初夏ではあるが、炎天下と言っていいくらいの快晴。青い空に一定のリズムで走る赤い環状の光に次第に他の色が馴染むことなく混じり始め、上空では異常なほどに雲をたなびかせる風が吹き荒れている。

「やっぱり、属性の融合か」

 呟いたはず、その言葉にハル以外の人の声が続いた。

「どうしてそんなことすんだ、お前の義姉さん」

「……フラム様!?」

「まだ魔導師になったばかりだよね、ハルのお義姉さん」

「リクオル様まで!?」

 いつの間にか、赤髪と紫髪に挟まれハルの漆黒の頭は左右を交互に見るのに忙しくなった。

「言っとくけど、お前、足そんな速くねぇからな。そりゃ、追いつけるわ」

「しかもこの空の下だから体がしんどいんだろう? 余計鈍重だよ。先を越そうとは思わない方がいい」

「……二人して俺のやる気を削ぎに来たんですか?」

「ちげぇよ」

「来る! 後ろに飛んで!」

 リクオルの叫びに大人しくフラムが従う。フラムはハルの首根っこをひっつかみ、そのまま惰性で走ってしまいそうになるハル共々大きく後ろへと飛びのいた。

 一瞬にして地面に黄色い魔環ができ、消えるとともに地面が陥没した。その陥没した地面の向こう側に一人二人と増える人間。光と影以外の属性五つがすべて揃えられた彼らは魔導師だ。

「おーおー、そろいもそろって『右肩黒』ばっかだな」

「組織立っているって考えていいのかな? どうだい、君たち。正解は?」

 リクオルの冷ややかな声に怯えることがない魔導師五人組。大方、評価者と対峙しても勝つ自信があるのだろう。魔導師の評価者の力に対する認識などそんなものだ。そして、認識は言動にも表れるというもの。余裕な表情でリクオルの言葉を受けた赤髪の魔導師は全く取り乱すことはなく警戒もしていなかった。

「さあ、あなた方に教える気にはなりませんよ。それより、その影の評価者を渡してもらいましょう」

「俺?」

「うまいことあの建物から出て来てくれて助かりましたよ。シエンシアス殿下がいらして、警備がますます厳しくなるところでしたから」

 その発言で、ハルは自分が誘導されたことに気づいた。リアマが影の評価者の義姉などということは隠していることでも何でもない。そんなリアマが事を起こせば、どんな形であれハルが動くのは想像に難くない。

「つまり、リアマ・ダンジェロは体よく利用されたってことか?」

「それは人聞きが悪いですね。これは彼女の意思に従った結果です」

「ものは言いようだね。ハル、早く行ってお義姉さんを止めておいで」

「え、でも、お二人が魔導師を相手にするなんて……、出来るんですか?」

 純属性である評価者は、魔力量はずば抜けて多いが純属性ゆえに撃たれ弱い。攻撃も通りにくい、それが世の常識だ。その証拠に、目の前の魔導師五人組は未だ余裕を崩さない。評価者相手には先手を打つ必要性がないという考えだろう。技量的にも人数的にもどう考えてもフラムたちの不利だ。

「『YMC値 1000』」

 そんなハルの不安などよそに、魔環を開いたのはフラムだ。明瞭な赤の純色の魔環を、陥没した道の上に展開すると、胸元から出した小型のナイフを掲げた。フラム愛用のペーパーナイフ形の魔法精油の携帯容器。ハルのペンと同じものだ。その刀身から赤が一滴落ち、一瞬にして赤く染まる魔環にフラムは言いはなった。

「『炎の花は地殻にあり、山脈を満たし、炎路へと開竅する』!」

 十くらいの光で文字が現れ、その赤い魔環内に植物が咲き誇り、フラムがその魔環の一部を足で踏むと、弾け消え、ハルの鼻腔に酩酊感を与える香りが霞めた。いつだったか、朝顔のクリーチャーを生み出していた魔法もそうだった。だが、今回のはいささか違う。ズキ、という頭部の拍動と共に、二日酔いになったかのような酷い頭痛に襲われた。それはハルだけでなく対岸にいる魔導師も同じようで、口元を押さえて這いつくばっているものが三名いる。そのうち、炎に弱い緑髪の鉱物属性は倒れ込み動かない。主属性に火をもつ赤髪の魔導師と、火の魔法に強い水属性である紫髪の魔導師だけは平然と立っていた。とくれば、もちろん、リクオルも涼しい顔をして立っていて当然だろう。ハルが見たリクオルの顔は非常にさわやかな笑顔だった。

 突如、ゴポ、という音と共にハルは下から熱にあてられた。ん? と、対面の魔導師と共にタイミングを計ったかのように覗き込むと、陥没してかけた道路の破片が中に落ち、ジュ、という音を立てた。

「お前ら魔導師はいくら言ってもわかんねぇけどよ、確かに魔法対決、それは俺らにとっては分が悪い。でもな、俺らの別名『神の代弁者』を忘れたか? 場所を選ぶから普段はできねぇが、魔法以外にも――」

「こうやって、自然を動かす力はあるけど、やっちゃあいけないんだよ、僕たちは」

 フラムの言葉を遮り、リクオルがフラムの手からナイフをはたき落した。フラムから離れたナイフはそのまま陥没した道の奥に、カツーン、と音を立てた後、ボシャ、と飛び込み主の見えぬところへと消えていった。

「お前なにすんだよ!」

「街の往来でマグマなんて噴出させないでくれるかい?」

 時折、冷えたマグマか、燃えた何かは分からないが、黒いゴミのようなものがマグマだまりから浮き上がって空へと舞い上がっていく。それを見送り、「ち」と口にしたフラムは「『YMC値』……」と再び言いだし途中で止めた。

「その前に……、そのナイフ返せ!」

 ペッ、と生き物のようなマグマ溜からナイフが転がり出ると、「『YMC値 10050』『それは水源』」とリクオルがナイフを拾おうとしたフラムごと水で冷やし、その水をマグマ溜まりに流れ込ませた。突如爆発したように高温の白煙で遮られた道。

「熱!!」

 思わず火傷しそうな蒸気から後ずさったハルは、向こうで魔導師が何をしているのかを考えた。吹き荒れる風は気まぐれだが、今のところこちらが風上。高温の蒸気にやられて身動きが取れないのは向こうも同じかこちらよりは状況は悪かろう。おそらく白煙がおさまった時に魔環を展開して攻撃を狙うはず。それか、防御壁をはって魔法の進入を防いでいるかもしれない。だが風向きが変われば状況は一転する。視界が奪われたことで有利になったわけではない状況にハルは息をのんだ。だが、二人はそうではなかった。

「テメェ……」

「そんなナイフ手で持ったら火傷するだろう」

「俺を巻き込むな!」

「頭冷やしてあげたんだよ。さて、いつも通りやろうじゃないか。動けるのは二人だけだね。便利だよね、匂いですら攻撃できるだなんて」

 リクオルは確信犯だ。

 五人のうち三人はフラムの魔香で動けなくなることを見越し、マグマが出る、自然を動かす魔法だと知っていて発動を止めなかったリクオル。通りで余裕だったはずだ。ぶつくさ文句を言いながら、フラムがナイフを白煙の向こうの魔導師めがけて構えた。白煙の向こうでうっすらと赤と紫の魔環が展開されているのが透けてみえる。

 それに鏡面的に倣うのはリクオルだ。いつの間にか彼の手にも同じ型のナイフが握られている。その違いは、刀身に仕込まれている魔法精油の色の違いだけだ。

「『YMC値 1000』!」

「『YMC値 10050』」

 二人の刃先に同時に展開される赤と紫の魔環。その円の中心に刃を突き立てると、にじみ出た精油が円を赤と紫に染めた。

「『みせろ、その可変は一つにあらず』!」

「『いかほどあれば凶器と化すか』」

 魔環の中を構成する花の種類も色もちがければ、二人がその魔環をナイフで切り裂いたときの匂いも違う。もはや、混ざり合ってどっちが何だかはわからないが、内部からえぐられそうな強い衝撃臭と、ただただ薬の匂いがする。言えることはただ一つ。

「……臭っ!」

「……お前、さっさと行けよ!」

「そうだよ、人の魔法で臭いとは随分な言い草だね!」

 魔環を切り裂いたペーパーナイフに新しい刃先をつけ剣に変えた二人は、個別にそう言ってさっさと陥没を飛び越えてしまった。マグマ溜まりの上に漂い薄れつつあった蒸気は、二人の動きでその存在をかき消され、魔導師二人の目の前には人というよりも鋭利な刃物が先に突き付けられた。魔導師二人が魔香手袋から魔法精油を絞り出そうとする前に、その手袋を器用に切り刻んだその刃物を伝えば、あふれ出しそうなマグマをバックにフラムとリクオルが珍しく、二人そろって生き生きと同じ表情をしていた。

「生憎俺らは魔導師じゃないんでな」

「君たちに戦い方を合わせてあげる義理もないんだよ」

 魔環を展開していたにもかかわらず、魔法の発動が間に合わなかった魔導師は、それぞれの属性の評価者からその顔面に剣先を向けられた。

「「魔法で勝負だなんて誰が言った?」」

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