11

 ハルは一度家に帰り、隠匿してあった本の続きに目を通す。漏れることなくこの世界の魔法について書かれているその書籍は、いかに今までの『影』とやらが魔法に対して真摯に向き合っていたかを思い知らされる。

 本当の『闇』であるハルには感覚でできる魔環の展開と、鎮静魔法油の作成や使用も事細かにいくつものパターンに応じて書かれている。それらは、闇の代理として影を背負わされた彼らに要求されたものは、一から作り込まねばならない、本当の自分を偽る必要があるものだったのだろう。

 世界のどこからでも見える虚無の柱。シエンシアスが己の力でその周囲の結界は固めている。だがイルミナも他の評価者も何も言わない。彼らは知っているのか気づいていないのか。

「シエンシアスがあの結界を張っているなら、あの結界に使われている闇は、一体どこから来ている?」

 彼が持ちえない闇の属性はどこから補充されている?

 大地から、というわけではないだろう。それでは元の木阿弥だ。

 青い空に異質だった一点の暗雲。それは、いつの間にか多勢となり、夕闇が包むころには稲光を伴った雷鳴をとどろかせ始めた。

 街は静か、だが、これを好機とばかりに外に出る人間、いや、魔導師は多かったことだろう。

 ハルがイルミナに指定された丘の上の墓地へと足を進める中、頭上から突如人影が降ってきた。ランク申請の魔導師か、それともリアマを利用しハルも狙った魔導師か。後者であることを想定したハルが、胸元に手をかけたが、無事着地した人影はピクリとも動かなかった。

「……メッゼ?」

「レフレと仲のいいハルモニ殿」

「いい加減その呼び方やめろ。何度言わせるんだよ」

「レフレが一体何をし始めたか知ってるの?」

 ハルの言うことなど聞こうとしないメッゼが、珍しく距離感を保ったまま話しかけてきた。相変わらず露出が多い服装だが、心なしか、胸元の元気がないように見える。背が丸まっているからだろうか。

「……さあ」

「あれだけ仲が良くて知らないの? ハルモニ殿」

「俺はアイツの保護者じゃない」

「右肩黒の研究に興味を示したって本当?」

「……誰から聞いた」

「本人から」

「じゃあ、本当だろう、なんで俺に聞、く!?」

 急に懐かしい柔らかさが押し付けられ、引き剥がそうとするも、相変わらずメッゼの服はどの辺を触ったらいいのか戸惑うものだ。近くで見れば、肌はいつもと変わりなく元気な弾力を保っていた。項垂れていたんじゃないのか、とメッゼの顔を覗き込めば、本人に、グイッと体を引き離された。その顔は今までの難しい顔が嘘のように晴れやかだ。

「そう!! それはいいことね!」

「ライバルが禁忌に手を染めるのがか?」

「まさか!! あのマニュアル人間の天才レフレにしてはいい傾向だと思っただけよ! さて、ハルモニ殿参りましょうか」

「どこに?」

「アンデッドあるところ、このメッゼあり、です!」

「お前、アンデッド苦手なのになんで行こうとするんだ?」

「苦手なものを克服するのに悪いことなどありませんよ、ハルモニ殿。それに、今回はきちんとイルミナ様から仰せつかっておりますから。面白かったですよー、苦虫を噛み潰した顔で唸ってらっしゃいましたから、あの聖女様。まあ、そのほうが人間らしくて私は好感持てますけどね」

「何をイルミナから言われたんだ」

 距離感からかそれともメッゼの行動かそれ以外か、メッゼに何かしらの敵対意識を抱いているイルミナが自ら頼むとは意外過ぎる。

 そう、和気あいあいと雷鳴轟く往来で話し込む二人は目立つ。楽しそうな雰囲気は崩さず、メッゼは「うーん」と少々首を傾げた。

「『K値 3』」

 メッゼがぽつりとそう呟くと、手のひらサイズの金色の魔環が手の上で展開され、彼女は胸元の切れ込みからカードを一枚取り出した。

「お前、どこにしまってんだよ」

「いや、魔導師にとって精油は生命線なんですよ? 触られたら一発でわかるところに入れておくのが安心ですから。大丈夫、体温で揮発しないようにこのカードは加工済みです」

 カラフルなビンゴカードのようなものが、メッゼの魔法精油の精油容器キャリアケース。その中央部を押すと出てくる精油を魔環に垂らすと後ろを振り向いた。

 その瞬間ハルの鼻腔をいくつかの香りが横切った。だがおかしい。魔法が発動するときに発生するのが魔香だ。メッゼの魔法の発動はまだのはず。

「『K値 3』『映し返してこそ我ここにあらんと知らしめる』!」

 自らの足元に道幅ギリギリの魔環を開いたメッゼが、カードの他のマス目を押しその魔環に垂らした瞬間、空気が、ぐにゃり、と波打ち元に戻った。

 そのほんの一呼吸後、ハルとメッゼの頭上に、炎が燃え盛った。地鳴りがし、地面の石畳がめくれ上がると、石の大蛇がとぐろを巻くかのようにハルたちを締め付けようと鋭利な突起物と化した地面が巻き付いた。

「ん、な……」

 メッゼが展開した防御壁の内側から見たハルは、突き破ろうとギチギチ空気の壁を締め付ける生物と化した石畳に、思わず己の足元を見た。そこはほんの少し波打っていた。

「大丈夫ですよ、足元を責められる前にこっちから行きます! 一つの魔法精油に一個の魔法しかないと思ったら痛い目見るんですから! 『千々に逆相』!」

 メッゼの魔環と防壁が一気にはじけ飛ぶと、周囲の魔法を光の粒子がかき消した。一瞬にサッと消え去り何もなかったかのような空間へと戻る。が、それこそ瞬く間、魔法を打ち消された魔導師たちが、物陰から魔法環を展開しつつ現れた。

「……いやあぁぁ! 魔導師!?」

 今まで調子のよかったメッゼが、アンデッドに遭遇したかの如くハルの後ろに隠れた。

「はぁ!? お前、苦手なのアンデッドだけじゃないのかよ! って、魔導師に怯えるってあり得ないだろ!!」

「『K値 3』『攪乱』!!」

「おま、それ……!!」

 今までで一番素早く、それこそ、先に魔環を展開した魔導師たちよりも早く魔法を発動させたメッゼは、周りの魔導師だけでなく、ハルも巻き込んで己の周囲一帯を光の海に埋没させた。いつだったか、ハルを助けようとイルミナが撃ち込んだ魔弾が作り出した光の乱反射、それとは威力が桁違いの空間に、一度は跪き耐えようとしたハルだが、思考の波が緩やかになりついには意識を手放した。そんなハルを足元に見やったメッゼは、「だって」と口を開いた。誰に言うでもなく。

「だってしょうがないじゃないですか。アンデッドに無暗に力を加えても壊してしまうだけ。もうすでに一度亡くなっているのに、二度目に殺す必要なんてないでしょう。それに、人は……」

 メッゼの作り出した光の海を、いずれかの魔導師がかき消した。だが、それを待っていたのはメッゼの方だ。目の前に現れた魔導師連中、その先頭の一人に向かってメッゼは命令のごとく言った。展開した魔環に自分の爪を突き立てて。

「『K値 3』『焦点の連続よ線となれ』」

 メッゼが腕を横にスライドさせればいとも簡単に焼き切られる先頭の魔導師の両足。ハルが起きていたならその肉が焼ける臭いに胃の中の物でもぶちまけただろうが、幸い彼はメッゼの足元で幸せそうに気を失っている。

 ほんの数秒前までは接合していた己の膝、その黒く焼け焦げ出血はそれほどでもない断面を見た魔導師が、叫び、横転すると、主を失った下肢は器用に直立したままだった。「あ、あ……」と一文字しか口から出ず、慌てて自分の足の切断面に手を伸ばし丸まった魔導師はやっと事態に痛みと思考が追い付いたのか「貴様!!」と単語を口にした。だが、己を見下ろすメッゼの顔により、続く言葉を遮られてしまった。エメラルドグリーンに輝いているメッゼの瞳が、一瞬その輝きを失った。

「人は手加減間違えたら死んじゃうじゃないですか。そうして、アンデッドになったらまた殺しちゃうかも……、そんなの悲しいと思いません? ああ、このことはレフレ・ヴェルミには言わないでくださいね、もし言ったら、その時は、息の根を止めてあげますから」

 仲間に起こった予想外の事態に次の行動をこまねいていた魔導師達。彼らは攻撃の手を休めるべきではなかった。もしも、彼らの内誰かが、最初に開いたにもかかわらず、いまだ魔法が使われないメッゼの手の上の魔環、その魔環の意味を理解できたなら、仲間の苦痛で手を止める、そんな愚行をするわけはない。だが、どうやら、ここの魔導師連中は随分とレベルが低いようだ。メッゼは己よりも年上であろう魔導師たちを見て深くため息をついた。

「本当、あなた達のような低レベルな魔導師が、ブリッサ王女の伴侶になんてなれるわけがない。魔法の融合だってできるわけもない。せめて、レフレくらいじゃないと……。って、いつまで気を失ってるんです、ハルモニ殿! いい加減起きて私への誤解を改めてください!! 『K値 3 魔環多展開』!」

 ハルモニの頭を軽く蹴飛ばしつつ、魔導師に向けたメッゼの言葉を合図に、魔導師一人一人に金の魔環が灯る。やっと現状を理解した魔導師達は、我先にと踵を返し始めた。

「逃がしません!」

 人の動作でも外れることなく追従するメッゼの魔環、それを引きはがそうとする魔導師と、再びメッゼに狙いを定める魔導師に分かれるも、その両者たちが辿る結末は同じだった。

「『走れ、触れることすら能わぬもの』! そして、『取り上げ纏わせろ』!」

 一言目で手元の魔環がはじけ飛び、それと共に魔導師から剥がれなかった魔環が一面金色に染まる。魔環をメッゼの周囲に展開した魔導師もいたが、彼らがそこに魔法の母体ともいえる魔法精油を撃ち込む前に、メッゼの魔法はその場にいた魔導師全員を縛り上げた。魔環の発動と魔法の号令に必要な口は塞がれ、体を拘束され倒れ込む魔導師をカウントしたメッゼ。ものの一分とかからないその早業に、メッゼに足蹴にされて目をこすっていたハルは、一気に現実に意識を帰還させた。今までメッゼがどうしようもないアホだという場面しか見ていなかったハルはメッゼの力量に言葉を失った。

 遠隔の魔法の発動には、遠隔の魔環の展開と共に、そこに魔法の母体の魔法精油を落とさなければならない。大抵の魔導師はその為に、銃を所持しているが、イルミナのように、一発ずつ打ち込むのが通例で、一撃で数十という数をこなす魔導師など聞いたことはない。

「なんだ、いまの? しかも、魔香の匂いがしない?」

「あれは最初の魔法で弾丸を仕込むんですよ。銃じゃ多勢相手に不利ですから。ついでに、密かに忍ばせる機会の多い捕縛魔法に魔香は厳禁ですから調整に苦慮するんですよ。少しは見直してくれましたかね、レフレのせいで私を誤解しているハルモニ殿」

「……ちょっとは」

「あら、じゃあ、もう少し頑張らないといけないですね。さて、丘の上の墓地までお連れしますよ、ハルモニ殿。ああ、そのまえに、お義姉様を助けながら行きますよ!」

 そう、輝く瞳で微笑み、軽やかに走り出してしまったメッゼを慌てて追いかけるハル。ここでメッゼが魔導師たちを相手にしていたため気づくのが遅れたが、丘に続く道の先で、魔環が展開されては消えているのが目に入った。魔法の融合などというものではなさそうだが、時折地響きが体を揺らす。

 火薬を使用したような爆発臭が他の魔法の使用した形跡である魔香をきれいさっぱりと消し隠していた。近づくにつれて一人二人と負傷した魔導師が倒れ込んでいるが、ハルにはそれが敵か味方かの区別はつかない。だが、爆心地に近づくにつれて負傷の程度もひどくなり、地べたに倒れ込んでいる魔法管理機構の職員を見た時には思わず駆け寄ろうとしてメッゼに肩を掴まれた。

「クリーマさん!?」

 その見知った顔を踏みつけたのは、以前、アンデッドに放り投げられた挙句イルミナに守られた結果捕縛されたネグロ・プロフィビックだ。水から炎をという属性を超えた研究の主は、右肩黒の連中を従えて、ハルたちの前に姿を現した。場所は丘の上の墓地のアーケードが見える場所。なだらかな丘の上は道が整備されており、辿れば整った墓石が肉眼で見える距離にあった。

 ポツポツと雨が落ち始める。それでもネグロの周囲では何人もの管理機構の人間を地べたにひれ伏させたであろう炎が薄暗い足元を照らすように点々と灯っていた。それは先日公園で見たオレンジではない、青みを帯びた炎だった。

「ちょうどよかったよ、『影』の評価者。昼間の続きをしようと思って、ね!」

 急に後ろを向いて魔環を展開させたネグロの防御魔法に、光るガラスの破片が突き刺さった。

「それ以上ハルに近づくのはやめてもらおうか、ネグロ」

「しつこいね、君はダンジェロにでも付いていればいいだろう」

 軽くネグロの頭上を飛び越えて、メッゼとハルの間にレフレは着地した。

「どうしてリアマ嬢から離れてくるのよ」

「……仕方ないだろ、リアマ先輩が『レフレが行かなきゃ私が行く!』と言って、聞かないんだから。ハル、リアマ先輩は無事だ、リガ―テ会長たちが一緒だ、安心しろ」

「でも……」

 ちら、とハルの視線はクリーマに移された。実力は折り紙付きのはずのクリーマがあの状態。とても楽観視はできない。

「……あの人は、一枚も二枚も上手だ。今は気にしない方がいい。弁当食べ忘れたっていう可能性も視野に入れるべき、だ!!」

 レフレがハルを抱え、メッゼに続いて即座にその場から横に飛びのいた。

 直後足元に大きな魔環が展開された、それも光の属性のだ。前回のように地面に属性証明カードが刺さっているわけではない。ネグロの後方に控えている魔導師の数は六人。黒髪の人間がいない。影の属性を用意していないということは、最初からハルを利用する算段で間違いないだろう。

「ハル、悪いけどこのまま逃げるよ!?」

 濡れた足元、火元などどこにもない、魔環からも外れている。なのに、ネグロからレフレの足元まで一気に炎が燃え盛った。ガソリンが地面に撒かれた様に、一瞬にして生き物のように燃え広がった炎はレフレとハルを一瞬で包み込んでしまった。しかも、オレンジではなくもっと高温の青白い炎。最初にネグロが見せていた、『水から炎を』という魔法ではあるが、威力は高い。捕らえられていた間、自由などなかったはずなのに数日のうちに練度をあげてきたことに、メッゼは顔をしかめた。

「……看守にグルでもいたのかしら。こうして自由にしてるしねぇ」

「さあ、それは何とも」

 横で火だるまになりつつあるレフレ。そんなレフレを見もせずにメッゼが足元の魔環を踏みつけた。先ほどは光属性だけだったはずが、一色また一色と色は増え、一度濃くなった色は色が増えるごとに薄くなっていっている。

「これで一体何しようとしてるいのかしら。全属性を融合してシエンシアス殿下を助けよう、だなんて心優しいわけはないわよね」

 ネグロの手がほんの少し動く。その手には不気味な赤と紫の二色に塗られた魔環が張り付いている。あり得ない色の組み合わせに顔をしかめ、不快感を示したメッゼだったが、彼女が動く前に隣の火だるまが消え、青白色い炎は、着火した時とは逆を辿り水で押し流された。ネグロの手元までおしかけた水はそのままネグロの魔環を砕き、辺りの炎も鎮火させてしまった。

「反応遅いわよ、レフレ」

「仕方ないだろ、二つの属性だなんて、解析するのに時間がかかるんだよ」

 当然、と言わんばかりの二人に対し、レフレの後ろに立っていたハルは、凄いものを見た、と若干興奮気味だ。

「俺、魔法を分解するのなんて初めて見たぞ!」

 理論としては確立しているが、あまりの難解さに実践レベルでできる魔導師はいない。そう言われている、魔法の分解。ハルの鎮静魔法油が、魔法を安定化させる、もしくは取り込めないものを消滅させるのに対して、使っている魔法の原料レベルに分けてしまうのが魔法の分解。ネグロの魔環を展開していた手袋はカラフルな色に着色されており、構成されていた魔法原料が暴かれた。

「無傷……」

 ギリ、と口元をかみしめたネグロに対するレフレの視線は冷ややかだ。胸元から手帳を取り出しパラパラめくり始めた。

「融合だろうと何だろうと炎は炎だ。発生している経路が複雑だろうとその程度のもの、ありふれた防御魔法でどうにでもなるさ。大方、主属性の水だけの力ではもう上には行けないと踏んだんだろう。だから禁忌研究に手を染めた。でもよく考えるといいよ、そんな微々たる水の力しかないヤツがどれだけ他の属性を使おうと、たいした魔法は使えない! 『YMC値 8072』 『鋼鉄になりて逆まけ』!」

 ネグロの足元に展開されたレフレの紫の副属性の魔環、そこに手帳から引き抜いた薄い紙が突き刺さると、一気に氷の柱がネグロを包み込み、氷柱のオブジェと化した。

「副属性の俺の水にすら負ける主属性が、よく魔導師になれたな」

「ふ、副属性の魔法!?」

 副属性は主属性に複雑さを与えるのが役割だ。それを使用した魔環はそう簡単に展開できるものではないし、出来たとしても、威力が強い魔法は使えない。そのはずが、いとも簡単に氷ちゅうを作り出したレフレに魔導師連中は慄いた。

「合法の中で試行錯誤した結果だよ。君たちも、俺の研鑽の前にひれ伏していいよ」

 二階建ての高さまでそびえ立つ氷の柱。その奥で立ち尽くす魔導師達は、首謀者を通り過ぎて己に向けられるレフレの視線を順に浴びた。驚愕の表情のまま動かなくなった首謀者を、後ろでただただ見つめた。どうやら彼らに逃げるという選択肢はないようだ。それは何故だ?

 逃げる気配がない魔導師連中。彼らを一瞥し、地面に展開されている重なった魔環をレフレは穴が開くほど見つめた。

「……全部合わさって意味を成すのかと思ったけど、どうやら、個々の魔環が独立してるね。これは、闇の力がないからかまとまらないのか、それとももともと独立しているものなのか、どっちだい?」

 微細な笑みをたたえたレフレの視線に射抜かれた魔導師たちは、顎を押さえつけられたワニのように、威勢は消えた。それは、彼らは逃げる意志さえも失った、そのように見えるほど情けない様相を呈すものだった。

 だが、一人の、魔導師が動いた。

 彼は、魔環の中のレフレ達三人ではなく、魔環そのものを見て後ろにさがるも、少し遠ざかると、魔環から出た己の属性の閃光に足をからめとられて魔環へと引きずり込まれた。尻もちをつき、ずりずりと引き込まれる様は見ている者の恐怖をあおり、他の魔導師も行動が輪唱した。逃げて引きずり込まれる。そして、仲良く言葉の代わりに歯をカチカチさせて恐怖に対面した彼ら。だが、その中の一人が胸元からカードを投げ捨てた。ハルの足元に滑り込んで来たそれは、己の属性証明カード。誕生石が入ったこの世で最も大事だといえるそのカードを投げ捨てた魔導師は、立ち上がるとそのまま逃げ去った。再び輪唱のようにそれにならい、逃げていく魔導師。だが、レフレとネグロが対している間に張り込まれた管理機構と魔導協会の魔導師によって逃げることは叶わなかった。

 魔法を見捨てて逃げ、あっけなく捕まった魔導師にはすでに興味が失せたレフレは足元の魔環を指でなぞり、その構造式を空に描いた。

「なによレフレ、その魔法に興味があるの?」

「メッゼには昨日言っただろ? ブロートから来たっていう少年が使った魔法によく似てる」

「……それって、ハルモニ殿の部屋から消えたっていう少年の話?」

「ああ、だが彼の展開した魔環はもっと小さくて明瞭だった。あいつらが作った魔環なんて比べるのも申し訳ないくらいに完璧だ。あいつらが一体どこでこの魔環を知ったのかが謎だが……。これはいい収穫だよ。後でネグロに洗いざらいはいてもらうとしよう」

「……いい顔して言うわね」

 人のいい笑顔半分、企んだ笑顔半分でご満悦なレフレを見て、メッゼは苦笑いをしてハルをみた。

「ハルモニ殿、この魔法抑えられます?」

「ああ、待ってろ。『K値 100』……、ん?」

「ハル?」

 鎮静魔法油を使用しての魔法の鎮圧。まずは魔環を開かなければならない。だがどういうことだろう、開いた傍から、ハルの魔環の魔力が魔導師たちの創った魔法に吸い取られてしまう。

「まさか……、闇の属性が少しも入っていないから? でも、前はできたはず……」

 たった今、ハルにより、ほんの少しだけ闇が入った魔法。

 不安定だった『時を超える魔法らしきもの』を、発動する魔環。それに安定する要素が流れ込み、「もっと欲しい」と、魔環がドクン、と拍動を始めた。

 水を出す、地中にあるマグマを使役する、そんな今目の前にあるものを動かす魔法の比ではない、『時空』という概念を動かし、超える魔法。そんなこの世界の常識を覆す魔法が発動しようと力を求め、周囲に与える影響。それは、今この世界で生きている人間にとって、まさしく未知の領域。

 はるか遠く、世界の中央で、何かが「狭い、ここから出せ」とでも言うように、『ミシリ……』と生を得たかのように音を奏で始めてしまった。

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