10

 魔環の衝撃で破壊された魔法管理機構の高層階。ハルは、その窓を隣の建物の部屋から眺めつつ、出口からリアマたちが出てこないかと探っていた。カーテンの影に隠れて覗き見るような姿だが、幸いこの部屋には、そんなハルの行動を奇異の眼では見ない人物ばかりが勢ぞろいしていた。イルミナの言葉を借りるなら、『色とりどりの鮮やかな頭と瞳がうごめいている』、そんな彼ら評価者が揃っていた。体調の優れないルスを除いてだが。ただそれでも、ハルの属性からいえば窓に近づくことは珍しく、特に久々に会った二人はその行動を見て首を傾げた。

「ハルってあんなに自分から窓に近づく子だったかしら?」

「一年前は違ったと思うんだが?」

 リガーテに自由人共と括られる評価者たちの中でも放浪癖のある問題児二人組。

 鉱物が大好きで評価者の権限で旅をし、試料を入手する緑髪の鉱物の評価者『タルム・フォディーナ』は、貴石を沢山所持する割には服装にこだわりがなく、汚れてもいいようにと、上下作業着姿。肩よりも短い髪といい、スレンダーな体といい、一見すると男性のようだ。一方、同じく放浪癖があり、自然を求めて行くあてもなく旅をする青髪の植物の評価者『ヘルバ・スティルペース』は、シエンシアスに会うということもあり、流石に身だしなみは整えていた。

 そんな二人の疑問を好機と見たのは、最年少、六歳の黄髪の大地の評価者『テララ・スペール』だ。家族の趣味らしく、イルミナのように編み込んでまとめられた髪の毛にふわりとした洋服を着てお人形のような愛らしさがある。

「……いい傾向。このままちょっと、柔軟になってくれたら、なお、よし」

 そう呟いたちびっこは、頬張っていた棒付き飴を手に握り、大人たちの視線を独り占めし、窓際のハルのもとへと、トテテテテ、と歩み寄る。くいくい、とハルの服の裾を引っ張り、「どうした?」とハルが向いたのを確認して、飴を握るのとは反対の手を差し出した。

「……所望します」

「駄目だ、テララ」

「もう一度言う。所望します、部屋の本が見たいのよ?」

「……首傾げても駄目だってば。部屋の鍵が欲しいんだろ? 駄目だって何度もいってるだろう?」

「ぶう……」

 再び飴を頬張り可愛くむくれたテララを担ぎ上げ、ソファまで来たハルがシエンシアスの隣に腰をかけた。シエンシアスもハルと同じく外を見ており、ソファが動く衝撃で我に返ると、「さて」と、色とりどりの頭を見回し本題を切り出した。

「もうすぐランク会議だが、その前に皆に相談が――」

「ルスさんのことでしょ?」

「だから俺たちだって急いで帰って来たんだ」

 シエンシアスの言葉を遮ったのは放浪癖二人組。彼らが、招集命令を出す前に帰って来たのは、先日のルスが倒れたというお達しがあったからだ。

「確かにルスの事も大事なんだが、別件だ」

「……シエンシアスがイルミナと喧嘩した? 浮気の相手は誰、よ?」

「テララ、最近何の本を読んでいるんだ? 変な知識を入れてくるんじゃないよ。それに、喧嘩してないし、浮気も、して、ない」

 今度は誰にも遮られずに言い切ったシエンシアスだが、その語尾はとても心もとないものだった。

「お前、なんでそこで言い淀む?」

「フラム、変なとこ突っ込むんじゃないよ。目が泳いでいても見逃してあげるんだ」

「お前たち二人は皆を集めた理由は分かってるだろうが! 遊ぶな!」

 珍しく叫んだシエンシアスを、面白そうに見ている大人連中と、真剣に理由を考えているテララ。そんなテララを膝の上に乗せたまま、笑いながら見ていたハルだったが、膝の上のテララに視線を向けられたことで「何だ?」と微笑に変えた。

「じゃあ、ハルとシエンシアスが、イルミナをめぐって、大喧嘩?」

「テララ、違うって……。ちょっと、大人しくシエンシアスの言うことを聞くんだ。それと、あとで何を読んでるか教えてくれ。心配になって来た」

「何言ってんのよ。浮気はまだ早いとして、女性をめぐって男性が対立するのは王道でしょ、あんた、過保護すぎるわよ。ねー、テララ」

「ねー」

 大地が鉱物を内包するからか、それとも唯一の女性同士だからか、タルムとテララは仲が良い。ハルの膝から飛び降りて、テララがタルムの隣にちょこんと座ると、「ゴホン」とシエンシアスが仕切り直しに咳ばらいをした。

「っていうか、シエンシアス、俺思ったんだけどよ」

「ああ、僕もだ」

 仕切り直そうとしても、再び主導権はシエンシアス以外にわたってしまった。

「………………何だい、フラム、リクオル」

「「自制できない輩のために、俺たちの力を使うつもりだろう?」」

 ハモったその声にシエンシアスはため息をついた。確かに、魔法の融合は禁忌扱い。その為に起こる事態に評価者の力を使うのは、彼らに取ってみれば、身に降りかかったいい迷惑だ。身の丈に合わないことをしでかした魔導師たちが、自分たちで尻拭いができずにこっちに回って来た。なんで俺らがやらなきゃいけないと、二人組は意見が揃っている。

「正確に言えば、そこには、俺の為も入っているんだが?」

「取り払ってやればいいだろ、あんな結界」

「痛い目見ないと、分からないんだよ。シエンシアスが守ってやる必要なんて欠片もない」

「ちょっと! あんた達だけで話してないで、一から説明しなさいよ!」

 ごもっともなタルムの意見で、やっと全員がシエンシアスの話を聞く気になった。まあ、最初に言葉の先を折ったのはそういうタルムだったのだが、もはやシエンシアスは突っ込む気にはならなかった。

「まずは、大前提として、だ。この世界の基盤は、七属性の中で『闇』が担っている」

「『闇?』」

 聞きなれないシエンシアスの言葉に反応したのはハルだ。騒ぎのせいで何一つ説明されていないのだ、普段耳にしない言葉に驚いても仕方がない。

「ああ、影が闇だと思ってくれればいいよ。呼び方が違うだけで、全く同じだ」

「え、じゃあ俺の属性は?」

「何を言ってんのよ、ハルは闇の純属性でしょ」

「知らなかったのか?」

「フェオ家、なの、よ?」

「お前なぁ、自分の事に疎いにもほどがあるぞ」

「よく知らないで今までこれたね」

「……はぁぁ!?」

 驚愕のまま固まったハルは置いておいて、シエンシアスは話をすすめた。

 右肩黒の連中が融合魔法の実践を重ねるたびに、不足する闇の要素を補おうと、魔法そのものが自然から闇を巻き上げる。それは虚無の柱の拡張につながり、かつてシエンシアスが張り巡らし維持をしている虚無の柱の結界に最近ほころびができることが多くなった。これ以上放置すればいずれシエンシアスの力ではどうにもならなくなる。方法としては禁忌に手を染める魔導師を捕縛することだが、組織立っている彼らを完全に制圧するのは時間がかかる。その間に再び禁忌実験を行えば、その規模によっては結界が破壊され虚無の柱が拡張する恐れがある。それに、魔導師の興味を完全に制圧するのは不可能だ。いずれ同じ輩が出てくるかもしれない。

「結界の補強に評価者の力をかりたいんだ、頼めないか?」

 己の力の不甲斐なさを嘆いているのか、説明するにしたがって爪が手の平に食い込むシエンシアス。そんな彼を見ていた五色の瞳が静かに騒めいた。誰もしゃべりはしないが、明確な意思を持ってシエンシアスを見た彼らの濁りのない目は、確固たる意志があるようだ。

「それでさっきのフラムとリクオルの話になるのね。当然よ、やめればいいわ、そんな結界」

「そうすればシエンシアスの負担にはならんのだろう? 問題は解決だな」

「……言って分からないなら、後悔させるだけ、よ」

「俺の意見はさっきの通りだぜ」

「僕も右に同じくだ。というか、僕たちだって、融合は禁忌だろう? 今まで試したことすらない、やれといわれてそう簡単にできるもんじゃないよ。大体、僕たち五色はまだしも、光と影、もとい闇のバランスが悪すぎる。他属性の僕たちですら分かるほど違和感だらけだ」

 急に六人の視線を集めたハルはやっと我に返ったものの、視線に耐えられずに後ろにのけぞった。魔法がかかって漆黒に染まっているはずの襟足を見透かされているような気がしてならない。神の声が聞こえ、闇の事も知っていた他の評価者は、もしかしたらハルがちぐはぐな評価者だと気付いているのではなかろうか。

「ハルはどう思うのよ。今回のブリッサ王女の一言で一番被害を被ったのはハルでしょう?」

「タルム……、それ、タルムたちがいなかったの、原因の一つ、よ」

「……まあ、それは、悪かったわよ。で? どうなのよ、あんたは」

「俺は、別に……。自分勝手な奴らばかりだったけど、そうじゃない魔導師もいることは知ってる」

 真摯に、年少者が使用できる医療魔法を、と研究していた魔導師を見た。表立って騒いでいる魔導師たちが氷山の一角であるのか、そうでないのか。それは今後の展開次第だ。今は、後者であることを願いたい。

「それに、一般市民に影響が出るだろ? それは駄目だ」

 それは間違っていないだろう。魔導師のいざこざで一般人に被害をもたらすのは避けねばならない。至極まともな、ある意味マニュアル通りの結論を出したハルだったが、喋り終わった己に向けられた奇異の目線に、再び体をのけぞらせた。

「な、なんだよ」

「お、お、おど……、驚いたの……。ハルが、魔導師、庇うのが、よ」

 最も見た目の感情の変化が微細だったテララが真っ先に口を開いたが、喋り始めにどもったあたり、相当ハルの発言が意外だったらしい。ハルとてそこまで鬼ではない、もっと言えば、ハッキリと言い切ってしまう他の評価者の方がハルにとっては意外だった。今まで接してきて、彼らがそこまで割り切るような人間だと思ったことはなかったのだ。

「まあ……、普通に考えればハルの意見がごもっともよね。でも、正直な話をしていいかしら?」

「……何だい?」

 シエンシアスはハル寄りだ。王子という立場も相まって、国民を守って当然だと考えているだろう。そんな彼は、タルムがその佇まいを直し他の四人を見たことで、息をのんだ。

「私たちは純粋に興味があるのよ」

「虚無の柱がこの世界を飲み込んだら、一体どうなると思う?」

「消えた大陸や、空は、どこへ行くの? 人もそう、よ」

「本当に滅んだのか。俺たちはその先が知りたい」

「それに、このままやっても失敗する。そう僕らの半身は言っているんだ。ルスを無理矢理引っ張ってきて、うまくいくと思うかい? まあ、イルミナ様がお力を貸してくれるなら話は別かもしれないけど」

「……なぜそこで彼女が出てくる」

「おかしいと思わないかい? 黄金髪に黄金瞳がありながらなぜ彼女は評価者の適性がない? 本当に神の声が聞こえていないのかい? 偽っているのではなくて?」

「それはない!」

 リクオルの言葉を否定したのは、シエンシアスではなくハルだ。イルミナの髪に混じる漆黒の髪。どこかで自分の髪と入れ違ってしまっているであろう髪が彼女を評価者たりえなくしているとするなら、彼女が神の声を聴けていないことは事実だろう。自分が聞こえていないのと同じように。

「……驚いたわ、ハルがイルミナ様を庇うだなんて!」

 思わず声を張り上げてしまったハルを、驚いたといいながら若干面白そうな目で見たのはタルムだ。心なしか、言葉がスキップしていた。

「やっぱり、シエンシアスとハルが、イルミナをめぐって大喧嘩……」

「テララ、それはないからね。ルスも彼女が次の評価者だとは言ってなかった。だからそれは間違いない。まあ、イルミナに協力を仰げないかどうかは聞いてみるさ」

「あら、殿下。協力でしたら惜しみませんよ。あまりにも盛り上がってらっしゃったので、勝手に失礼いたします」

 くすくす笑いながら入って来たイルミナは、スカートの裾をつまんで優雅に一礼した。

「殿下、ご報告いたします。リアマ・ダンジェロがリガーテ会長とクリーマ様の取引に応じました。すでに地下から出され、レフレ様と共にいらっしゃいます」

「レフレが? どうして……」

「レフレ様がリガーテ会長の信頼がお厚い方なのでしょう。リアマ様の行いは不問にされるそうですから、ご心配なく、ハルモニ様」

 そう言われたハルと同じタイミングでシエンシアスが息を漏らした。シエンシアスのそれは、ほんのわずかなものだったが、隣にいたハルが思わず横を振り向くと、ギョッとした表情のシエンシアスと出くわした。

「ま、まあ、イルミナがそう言ってくれるなら……。これからルスのところに行ってくる。皆はどうする?」






 シエンシアス達が賑やかに部屋を後にすると、一緒について行かなかったハルはソファになだれ込んだ。室内とはいえ光は入る。他の評価者の手前耐えてはいたが、光が体を蝕むのは変わらない、いや、先ほどのリアマの件があったせいか、回復したと思った体力はすぐに体から奪い取られて行くような感覚に襲われた。弱っている今のルスとハルならば逆に釣り合いがとれるのではなかろうか。だが、それでは他の五人とバランスはとれない。彼らの心配はそこだろう。

「まあ、光と闇のバランスっていうなら、ちぐはぐ同士、俺とイルミナの方がバランスは取れそうだけどな」

「それは口にしないで。誰かに聞かれたらどうするのよ」

 背もたれから顔をのぞかせたイルミナが少々頬を膨らませていた。

「……イルミナ、どうして俺たちの髪はこんなちぐはぐなんだ?」

「闇がそう願ったからよ。この世界の主権は闇なの。光はそれに追従するだけ」

「闇? フェオ家の俺がか? 一体なんでだ?」

「……元々、純属性の光と闇はお互いを守るために互いの体に己の属性を刻むのが普通なのよ。昔第一大陸から純属性の光が逃げ出したときにその後を追って闇が脱出したのも、闇が闇だけじゃ生きていけないからでしょ。それが、魔法の安定をかくことになり、結果として闇のバランスをとるために陸も空も何もかもすべてを内包して消え去った。だから、『ハルモニ』がいれば、第一大陸の消失がもとで禁忌とされる魔法の融合も可能だと、それがシエンシアス殿下の助けになる、そういう話よ。リアマ様が研究していたことも同じ事」

「義姉さんは、なんでそんなことを?」

「……さあ? そんなプライベートなことを他人に聞くんじゃないの。本人に聞いてみなさい。ま、リアマ様はお元気よ。レフレ様もついているし護衛も付くから安心なさいな。それよりハル、覚悟しておいて、今夜またアンデッドが出るわ」

「どうしてわかるんだ?」

「昼間の件、皆はハルがいたから凌げたと思っているけど、それは違う。ちぐはぐな闇からは思うように力は取れてないはず。それを補うために彼らは出て来てくれるわ」

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