱があらわになると、すぐさま水しぶきが海面から巻き上げられその中に時折茶色い今も混じり始めた。上空からは微青の空間が流入し始め、呼応するように竜巻も口を広げ始めた。

「付近一帯の住民の避難を急いで! あと……、リアマ・ダンジェロはどこ!?」

 叫ぶイルミナを呆然と見ていたのは、他の評価者と一緒にいたハルだ。いくらやっても己の魔環が開けず鎮静魔法油が使用できなかった。一人後ろから見ていたハルだったが、そんな彼の肩を、トントン、と誰かが叩いた。

「……ん?」

 力なく肩越しに振り返れば、おなじみのアンデッド。すでに雨は止み、雷だけが響く天候の中、一体の白骨のアンデッドがお出ましになったのだ。

「ああ、またお前――」

「アアアア、アンデッド!?」

 先ほどまでは至極落ち着いていたメッゼが叫んで隣のレフレの影に隠れた。

 ガサガサ、と音がして、幾人かの目線が丘の上へと移った。すると、待ってましたとばかりに丘を駆け下りてくるアンデッド達。雨で滑りやすくなっている草の上を転がったり、布地をソリ代わりに滑り降りてくる者もいる。何故だか非常に楽しそうな彼らにメッゼが首を振って縮こまった。

 そんなアンデッド達に目を奪われた一同は、丘とは反対方向から水しぶきをあげて駆け寄る音が聞こえて、振り返った。

「シエンシアス殿下!?」

 いつの間にやら復活していたクリーマによって連れてこられたリアマだ。駆け寄ろうと二、三歩踏み出すも、シエンシアスの隣にいたイルミナを見て、再び立ち止まった。だが、リアマを呼んだのはイルミナだ。イルミナに手招きされたリアマは、駆け寄らず、一歩ずつ着実に地面を踏みしめた。

「すみませんが、少しの間殿下をお願いします」

「イ、イルミナ様?」

「早くする!」

「は、はい!?」

 膝をついたリアマにシエンシアスを押し付け、リアマがシエンシアスを抱きしめたのを見ると、少し笑ったイルミナは七人の評価者を見据えた。

「さて、皆様のお力をお借りします。虚無の柱の周囲の結界の再構築には全属性の過不足ない均一な力が必要なんです」

「イルミナ様、悪いけどそれは無理よ」

「承知しています。ハルモニ様が不安定だと、そう言いたいのでしょう? ルスさんのお力も弱まりつつある、私がお力添えできないかと、そういうお話もしていましたものね」

「なら貴女様も分かるだろう。実現できないものを無理にはできない」

「……でき、ない、のよ……」

「結界の構築は、シエンシアスの誕生石と体を介してだろう」

「彼の負担になるのに無理にやるつもりかい、婚約者様」

「ぷっ……」

 思わず笑ったイルミナに、フラムとリクオルが眉をひそめた。

「ああ、ごめんなさい。気が乗らなさそうなことをおっしゃっていながら、きちんと結界の再構築のやり方はご存じなのだと思いまして。口ではどう言おうと、お優しいことに変わりありませんね、どこで調べました?」

「そういうわけじゃねぇし!」

「フラム、顔赤いよ」

「おっしゃる通りです。殿下の誕生石が虚無の柱を囲むように陸地に配置されています。今からその場に向かう余裕などありませんので、殿下の体を介して誕生石に力を流し込んでいただきます。……ハルモニ様が正真正銘の純属性の闇であると分かればお願いできますか」

「おい、イルミナ……」

「ハルは黙ってて頂戴、っていうか、いつまでしょげてるのよ。仕方ないでしょ、あの状態の魔法になら魔環はすぐに吸い取られるわよ。いつまでもうなだれてないでこっち来て頂戴。あと、ここ、解除して」

 そう言ってイルミナは己の襟足を指さし、その流れで自分の髪の毛を解いてしまった。バサリ、と黄金髪が背中の中ほどで弾んでいる。それが風で煽られ、なびくと、その中に一筋混じる漆黒の髪に誰しもが釘付けになった。

「イルミナ様、それ、どういうことですか!?」

 最初に反応できたのは、後ろ姿を見ていたリアマだ。シエンシアスの隣にいた聖女と名高い婚約者の髪に漆黒髪が混じるのも信じられないが、この世界で二色の髪色を持つ人間がいることに驚きを禁じ得ない。そんな人間存在しないはずだ。しかも、一人で持ちえるのは、五色を一つと光か闇のどちらかであり、光と闇が共存することなどあり得ない。シエンシアスのような例外もいるが、彼だって闇は持っていない。

 そうなると、次はおのずとハルに視線が集まる。評価者だけでない、レフレとメッゼの視線も集め、逃げ場を失ったハルは、己の襟足を握りしめ、少しして手を落とした。

「ハル、その髪、一体何時から……!?」

「レフレに会う前だ。気づいたときからこうだった」

 漆黒髪に混じる襟足の黄金髪。違和感の正体はこれだったかと、驚きつつも納得したのは評価者の五人だ。ルスは、驚いてはいないもののハルとイルミナを見比べている。そして、同じ行動をしたのが、多勢になった彼らだ。

 一気にハルの周りに群がった、大小とりどり、骨肉様々なアンデッド達は、ハルを見てはイルミナのもとまで走り、あっちとこっちを見比べている。その場でキョロキョロ首を動かす者もいれば、間を行ったり来たり往復に忙しい者もおり、中には髪の毛で遊んでケタケタ笑っている者もいる。

「あー、もう、分かったから、やめなさい!!」

「イルミナ、こいつらの言ってること分かるのか?」

「なんとなくね、どっちがどっちか、って言ってるのよ。だからほら、サッサとするわよ。で、思い出した? 昔のこと」

「昔って、髪が入れ替わった時の事か?」

「もちろんよ」

 昔のことを夢に見ることはある。ただ、境界線不明な何かの夢だ。思い出せることなど何もない。首を振るハルを前にして、イルミナが「仕方ないわねぇ」と、己の属性証明カードを出した。黄金の誕生石が埋め込まれたカード。勿論名前はミドルネームこそ隠されているが『イルミナ・ブロード』だ。つられて出したハルのカードには『ハルモニ・フォルノ』、言わずもがな、フェオ家のミドルネームは隠されている。

「さて、忘れているなら復唱して頂戴。この世は闇が主権なのよ、ハルが言わないと始まらないの、いいわね?」

「あ、ああ」

 息を最後まで吐ききったイルミナが、ゆっくりと新鮮な空気を吸い込んだ。そして、自分がか、それともハルが間違えないようにか、確実に一つ一つの単語を紡ぎだす。

「いくばくかの――」

 綺麗に形を変えるイルミナの口元を見て、ハルの口も同じように言葉をなぞる。絶対に間違えてはいけないと、誰に言われなくてもハルが一番分かっている。

「『いくばくかの螺旋の後に混じり合う、我ら対極ながら可変な存在なり。主権たる闇の主がそれを是かと問うたなら、光はどう応ずるか』」

 ハルがそこまで口にした。イルミナが真一文字に口を結び人差し指を口に当てたことで、復唱すべき言葉は終わったようだ。一度目を閉じ真顔になったイルミナがまっすぐハルを見た。

「『応じます、我も是と』」


 この時を待っていたといわんばかりに、その瞬間に入れ替わるお互いの髪の毛。

 そして瞳の色。


 ちぐはぐのない漆黒の髪と瞳の彼女はカードにはめ込まれた漆黒の誕生石を見て言いました。

「我が闇の名は『ハルモニ・フェオ・フォルノ』。さあ、光の名は?」

 ちぐはぐのない黄金の髪と瞳の彼はカードにはめ込まれた黄金に輝く誕生石を見て呟きました。

「光の名は……『イルミナ・ユー・ブロード』?」

「さ、貴方が倒れる前に始めましょう。イルミナがルスさんのところに行って頂戴」

「ま、待てイルミナ!! って、ちょ、お前らどけ!!」

 彼は彼女をとめようと名を呼びますが、それを許さないのはアンデッドです。彼女の名前はハルモニだといわんばかりに彼を押しつぶそうとしてきます。

「……なにしてるのよ。今日はもうあなた達は大丈夫なんだから、そのまま自分のところに戻って頂戴。また何かあったらお願いね」

 彼女の声で大人しく、丘の上に戻って行ったアンデッド。そのうち何人かは面白そうだと墓から顔を出したまま事の行方を見守っています。

「もう、勝手にすれば……」

 シエンシアスのもとで彼女を見たリアマは、思わず呟きます。

「イルミナ様……!?」

 それとともに、丘の上から白骨が投げられました。「あいた」と、リアマが振りむくと、手を振って抗議しているアンデッド。そのアンデッドに向かって飛んで来た白骨をリリースした彼女は「いい加減にしなさい!」と怒ります。

「はあ、もう……。リアマ様、私の名前はハルモニです。違和感しかないでしょうけど、慣れてください。で、評価者の皆さんはいかがですか?」

 彼女の問いかけに指さし確認し始めたのは五人の評価者です。

「えっと、つまり、本当は貴女が闇で」

「お前が光だと」

「名前は、属性に、ついて来る、から……」

「シエンシアスの婚約者の名前は、本当は『ハルモニ』で」

「レフレと友人の評価者の名前は、本当は『イルミナ』だということかい?」

「違和感ゼロだな」

 最後を締めくくったのは、光の彼が傍にいることで楽になったルスであり、その言葉に頷く五人の評価者です。でも、そんなルスを抱えている彼はとても、はいそうですか、と言える状態じゃありません。

「……お前、シエンシアスの婚約者で、聖女でいるために俺に漆黒髪を返したかったんじゃないのか!?」

「ちがうわよ。私は闇に戻りたかったの。元々、今ある虚無の柱の結界は、純属性の闇である私の父とシエンシアス殿下が張り巡らしたもの。長く持たなさそうだったから、どうにかして張り直したかったのよ。強制はできないけど……。お願いします」

 七人に頭を下げた彼女の髪は、やはりどこをどう探しても光が見当たらない。すべてを飲み込んでしまいそうな髪を見て評価者が返す言葉はただ一つしかありません。

「「闇がそういうならば」」

 少し間があき、彼は答えました。

「あとで、きちんと説明してもらうからな……!!」

 魔環の上で竜巻がとぐろを回転させるごとに、周囲を巻き込む虚無の柱の吸引力は、彼らの上空の雷雲までもを引きずり始めてしまいました。

「K値 0」

 ルスの掛け声で展開された魔環。評価者七人と彼の前で黄金の光を呈するも、所々がいびつ。でも、その理由は明白。次第に重くなるルスを支えていた彼は、対面でその様子を見る彼女の少し不安そうな目に、おそるおそる口を開きます。「K値 0」と。同じ明るさで展開された魔環は、最初のルスのものと見分けはつかず、彼ら二人の明るさは寸分違わず一致したのです。

「「『K値 0 波打つ我ら、集まれば光となる』」」

 五人の魔環が同時に彼の魔環の上に開くと、一瞬赤い色が見えました。一瞬全員の視線を集めたフラムですが、それは、リクオルがフラムの足を踏んだのちにすぐに消え、あっという間にルスと彼が作った光の魔環と同化しました。

「『K値 100』」

 光の魔環と対をなすように頭上に漆黒の闇の魔環を開いた彼女は、近くでとぐろを巻く竜巻に、闇の魔環が引き摺り込まれないことを確かめます。下にある黄金の魔環が、「闇を離さない」とでもいうように、しっかりと固定してくれています。彼女はその魔環の間を歩いて彼のもとへ行くと胸元からペンを抜き去りました。

「ちょっと借りるわね」

「おい……」

「『力の華はその闇の中にあり、律動は平となり、はじめて世界へと開竅する』」

 ノックする側のキャップを外し、鎮静魔法油を光の魔環に垂らすと、光の魔環を覆った闇は魔環を飲み込み滑らかな曲線を描きビー球のような小さい球体に落ち着きました。でも、その球体が微妙に表面を律動させています。手のひらにそれを乗せた彼女の顔が曇りフラムを見ると「主張しすぎです」と一言口にしました。再び他の評価者の視線を集めたフラムをしり目に、彼女が「『いびつな色彩に吸い込まれた光は我が預かろう』」、と呟くと、頭上の漆黒の魔環に赤い色がほんの少し吸い込まれてビー玉は固まったように見えました。それを見届けたかのように頭上の闇の魔環も彼女の手元で漆黒の石になり、彼女はその石を己の属性証明カードの誕生石に重ねて埋め込みました。

 いまだ目を覚まさないシエンシアスの横にしゃがみ込むと、彼女は不安そうな目を向けたリアマに微笑みます。

「さて、今作ったこれを殿下に食べさせたら終わりです。巨峰みたいでしょ?」

「え、でも、シエンシアス殿下に闇の属性なんて、ありませんよ? そんなものを口に入れたら……」

「大丈夫です、闇は安定させているだけで、外皮を剥けば終わりです」

 そう言って彼女は、果物を一粒つまんで皮から押し出すかのように少し指に力を入れると、ビー玉から飛び出た銀色の中身だけをシエンシアスの口に押し込みました。シエンシアスが顔はしかめつつ口を動かしたのを見ると、どうやら拒否はないようです。それを見た彼女は、己の属性証明カードをシエンシアスの隣の地面に突き刺し、「よし!」と口にすると勢いよく立ち上がりました。


「さて! 再構築するまでにそっちを消します! 『K値 100』!」

 竜巻の上空に別の魔環を開けた彼女は、展開した傍から薄くなる己の魔環に向かって舌打ちした。魔環が闇を欲する魔法に吸い取られるのは本当の闇であっても変わらぬようだ。意識を魔環に集中させ維持しようとするも、自分の体から魔力を持って行かれる感覚激しく、彼女は次第に視界がぼやけ、顔を歪ませた。手早く、残っていた鎮静魔法油を薬莢に流し込み愛用の銃に装填し、頭上に向けて構え、引き金を引いた。

「『静まらぬなら砕けるだけ! そして、いびつな色彩に吸い込まれ、欲される闇は我が補おう!』」

 漆黒の魔環が砕けるとともに、地面に描かれていた魔環とその上に成り立っていた竜巻も砕け、細かい破片となって降り注ぐと地面へと吸い込まれていった。

 頭上を引きずられる雷雲も止まり、シエンシアスの隣に刺さった彼女の属性証明カードの誕生石が一瞬光ると、肥大化してしまった虚無の柱の周囲に円柱状の白亜の光が覆った。巻き上がる水面も吸い込まれる空も何もかもが嘘のようにあっという間に静まり返った世界は、何もなかったかのように夜の様相を呈した。

 何もない夜。月も出ない。ドサ、という音で彼女が振り返ると倒れる二人組。純属性の二人には夜は耐えられないはずだ。

「早く二人を運んで!!」

 過去をもう一度繰り返すのは嫌だ。駆け寄りたかったが、純属性の闇が近づく方が彼らには致命的。他の評価者に抱えられた二人を見つつ、丘の上から数名が顔を覗かせているのが目に入った。

「だから、あんた達は出てこなくていいってば! 私、で十分……」

「イ……、ハルモニ様!?」

 リアマが叫んで駆け寄る姿を視界の端に捕らえ、彼女はその場に倒れ込む。

「……シエンシアスを放ってくるなんて、何考えてんのよ」

 自分の名を間違えずに呼び抱えたリアマに文句を言い、彼女は意識を手放した。

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