決別
体育館裏倉庫での出来事の後、太陽の記憶はあやふやだった。
正確に言えば、断片的には覚えているが、細かい言葉までは覚えていない。
光と千絵の白熱が胸中の曝け出し合いで生じた体育館裏倉庫の乱雑は千絵が片付けるからと太陽は1人で帰路を歩いていた。
太陽が跳び箱から出る前に千絵が言っていた言葉、
『全部が全部を許してあげてほしいとは言わないよ。だけど、分かってあげてほしい。光ちゃんもずっと苦しんでいたってことを』
光は真実を知った日から今日までずっと己に秘めて葛藤を続けていた。
『わたし、は……太陽の事が、好き、だよ……。忘れられなかった、諦めきれなかった……。だって太陽は、私にとって、いつも助けてくれるヒーローそのもの。私がこうやって頑張ってこれたのは、太陽が居てくれたから! 好き、好き好き! 大好き! 今も昔も! ずっと!』
1年半前の失恋の真実。
光は決して太陽を嫌いになったわけではなかった。太陽以外に誰かを好きになったわけではなかった。
卒業式の日に光が太陽に告げた言葉。
『…………太陽、別れよ。……私達』
『……他に好きな人ができたんだ。私はその人に振り向いてほしい。だから、ごめんだけど、別れて』
思い出すだけで今も尚胸が締め付けられる鎌の様な言葉。
しかし、あの時の言葉は光の本心ではないと言う。
親友である千絵の為でもあり、自らの苦しみから解放される為だと言っていた。
光は己の想いと、太陽への疑心で葛藤を続け、誰にも相談せずに行動をした。
正直、光の本心を聞けたとしても、太陽の率直な感想が、
「だからどうした」
だった。
苦しみ続けて来たなら素直に相談してくれれば良い。疑心に思うなら素直に打ち明けてくれれば良い。
自分の中で溜め込み、太陽が傷つくと分かっていてあの答えを出したなら0点も甚だしい。
事実を知らずに傷つけられた太陽の身にもなって欲しいと許せない。
だが…………全てが全て、光が悪い訳ではなかった。
太陽は微塵も光の悩みに気づいてはいなかった。
悩みを打ち明けなかった奴が100%悪いのか? 違うかもしれない。
太陽は自分の幸せに浸り気づこうとしなかった。光の事は全部知っていると自惚れて。
夜道を歩いていた太陽は、帰路途中にあるコンビニの前で立ち止まる。
「ふっ……自分の事ながら、マジで似合わねえな」
太陽はコンビニのガラス張りの壁に写る自らの姿を見て自嘲する。
中学までは黒髪だった髪。だが今は暗い街道でも金髪だと分かる派手な色をしている。
太陽は一度も金髪の自分をカッコイイなどと思った事はない。
逆に反吐が出る程似合ってないと思っている。
だが、それでも良いと思った。
太陽が黒髪を金髪に染めたのは光との決別の意味を込めての行いだ。
女性が振られると長い髪を断髪する要領と同じ。想い人と恋をしていた自分を断ち切るため。
太陽は断髪出来る程の髪の長さがないから、髪を染める事にしたのだが。
それと、金髪=不良と言うのは安直な考えだが、光が不良を毛嫌いしているのも理由の1つである。
太陽が通う学校が成績が良好なら髪色等は不問で無ければ問題児とみられてただろう。
何度見ても笑える。嗤えて、哂えて、反吐が出る。
鏡に映る自分を何度殴り飛ばしたいと思った事だろうか。
「俺ってマジであの頃から変わってないな。友達の力を借りないと何も出来ない。勇気も出せない臆病でヘタレ。こんな奴を好きになるとか、アイツらはとんだ好きモノだぜ……」
真実を知った後から千絵は自分の想いを隠す事はせずに太陽に己の好意を見せてくれた。
光も、昔振ったとはいえ、それは数多のすれ違いが生じた過ちであり、本心では今も。
そして勘違いで無ければ、御影も太陽の事を少なからず異性として好意を持っている。
太陽は疑問でしかない。
自分にそこまでの魅力があるのだろうか。
もしかしたら自分では気づいていない魅力があるのだろうが、太陽は彼女たちの想いに正面を向いて答える事が出来るのか。
太陽が出す答えが可否どちらでも……。
「何自惚れてんだよ、俺は。まるで全て俺が決めるみたいに……」
千絵は太陽に決めて欲しいと言った。だが太陽が誰かを決めるわけではない。
太陽が想い、相手が想う。そうでなければ恋は成就しない。でないと、いつかはすれ違い破局する。
過去の約束の真実を知った時、千絵は太陽の光に対する好意は本物だと言っていた。
だが、自分の事だが正直疑問がある。いや、千絵の言う通りに約束云々関係無く、幼少の頃から光の事が好きだったはずだと信じたい。だが、微かに己の想いに疑心が生じた。
僅かな亀裂は時が経つにつれて広がり、割れ落ちる。
そうなっては昔の二の舞になるだけど、だからこそ太陽は―――――過去に抱いていた光への好意を、捨てる。
これは過去を忘却する為ではない。次、抱いた想いこそが本物だと信じ貫く為だ。
これまでの太陽は光への決別で髪色を染め、光を憎み、ただただ目を逸らし続けて来た。
それは前の向く為だと、歩く為だと自分に言い聞かせてきた。
だが結局、一歩も前に足を出せず、その場でジタバタと子供じみた地団駄を踏み、不貞腐れた様に現実から目を背けて来ただけ。本当の意味で前を見据え、歩く為には……。
昔にあったことを忘れるわけではない。全てを受け止め、考え、悩み、そして答えを出す。
単純な答えかもしれない。しかし、それが最も険しく、最も有効的な答えへの道。
太陽は立ちどまっていたコンビニに入り、ある商品の戸棚に向かう。
残り少ないお小遣いでも、微塵の躊躇いも無くそれを購入した太陽は速足で帰宅する。
母親からの
「帰りが遅かったけど何があったの? 晩御飯は?」
の質問に対して、
「晩御飯はいらない! んで、今日は早く寝る!」
と口では寝ると言っていたが、太陽が向かった先は鏡がある脱衣所の洗面台。
太陽はコンビニで購入したそれを取りだし、そして最後だと自分を見据える。
「アイツらがこんな俺を真剣に想ってくれるなら、俺もアイツらの想いに真剣に向き合いたい。もう、逃げるのは無しだ」
そして太陽は、今の自分と決別をする為、泡状の物を自らの金髪に躊躇い無く塗りつぶした。
時間が進み朝。1階にいる母親が。
「コラッ、太陽! もう起きる時間だってのにいつまで寝ているの!?」
通学する生徒が増える時間になっても、太陽は一向に降りて来る気配は無かった。
実は太陽は疾っくに学校に登校……しているわけでなく、本当に寝坊をしており。
「うわっ、ヤベッ! 今日はSHL前に実行委員で会議があるんだった!」
太陽は跳ねる様に飛び起き急いで制服に着替えてドタバタと降りる。
洗面台で寝癖を直し、口元の涎を水で拭うと、鏡に映る自分と目が合う。
鏡に映る昨日までとは違う自分を見て吹き出し。
「久々過ぎて違和感があるな。これは、学校で笑われ者にされるな」
それでもどこか清々しい顔の太陽がリビングに向かうと、寝坊する息子に呆れた様子の母親が。
「全く……昨日は早く寝るって言っていたわりに寝坊して……朝ごはんはここに……え?」
「ごめん母さん。今日は急いでるから朝ごはんはパス! あ、パン一枚だけは貰って行くわ!」
言葉通り焼いたパン一枚を手に取り太陽は滞在時間10秒も無くリビングを出て、家を後にする。
嵐の様に颯爽と出て行った息子を母親と出勤前の父親が目を瞬かせていた。
「ね、ねぇ……あなた。私の目が急激に衰えたんじゃないなら……今の太陽の髪……」
「あぁ……なにかあったのか、アイツは」
昨晩は一度も顔を合わせてない所為で、昨日の朝と今日の朝の息子の変わりように驚きを隠せない両親。そんな両親を他所に太陽は学校へと向かった。
太陽を知る者達は登校する太陽の姿を見て驚いていた。だが、誰も触れる事はせずにただ茫然と眺めるだけ。学校行きのバス中とバス停から学校までの道中はそんな感じだった。
そして、校門前で登校途中の千絵と信也を発見。偶然登校時間が合って一緒に登校しているであろう2人の背後へ太陽は近づき。
「おはようさん! 千絵、信也」
「うわぁあああ!」
「お、太陽、おはよう…………へ?」
突然背後から声を掛けられ、千絵は逆毛する程に驚き、平然の信也は平常通りに太陽に挨拶をするが目を点にする。驚いていた千絵は振り返り、頬を膨らませ。
「もう太陽君! いきなり後ろから声を掛けるなんて酷いよ! もう少しで朝勉強した所が地平のかな……た、に…………え?」
太陽に文句を言う千絵の言葉は徐々に力が無くなり、最後には消え、信じられないとばかりに太陽の頭を見る。
「太陽君…………その髪」
当たり前の反応に太陽は気恥ずかしそうに己の髪を弄り。
「あぁ……もう俺は逃げねえって言う表しだ。お前らから、な」
ポン、と千絵の頭を叩いた太陽は通り過ぎる。暫し茫然と立ち尽くしていた千絵と信也は我に返り。
「滅茶苦茶驚いたな……って、高見沢、お前、泣いてるのか?」
「な、泣いてないよ! 泣いてない!」
ただ……と千絵は誤魔化し切れないと分かっていても誤魔化す様に目尻の涙を拭い、嬉しそうに微笑む。
「これでやっと、私達の物語が進むんだって、嬉しくてね」
「そうか……頑張れよ、高見沢」
花が咲いた様な満面な笑みの千絵に信也は感慨深い様に微笑んだ
千絵と信也と別れた太陽は靴を履き替える為に靴箱へと向かう。
だがその道中。再びエンカウントがあった。
我が校の期待のエースである練習着姿の晴峰御影だった。
「おっ、晴峰。今日は部活の朝練か?」
「あ、太陽さんおはようございます。そうですね、今日は自主練ではなく部活の…………へぇ!?」
誰しも同じ反応だが御影も例外ではなかった。
御影はワナワナとした態度で太陽の頭を指さす。
「た、太陽さん……どうされたんですか、その髪!?」
またか……と肩を竦める太陽だが、校舎に掛けられた大きな時計を見て。
「悪い。少し急いでるから、説明は今度するわ。部活頑張れよ」
時間が厳しくなって会話する余裕もない太陽は御影を置いて去って行く。
硬直していた御影だったが、遠のく太陽と記憶に残る過去の彼が重なり、微笑する。
「やっぱり、そっちの方が何倍も似合ってますね、太陽さん……。お帰りなさい、私の初恋の人」
千絵、御影、信也と親交が深い者達の反応を見た太陽だが、最後に彼女がいる。
鞄を教室に置いた太陽は、背中に聞こえるクラスメイトのどよめきを無視して、会議がある部屋へと向かう。その道中の廊下で、太陽と同様に参加者の、光が歩いていた。
太陽は光の背中を見て少し躊躇った。だが、決心したはずだ。太陽は、もう光の事を――――。
グッと溜め込んだ太陽は光へと近づき。
「おはよう、光。昨日はぐっすり眠れたか? 寝不足で人に仕事を押し付けるんじゃねえぞ」
太陽の長い挨拶に背を向けていた光は驚きながら振り返り。
「仕事を押し付けるなんて人聞きが悪いな……しっかり眠れたから、古坂……くん」
振り返り太陽を目視した光は目を見開き硬直する。
千絵や御影みたく、指を差したり震えりはせず、石になった様に固まっている。
「おいおい。なに亡霊を見たみたいに驚きやがって」
「だって…………だってぇ……太陽の、髪が……」
硬直を抜け出し振り絞る様に呟いた光の目に涙があった。
太陽は皆が驚愕する程の変貌を遂げた。
周囲から大袈裟かと思われるだろうが、その経緯を知っている者からすればそれは大きな変貌だ。
現実逃避を続けて来た自分に決別する為、太陽は、金髪の髪を――――元の黒髪へと戻していた。
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