ハルが飛び出た部屋。一瞬静寂に包まれた部屋に響いたのは、物静かなシエンシアスの声だった。

「フラム……。リアマ・ダンジェロって――」

「ハルの義姉さんだろうが! リクオル、名前は出すなって言っただろうが、この冷血漢!」

「うるさいよ、隠しておいてハルのためになるわけがない。それでカッコつけているつもりかい? 殿下、僕たちはハルを追いかけるから、上の連中どうにかしといてくださいよ。行くよ、フラム」

「テメェが仕切るな!」

 リクオルが部屋を出ようとすれば、分かっているとばかりに先を行くフラム。それを隠れてほくそ笑んだリクオルは、再び丁寧にドアを閉め、部屋は突如として無音と化した。

 そんな空間に響いたのは、カツ、というシエンシアスの靴音だ。だがそれは一歩踏み出したところで、腕を掴まれたことで続くことはなかった。

「……離すんだ、イルミナ」

 困惑を蒼白した顔に張り付けたシエンシアスは、「離せ!」と強くは言わなかった。それだけ自分がどうすべきか迷っているということだろう。

「それはできません、殿下。どうするおつもりです。リアマ様のもとに駆け付け、頭ごなしに糾弾なさいますか? 右肩黒だと」

「そんなことは、しない……」

「嘘をおっしゃらないでください。リアマ様のことが知りたいくせに、回りくどくハルに聞いて。ストレートに聞けばよいんです、『リアマは元気か。俺の事を何か言ってなかったか』と」

「……」

「殿下の事です、どうせ、リアマ様の右肩黒の研究内容もご存じなのでしょう? 一体何なのですか? 殿下が教えてくださらないなら、ハルから無理矢理聞き出しますから。今の、あの状態のハルからですよ」

「……全七属性による防御魔法の大衆化」

「呆れた! そこまで情報を掴んでいながら二の足を踏んでいるだなんて、情けない!」

 イルミナが、所在なさげに立っていたシエンシアスをソファに押し込んだ。

「いいですか殿下。意気地がないなら引っ込んでいてください。邪魔です」

「邪魔って……、随分はっきりものを言うようになったねイルミナ。ここ数日で人が変わったかい?」

「冗談おっしゃらないでください、私はいつだって本気ですから。邪魔をするなら殿下だって、ハルだって許しませんよ」

 そう言って、イルミナは部屋のドアに手をかけた。

「イルミナ、もう生きづらくはないのかい?」

「……今の私には死ぬという選択肢はありません。生きて果たす義務があるんですから生きづらいとか言っていられません、それは貴方が一番よく知っているはずです、殿下」

「やぱり、数日じゃあまり変わってなかったね。そうだ……。珍しくこの前パンなんて買って帰って来たんだって? 屋敷の人間が喜び勇んで報告くれたよ」

「ああ、あれはハルがくれたんです。……久々に、美味しかったです。アゴは疲れましたけど」

 失礼します、とイルミナは部屋を出た。

「……やっぱりだいぶ変わったのか? 流石、ハル」

 ちぐはぐな髪を持つイルミナを変えられるのは、同じく、ちぐはぐな髪を持つハルだけだとシエンシアスは確信している。なら、自分がすべきことは一体何か。

 外を見たシエンシアスの目線の先には、何度か見たことがある懐かしい色彩の小さい魔環。そして、その魔環からリズミカルに発せられる、誰しもが恐怖を覚えるであろう光も、彼にとっては懐かしい。

「殿下! 退避を――」

「いやいい。それより、今、イルミナと評価者が出て行った。他の署員は少し様子を見てほしい」

 そんな悠長なことを飲む管理機構の職員ではない。だが、それをどう抑え込もうかとシエンシアスが次の手を考える割には、相手の反応はなかった。シエンシアスを避難させようとした職員の眼は窓の外だ。

「で、殿下、あれを!!」

 はじかれた様に窓を見れば、そこには、うまく赤に混じらず独立した副属性の黒が見えた。リアマが副属性の影を主属性と独立して出しているということだろうか。そう、見たことない現象を整理しようとしたシエンシアスの目に、青、黄と、一色また一色と、他属性の力が混じり始めたのが見えた。突如、窓を持って行かれそうな突風が音を立てて吹き荒れた。今までとは比較にならない風の渦、それに混じって、何かが飛んで来た、それが窓に当たると、蜘蛛の巣を走らせ、一瞬で破砕された窓。室内に破片が舞い散り物は壁へと叩きつけられ外へと流れだし、職員が立っていられず思わずしゃがみ込んだ。

「他属性の融合!? リアマ……!」

「殿下!? お待ちを!!」

 爆風に逆らい窓枠に足をかけ、空に一歩踏み出す。

 ハルたちだけに任せてはおけない。

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