「レフレ、イルミナに一体何があったんだ?」

 ハルは買ってきたパンや総菜を並べながら、イルミナが出て行ったドアを見つめるレフレに問いかけた。だが、すぐに返事は返ってこない。この二人に何かがあったことは明白だ。

 イルミナは随分と酷い顔をしていたように思う。昨日は魔法にハルを巻き込んだ事を悔いて少し涙ぐんではいたが、今日のは違った。もうすぐ、どこかに消え去ってもおかしくないような、後悔、自責の念、そんな類の思いに押しつぶされた、虚勢が暴かれた非力な少女。思わず抱きしめて「大丈夫だ」と、そう声をかけたくなる、そんなイルミナだった。

「……ハルがイルミナ様を気にかけるのが意外だよ。アンデッドを消すことを許していないと思っていた」

 そしてこちらも、あまり見たことない無表情だ。ベースが笑った顔のレフレが無表情になるのは、怒っている時。

「確かに、イルミナがアンデッドを消すのは許してはいないけど……。今はそれだけで彼女をどうとは思わない」

「へぇ、随分あっさりと自分の考えを曲げるんだな。流石は『聖女様』、シエンシアス殿下といい、誰かの懐にもぐりこむのは容易いみたいだね」

「いい加減にしろ。どうしたんだ? いつものお前はそんなんじゃないだろ?」

「いつもの僕って、一体どの時点のことを言っているんだい。ハルがそんなに僕のことをよく知っているなら、僕が今一番興味があること、何だかわかるか?」

「興味? 魔法の一般化だろ」

「違うよ。リアマ先輩の研究だ」

 その言葉に、ハルの背筋に悪寒が走った。リアマがこの前見せてきた書類は、多属性にわたる魔法について書かれていた。『右肩黒』にマークされてしまうその研究に、興味がある人間が清い末路を辿るとは思えない。

「おいレフレ――」

「それが、もしかしたら実現可能かもしれない。そんな僥倖は逃がすべきではないんだよ」

 「おやすみ」と静かにドアを開け、パタン、と閉まり、自動的にカシャン、と鍵がかかった。テーブルの上には二人前以上の食べ物が残っている。きっと明日には美味くない。

 一口食べてみる。

「……あんまり、美味くない」

 手遅れか。




 翌日、眠い目をこすりながら、相変わらず日陰を通り登校中のハルは魔導師に絡まれた。明日が一般化の申請締め切りだ。ハルが昨日学校を休んだため今日へと襲撃を延長した魔導師たちと角を曲がる度に遭遇し、書類を見ては「あなたの魔法は一般化しません」と言って付き返す。昨日徹夜で作った鎮静魔法油もいつも以上に持ち歩き、準備は完璧。二十代から五十代まで、指折り数えてみれば、七人の魔導師を相手にしたが、その中でたった一件だけ、悩んでもう一度持ってきてほしいと申請を保留にした書類がある。

「植物属性の、医療魔法ですね」

 五十を超えた魔導師が出て来た時には目を疑ったハルだったが、それは医療魔法の一般化だった。十歳以下の子供でも使える応急処置の魔法だ。だが、十歳以下の子供に使える法整備が整っていない。

「使えて困ることはないと思うのです。安全に使えるものがあれば法整備も進むかと」

 真剣に問われればもちろんそれを受け入れないなんて、そんな職務に反したことはしない。

「使用年齢五歳以上となっていますが、五歳から七歳までの子ともが使用した時の反作用のデータ、このほかにありますか?」

「調査に協力していただいた方から提出していただけたのはそれで全てです。後は、回収できていないものがまだ数十件」

「その回収をお願いします。それができたらそのまま協会に提出を、出来なかったら……」

 ペンをノックして、鎮静魔法油を一滴書類の上の魔法精油で書かれた魔法式に落とす。その魔法式を取り込んで見事油滴を維持してくれた。

「万一データが回収できなかったら、討議の際に俺が鎮静魔法油の使用を提案するので、会議までに一報ください」

 礼儀正しく一礼して去って行く年上の魔導師に礼で返し、学校まで可能な限りの力でダッシュ。早めに家を出たはずが、気づけばあと十分で遅刻だ。目指す学園の門はもう見えている。どう考えても走ることなどない距離だが、あと一人、魔導師に襲撃されたらハルの遅刻は確実だ。

「ちょっと! レフレと仲のいいハルモニ殿!」

「……」

「あ、ちょっと! なんで無視するの!?」

「お前は俺に用がないだろう!」

「あるって! 今日の私はお遣いよ!」

 その言葉に足を止めると、逃げるな、とばかり壁に追いやられた。声を潜めて話そうとするメッゼに顔すれすれに迫られると、顔より出ている肌が、胸元に当たるのでやめてほしい。この距離感ゼロ魔導師。

「重大機密事項です」

 至極真面目な顔で言うメッゼに、ゴクリとつばを飲み込む。

「シエンシアス殿下が今朝がたマカロに到着なさいました」

「……それだけ?」

「ええ、そうですが」

「……そんなの今朝のニュースでやってただろうが!! 昨日から、今日到着だってやってただろう! お前、社会人だろ! 新聞読めよ!!」

「だって重要事項だって!!」

「それだけなら、さっさとどけ!」

 押してどかしたいが、もはや、ハルにはメッゼのどこを手で触っていいのか分からない。

「ああ、まだありました! 追伸『イルミナ様と一緒に魔法管理機構に来られたし。指定時刻は本日午前十一時』」

「……そっちの方が重要だろうが!」

 どけ、と、やっとの思いで肩を押してメッゼをどかし、校門までダッシュだ。「忘れないでねー」と手を振るメッゼをしり目に校舎内へ入ると、ひんやりした空気と共に冷ややかな声がかかった。

「朝から楽しそうね」

「イルミナ……! どこがそう見えるんだ?」

 「別に」と、白けた表情で口にしたイルミナは、コロッと表情を変えた。

「昨日のパンありがとう。すごく美味しかった!」

 昨日 イルミナが大事に抱えて家に帰ったパンは、出迎えたメイドに目ざとく見つけられ大層驚かれ、熱い視線を注がれ、隠そうとしたイルミナの手の中でほんのちょっと潰れた。

 いつもなら流し込むように、柔らかいものを仕方なく食べるイルミナにしては、固いパンにズッシリとした肉が挟まれた咀嚼に苦労しそうな食べ物を手にすることが、長年付き添ったメイド的には、王子とイルミナが婚約した時よりも嬉しかったようだ。

 娘に過保護な母親のように、誰からもらったのか、買ったのかと質問攻めにしつつ、何度も鼻をかみ、目じりをぬぐい、それでもしっかりお茶を用意してからイルミナの部屋からメイドは追い出された。三十分ほどして再びイルミナの部屋を訪れると、ノックの音に慌てて食べ終えようとしたイルミナがパンを口に頬張っているところに出くわし、あやうくのどに詰まらせそうになったため血の気が引いたようだが、イルミナがちゃんと食べたことに安堵し、お茶を入れ直しに鼻歌交じりに部屋を出て行った。そんなメイドが嬉々としてシエンシアスに報告したことを知ったイルミナはいじけて翌朝まで部屋から一歩も出なかったのだが。

 なんにしろ、飲食物を美味しいと思えたのはイルミナにとって数年来の出来事だ。きっかけをくれたハルにはたった一言の礼では足りないが、パンに対して過度な礼も信憑性にかけてしまう。一歩も部屋から出ずに悩んで考えた結果口から出た言葉がこれだ。

 一方ハルは、嬉しそうに言うイルミナに、自分が食べたパンの味を思い出してみたが、二つ返事で肯定はできなかった。暗い部屋での食事など意に介さないが、イルミナとレフレを心配しつつ口にした食事は、味なんてしなかったように思えた。

「……まあ、人気店のだからな。それより、イルミナ。今日は早退するぞ」

「分かってるわ。言っておくけど、私が知らないわけがないからね?」

 そりゃそうだ。シエンシアスの婚約者が、謁見の予定を知らされていないわけがない。久々に会えてさぞかし嬉しいだろうと思いきや、イルミナの表情は意外にも落ち着いており、浮かれた様子など微塵もなかった。




「先にイルミナ様だけお入りください。ハルモニ殿はしばしこちらでお待ちを」

「……はあ」

 指定された時刻に魔法管理機構へイルミナと共にやって来たハルは非常につらかった。まず、ほぼ真上にある太陽のもと外を歩いたのもあるが、高層ビルのような佇まいの魔法管理機構の最上階の応接室前。その廊下は、窓が大きく光を取り込む。よって、立っているだけで「殺される!」。そう冷や汗がつたった。そんな直立不動を保ちつつ今にも倒れそうなハルに遠くから軽快な声がかけられた。廊下の奥を見ると、曲がり角から顔を出している、丸っこい人物がいた。

「クリーマさん!」

 数日前、ネグロに足蹴にされていた魔法管理機構の職員、クリーマ・アシュッタだ。影を主属性に持つ彼がハルを招いたのは日のあたらない廊下、しかもご丁寧に電灯も消されている。

「さすがクリーマさん、分かってる! で、怪我は平気か?」

 ふっくらとしたコロコロ転がりそうな外見ながら、内面の苦労がにじみ出て、常にやつれたように見える人間錯視。ハルに近似した髪の持ち主で、異なるのは瞳が赤いところだ。彼は、魔導師になれば次の魔導師協会会長は間違いないだろうと称されるほどの資質の持ち主ながら、魔法管理機構にいるという変わり種だ。魔導師ではないが、魔導師同様の権限がある、司法魔導師のトップ、それがこのぷくぷくしたクリーマだ。

「いやあ、この前は参ったよ。『右肩黒』だと警戒していたのにあの様だ」

「クリーマさんの方がどう考えても強いと思ったのに、なんでだ?」

「奥さんのお弁当、食べ損ねてね」

 結婚十年目にして新婚さながらのアシュッタ夫婦は、とてつもなく大人びいた六歳の息子が、「僕は恋人とはもう少しドライな関係が適切だと思う」と真顔で言い放つほどの日常を家で繰り広げている。ピンク色の愛妻弁当は同僚も慣れたものだ。あの日は、夜勤のために作ってくれたお弁当を食べようとしたその刹那呼び出され、力が出なかった、と目の前で仕方なさそうに語っている。

「そんなことよりハル」

「そんなことで片付けんなよ。結構な一大事だったぞ、あれ」

「まあ、こっちの方が一大事だ。最近、機構の深部データベースに立て続けにアクセスしているな。一人目はネグロだったみたいだが、二人目は誰を見たかった? 何人もなぞっていたみたいだが?」

 リアマを調べるときに、アクセス解析をされると非常にまずかった。何十人も魔導師を調べてその中にリアマ紛れ込ませたが、やはりバレたか。そう内心焦ったハルだったが、いつか気づかれるかもしれないことは予測済みだ。

「朝襲撃してきた魔導師を調べてた。書類をつき返して、名前がうろ覚えだったから、属性と年で検索してたんだよ。結果的に、『右肩黒』だった」

 ほんの一部分だけ真実で、あとは真っ赤な嘘だ。リアマではなく、『シオン・イヌーダ』を調べていた。そう、言葉を濁したハルに対し、クリーマは半信半疑。だが、真相は調べる手はずなどない。訝しい目をしたクリーマが、顔のわりに小さい口を開いた。追及されるか? どう逃げるべきか、逡巡するハルに変化球が投げられた。

「時にハル、ルスの容体は知っているか?」

「え。あの後回復して、命に別状はないってことは聞いたぞ」

「どこにいるのかねぇ、次の光の評価者は。見つけないと色々まずいかもしれない」

「ルスさんの容体、また悪くなったのか!?」

「まあ、今すぐに、ってことはないだろうが、あと十年という猶予はないのは確かだろう。お?」

 暗い廊下から二人で顔を出すと、先ほど部屋に入ったイルミナが出て来てキョロキョロしている。クリーマに何を言われるでもなく日の当たる廊下に出たハルは、日の光にあまり当たっていたくないこともありイルミナに駆け寄った。

「ああ、ハルモニ様! 帰られたのかと思いました。さあ、どうぞ!」

 ハルの腕を掴んで引き入れたイルミナ。意外と力強い腕にそのまま室内になだれ込むと、バタン、と閉まった扉に己の状況を思い出した。

 従者は部屋から出たようで、ハルとイルミナ以外にこの部屋にいるのはたった一人。

「ハル、元気だったか? イルミナが随分迷惑かけているみたいだね、大丈夫かい?」

「まあ殿下! 私、そこまでハルモニ様にご迷惑おかけしておりません!」

「シ、シエンシアス殿下……。ご無沙汰しております」

「なんだ、殿下って。いつも呼び捨てだろう?」

 ソファに腰かけこの世界では珍しい銀髪を揺らし、金瞳を細めて愉快そうに笑うのが、隣国バーミセリの第一王子、シエンシアス・ナトゥ・ラーレス。影以外の属性を使いこなす多彩な評価者。そして、イルミナの婚約者。今ハルの腕にイルミナの腕が絡んでいるこの状況が、シエンシアスにとって面白い訳はないだろう。だが腕を振って引き離そうにも掴んで離さないイルミナに、ハルは冷や汗をかいた。対照的に声を出して笑い始めたシエンシアスに、イルミナが突っ込んだ。

「なんでお笑いになるのか、理解いたしかねます、殿下」

「ごめんごめん、なんていうか、お似合いだと思って――」

「シエンシアス、それはぜったいあり得ないからな!!」

 ハルがシエンシアスの言葉を遮ってまで否定したのに、いや、否定してやったのに、いや、否定して差し上げたのに、冷ややかな目で見るイルミナとますます笑うシエンシアス。理解できない状況にハルは頭を抱えた。

「で、冗談は置いておいて、ハルが一番大変だろう?」

「何が?」

「一般化の申請だ。さっきフラムとリクオルが来て、申請者が鬱陶しいって愚痴っていったよ。流石に俺のところに申請を持って来る魔導師はいないからね。『その分自分たちが受けてやってるんだ!』って騒いで帰って行ったさ。あの二人が大変なら、一番捕獲しやすいハルなんて彼らの比じゃないくらいに大変だろう?」

「その辺は否定しないけど……。フラム様とリクオル様が二人で来たのか?」

「ああ、いつもと同じく、最初から最後まで相容れてなかった」

 赤髪の火の評価者『フラム・グラキ』と、紫髪の水の評価者『リクオル・アッケンデーレ』。ともに、伯爵家子息、身長、体格、特技、魔力量、極めつけに生年月日が同じ、という双子説が囁かれるほどの激似の要素を持つ二人。性格は真逆で赤髪は血気盛んで人情に厚く、紫髪は冷静沈着で赤髪をからかう節がある。そんな二人は、リクオルがフラムに付きまとうことが多く、よく一緒に行動している。ここに来て、騒いだフラムを宥めつつ煽り立てるリクオルの黒い笑顔が目に浮かんだ。

「ルスにハル。リクオルとフラム。テララに俺。六人の居場所は確定しているけど、残りの二人が問題でね。もしかしたらそのうち『緊急情報』出さないといけないかもな。ヘルバとタルムは相変わらずどこをほっつき歩いているんだか掴めないんだ」

 そうソファにもたれかかりため息をついたシエンシアス。それもそうだ、青髪の植物の評価者ヘルバと、緑髪の鉱物の評価者タルムは放浪癖がある。

 ヘルバは一か所に定住を命じれば、「自然がないと生きていけない!」と発狂し、タルムは家はあるものの、ほとんどを「あっちの山の中で皆が私をよんでるの!」と趣味の鉱石・宝石収集に精を出し不在だ。

 評価者としての移動の自由と魔材の優先権をここまで有効活用した者は前代未聞と、魔法管理機構の職員は頭を抱えている。最年少評価者の黄髪の大地の評価者テララも、その貪欲な好奇心を満たすために片っ端から本を読み漁り、一般人ではお目にかかれない貴重な資料ですら評価者の権限で問答無用で所望するが、あれはまだ可愛げがあるほうだ。そう、しみじみと滅多に集まらない個性的な同僚を思い浮かべるハル。己の真面目さで鼻の奥が痛くなり始めた。

「さて、ハル、ご家族はお元気かい?」

「ダンジェロ家の人は皆元気だ。どうしたんだ、急に」

「いや、聞いてみたくてね。ダンジェロ家のお嬢さんも、学生でありながら魔導師資格をお持ちだろう? どの程度優秀か興味があるんだよ」

「リ、リアマ義姉さん?」

 確かに、高等部を卒業後に魔導師学校に入学するのが世の常。勿論、魔導師学校に年齢制限はないため、老若男女問わず何歳でも入学できる。だからこそ、レフレやリアマのような学生魔導師も存在するのだ。だが、その数は少なく、将来有望と各国が探りを入れる。シエンシアスも例外ではないのだろう、それはハルも理解できる。しかし、ハルは答えに窮してしまった。先日のリアマから見せられた書類、全七属性による防御魔法の大衆化。他人同士の他属性の融合は禁忌事項だ。しかも、それを大衆にやらせるなどもってのほか。魔導師だってコントロールしきれないにもかかわらず、それを一般人に押し付ける彼女の思想を思い出し、ハルは慄いた。

「ハル? どうした。ダンジェロ家のお嬢さんがどうかしたのか?」

「いや、別に。リアマ義姉さんはまだまだ魔導師になりたてだし、ランクも十二位だ。特に今のところ特筆すべき点は無いよ。目をつけたのに残念だったな」

「……そうかい。それは、残念だ」

 シエンシアスに目をつけられれば、リアマの処遇が危ない。リアマの魔導師としての情報など、『右肩黒』も含めて調べればすぐわかることだ。なのにわざわざ聞いてきたシエンシアスの狙いは一体なんだろうか。それに、と、ハルはいつの間にかシエンシアスの隣に腰を下ろしたイルミナを見た。彼女は知っている、リアマが『右肩黒』で、ハルに一般化の申請をしていたことを。

「何か?」

 シエンシアスの隣でのんきにお茶をすすっていたイルミナが、ハルに向かって微笑んだ。

「別になんでもない、です」

 一人は探りを入れ、一人はそれをかわし、一人は意に介していない。そんなバラバラの室内に、外部から赤い光がひだのように押し入り、すぐに消えた。一瞬視界が血塗られたように染まる現象に目を閉じはしたものの、誰しもがその方角を見て「ああ」と納得はしただろう。

「許可練習場の上空に魔環? また魔導師か……。あれは……、赤と黒も混じっているみたいだけど、ハル、どうだ?」

「主属性が赤の魔導師だろ? 俺に聞かれても特定はできないって」

 魔環は魔導師固有のもので、同じに見えても微妙にその色味が異なる。魔環からの魔導師の特定は可能だが、機械を使ってもその分析には数時間を要する。評価者ならほんの十秒足らずで分かるが、それは属性が同じでなくてはならず、この魔導師の素性をこの場で暴くためには、火の評価者がいなくてはどうにもならない。許可練習場は、魔導師のオリジナル魔法の試験場だ。魔法の暴発の危機には常にさらされる。だが幸いなことに、徐々に縮小される魔環はこれ以上事を起こさない、と暗に示したように見えた。

「まあ、大事にはならなさそうだ。それよりハル、一か月後のランク会議なんだけど――!?」

 再び血塗られる視界。今度は数回の瞬きでも消失しない持続性を持ったその光は、許可練習場上部に展開された認識するのもやっとの微小な魔環から、心臓の鼓動とリンクする拍動性を持ち、環状に放出され始めた。三人が目を逸らせていた僅か十秒程度で、魔環はその力だけを維持し圧縮された。そして、その魔環への魔力の供給は、絶たれていない。

 不意に、廊下から地鳴りが聞こえた。

「「シエンシアス!!」」

「フラム! リクオル! まだいたのか!?」

「ああ、階下でクリーマと話してたんだが……。ハルもいるならちょうどいい、顔貸せ」

「フラム様!?」

 ノックもせずドアを蹴り破り応接室に乱入したのは、燃え盛る炎のように赤髪を立ち上がらせている火の評価者フラム・グラキ。一緒に押し入りながらも丁寧にドアを閉めたのは、流れる水のようにしなやかな長い紫髪を結んだ水の評価者リクオル・アッケンデーレだ。フラムは、「おう、聖女様」と片手をあげて軽くイルミナを流し、ハルの首を掴み窓際まで引きずった。

「さて、ハル、あの魔導師の副属K値サブコードはいくつだ!?」

「え、副属K値?」

「フラム、いきなりそれじゃ駄目だって。ハル、あの魔導師の魔環のYMC値シリアルナンバーは分かるんだけど、該当者が二人いるんだよ。だから副属性の副属K値サブコードが知りたい。分かったかい?」

「副属K値は……」

 赤い中にある黒の色調。魔環から出る光を意識して目にいれると自然と心拍数が変化する。他人に操作されているかのような感覚に少し気分を害するが、それ以上に、心拍が整うにつれて嫌な予感がし始めた。それは決して速くない、だが、昔から幾度となく感じたことのある体感済みの心拍数だ。評価者となってから、彼女の副属性の測定を幾度となくやってきた。思わず、口がこわばった。

副属K値サブコードは……、10、だ」

 黒い影の値、K値が10の魔導師など何人もいる。だが、赤と組み合わせればどうだろうか。

「あいつか……」

「なら、リアマ・ダンジェロだね、って、ハル!?」

 ハルはリクオルの言葉を聞くや否や、フラムの手を振りほどき、高層階に設置されている非常用の脱出口に、何も考えずに体を滑り込ませた。後ろから、「「待て! ハル!」」という、複数の声は聞こえたが、理解はしない。だが、不気味に鳴り響く光、そんなものを頭上に作り出し、リアマがしようとしていることが看過できないことなどは理解できる。そして、それを止めに管理機構が動くことも容易に想像できる。その前に無理矢理でも押さえることができるのは、魔法の鎮静化が可能なハル以外にいない。

「義姉さん何を考えてるんだ!?」

 光の下は苦手で体が蝕まれる、だから無茶をするのは御免こうむりたい。だが、親を失ったハルを温かく迎え入れてくれたダンジェロ家。一般人とは程遠い感覚を持つ自分を笑い飛ばすリアマを失って、心が蝕まれるのだけは体が朽ちても嫌だ。

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