そして知る

『なあ太陽。なんであんなウジウジした奴を誘ったんだ?』


 それは太陽が千絵と友達になった日の放課後。

 小学低学年の当時、ある理由から服装も言葉も男子な光が太陽に尋ねて来た。

 光を初めて遊びに誘った昼休みからずっと、光は不機嫌そうに眉根を寄せ、そして遂に放課後になってその鬱憤を晴らす様に聞いたのだが。


『ウジウジした奴って、もしかして千絵のことか? なんだ光。お前は千絵の奴が嫌いなのか?』


 今日初めて会話したであろう千絵女子の名前を気軽に語る太陽に服装と言葉は男子でも心は女子の光は一層不機嫌そうな顔となり。


『ああ、嫌いだね』

 

 臆面も無く言い切る光に太陽は口を尖らすが、尚も光は言う。


『俺はあんなウジウジした奴は嫌いだからな。それにトロそうだし、現に今日のドッジボールだって、アイツが足を引っ張った所為で太陽のチームは敗けたしな』


 勝ちチームの光が敗けの原因である千絵に怒りを見せるのは可笑しいが、当時の光は千絵の事を快くは思っていなかった。その原因は未来で語られるが、この時の光が何故千絵をここまで毛嫌いしているのか察せない太陽は千絵を庇う様に口を開く。


『お前な。確かに千絵は大人しい奴で、ボールも取られないけど、それでも馬鹿にすることはないだろ』


 太陽が千絵を庇う事がやはり気に入らない光は苛立ちながら立ち止まる太陽の横を通り。


『千絵、千絵って。俺以外の女の名前を何度も……。太陽は高見沢アイツの事が好きなのかよ!』


『好き!? べべべ! 別に好きじゃねえし!』


 突然好きなのかよと言われ狼狽する太陽は顔を真っ赤にして否定する。

 それを聞けて僅かに安堵の息を零す光だが、太陽は少し真面目に顔を俯かす。


『別に好きとかじゃねえよ……。ただ、千絵の奴が凄く寂しそうにしていたから……。一人でいるなんてつまらねえだろ……』


 太陽は正義感が強いと言うか、お人好しというか。困っている奴を放って事は出来なかった。

 勿論、自発的に一人になる奴なら太陽は特に気にも止めなかっただろう。

 だが,気づいてしまった。

 千絵が和気藹々の輪を作る自分たちに羨望の眼を向けていた事を。その眼は仲間に入りたそうだった。

 だから声を掛けた。一緒に遊ぼう。友達になろうと。


 光も一人で遊ぶことが全く面白くない事を理解しているからそれを止める権利はない事を理解している。


『そんな太陽を俺は好きだが…………知らない奴の気持ちに気づく前に、俺の気持ちにも気づきやがれ、バカ太陽…………』


 光のボソッとした呟きに太陽はピクッと耳を反応させ。


『オイ光! なに言ってるか全然聞こえなかったが、馬鹿太陽ってのだけは聞こえたぞ!』


 肝心な所は拾えず、自分への罵倒だけを聞き取れた太陽に光は青筋を立て。


『バカバカバカ! バカ太陽!』


『何回バカって言うんだよ! 馬鹿言う方が馬鹿なんだぞ!』


 その日は太陽と光の年相応の馬鹿の言い合いで終わったが、光にとって千絵の第一印象は最悪だった。

 この日から太陽を経由しての光と千絵の交流が始まった。

 光は千絵と遊ぶ日は度々千絵を威圧していたが,その度に太陽が光を窘め、3人で良く遊ぶ様になった。流石に光もずっと千絵を毛嫌いするのに疲れたのか多少は親交を持つ様になったが、2人の親睦が深まったのはあの事件だった。


 当時の光は男勝りの性格と恰好で、周りから,特に男子から揶揄われたりしていた。

 喧嘩っ早い光は喧嘩を買う事が多かったが、光は喧嘩が強くて基本的に1対1なら負けはしなかった。

 だがその年の小学校の演劇会にて、クラスの出し物として光のクラスは劇をする事になったのだが、その演目は「シンデレラ」。主役は王子様とお姫様。

 劇の花形であるそれらの選出が劇の出来が決る。だから慎重に決める事なのだが、太陽は別クラス故に細かい事は知らないが、お姫様に光自身が自らを立候補したのだ。

 

 光は男勝りであるが、幼稚園の頃はシンデレラや白雪姫などのお姫様に憧れを持っているのを知っている。だから光がお姫様役をしたいと言うのは不思議ではなかっただろう。

 だが、何度も言う。この当時の光は、男勝りだと。

 少年の服に口調も男子そのものの光が女性の憧れであるお姫様に立候補挙げるのはとんだ珍事だった。

 返って来たのは任せたという声でなく、侮辱を込めた嘲笑だった。

 

 当然と言えば当然かもしれないが、男勝りの光にお姫様役など似合うはずがなかった。

 揶揄う大義名分を得たとばかりに、今まで光を男女と揶揄っていた男子の揶揄は一層強まり、更に同じ理由で同じ目的故に徒党を組んで光を男子たちは揶揄って来た。

 先程も言った様に光は喧嘩っ早く、売られた喧嘩は買う方のため、男子たちに反抗したが、1対1なら兎も角、多数で来られれば光も打つ手はなかった。

 

 光が虐められている。

 それを太陽が知ったのは、意外にも、千絵の後だったりする。

 のクラスで光が虐められていると太陽の耳に入る前に千絵は動いていた。

 

『や……止めてよ! わ、わたぐちさんを……いじめないで!』


 今までぞんざいに扱われていた光を千絵は男子たちの前に立ち庇っていた。

 気弱な千絵は睨む男子たちに怯えた様に涙目で震えている。だが、友達である光を見捨てる事は出来ずに、勇気を振り絞って庇っているのだ。

 虐めの件を聞いて到着した太陽の目に入ったのは、光を庇う千絵の胸倉を男子の1人が掴んでいる場面だった。傷ついている光と千絵を見た太陽の怒りの沸点は沸き。


『テメェら! なに俺の友達を泣かせてやがるんだ!』


 虐めの現場に乱入した太陽は男子たちに殴りかかり、場は更に騒然とした。

 多数に無勢であるはずだが、太陽は男子たち数人に健闘をするのだが、その喧嘩は教師数人が仲裁に入るまで続いた。大人たちが力付くで治める中、太陽の目にしたのは、男子たちに虐められ心細かったのか、嫌っていたはずの千絵に抱き着きワンワンに泣いている光と、その光を慰める千絵だった。

 

 この日からだ。光と千絵の仲が一気に急接近したのは。

 太陽が居ない場でも2人だけの交流が始まり、いつの日か親友と呼べる間柄になっていた。


『千絵ちゃん! 昨日のドラマ観た!? 凄く面白かったね!』


『うんうん観たよ! あの女優さんキレイだったね。来週の放送が楽しみだよ』


 太陽はそれが嬉しかった。互いの事を思いやれる2人の絆に心の底から安堵した。

 だからこそ、光が千絵の事を恨んでいたという言葉は青天の霹靂だった。


 光に振られ、もうあの時の幼馴染3人での交流は無くとも、光と千絵の交流は永遠に続いて欲しいと願っていたから…………。


 太陽がショックを受けている間に話しは進んでおり、我に返った太陽が耳にした会話は、


「ありがとう、千絵ちゃん。私はこれからも千絵ちゃんの親友でいたい。だから……千絵ちゃんは私に気にせずに、幸せを手に入れてよ。太陽の傍に居るのに相応しいのは千絵ちゃんなんだから」


 途中から聞き逃していたから会話の文脈に追いつけない太陽。

 しかし、昔は恨んでたかもだが、現在は恨んでないとなったのか。

 そして光は親友である千絵の幸せを願いそう言ったのだろうが、その直後千絵の声音は少し沈んだ。


「なにそれ…………」


 太陽は感じた。この千絵の雰囲気を。千絵は……怒っていると。


「光ちゃん。太陽君の傍に居るのは私が相応しい? それ、本気で言ってるの?」


 千絵の質問に光は無言だった。そして千絵は遂に怒りを爆発させた。


「光ちゃんは何も分かってない! 太陽君は誰よりも光ちゃんの事を想っていた! 男の子になる前は知らないけど、それでも私が出会った時には、太陽君はずっと光ちゃんを見ていた! 幼馴染なのに分からないの!?」


「なんで……そんな事を言えるの? 太陽が私の事を見ていたなんて…………」


「…………私もずっと見ていたから、太陽君のことを。そして、太陽君の視線がいつも誰を見ていたのか……」


 太陽は10年近く千絵の好意に気づいていなかった。

 千絵が太陽に頼れる親友であったのは、千絵が太陽の事をずっと見ていたくれたからだ。

 

「分かってる……本当は、私に光ちゃんを責める資格はないって……。だけど、辛かった……。好きな人が自分じゃなくて、誰かを好きなんだって分かった時は! だから本気で奪おうと思った! だから親友の頼みを受けて尚、太陽君に告白したんだ!」


 好きだからこそ誰かに譲りたくなく、あの約束に繋がった。

 太陽にとって人生初の告白。相手が千絵であっても本当は、嬉しかった部分は確実にあった。

 だが、結果は存知の通り……。


「けど私がしたのは結局、太陽君を苦しませるだけだった……。努力を、夢を奪って、それを乗り越えてやっと結ばれた愛さえも引き裂いた。こんな私が……太陽君に相応しいって、本気で思ってるの?」


 太陽を苦しませるだけだった部分に全部が全部千絵が悪いわけではないと太陽は跳びだしかけたが堪えた。そして千絵は悔しそうな声音を振り絞る様に語る。


「私も光ちゃんと同じ事を考えた。私では太陽君に相応しくない。私の初恋は叶わないんだって、悔しいけどそう受け止めるしかなかった。だから私は、自分の初恋に終止符を打つ為に光ちゃんの恋を応援した。2人が結ばれれば、私のこの苦しみから解放されるって本気で思ってた……」


 千絵が太陽の恋愛相談に乗ったのは、太陽の幸せを案じてただけでなかった。

 千絵もずっと葛藤しながら前に進もうと足掻いていたのだ。


「ねえ光ちゃん……。光ちゃんは先刻さっき、太陽君と別れたのは私の為じゃない、自分の為だって言ったよね? それ、私も同じだよ。私も別に光ちゃんの為に恋を応援していたんじゃない。自分の為に、早く初恋を終らせる為に、光ちゃんを利用していただけだよ」


 ここで千絵はある事に気づいた様に渇いた笑いを零す。


「そうか……そうだったんだ。ハハッ……なんで早くに気づかなかったのかな……」


 千絵のまるで諦めた様な口ぶりに太陽は嫌な予感で心臓が震える。


「(待て千絵! お前、今から何を言いだそうとしているんだ!?)」


 そう叫ぼうか迷っている間に、千絵は遂に全てに終止符を打つ様に告げる。


「私たちは互いを親友の気持ちを尊重していると言い訳をして、太陽君を振り回してしまった……。なら、簡単じゃん。ねえ……光ちゃん——————私たち、親友、止めよ」


 落雷が落ちたかの様な衝撃を太陽は受ける。もしかしたらこの衝撃は、太陽が光に振られた時と勝る程の衝撃だった。光と千絵の友情が続くように願っていた太陽が腰の抜かすほどの。

 跳び箱の中で憔悴している太陽を他所に、恐らく太陽と同様に動揺をしている光に千絵は言う。


「親友じゃなくなったからハッキリ言うけどね光ちゃん、いや――――渡口さん」


 千絵が光を苗字で呼ぶのは小学生以来だ。


「(千絵……お前まさか、本気で!?)」


 太陽を動けなくするのは千絵が太陽を跳び箱に閉じ込めた後に言った言葉。


『何が起きようと絶対に喋らないで、跳び箱から出るのも無しね。もし破ったら―――――絶対だからね』


 千絵は本気だった。本当に破れば千絵との関係も途切れる。2人の会話を止めたいという葛藤に苛まれている間に千絵は更に爆弾発言をする。


「渡口さんは私を憎かったって言ってたけどね、そっちは過去形でも、私は現在進行形で渡口さんの事憎んでるんだからね!」


「…………………!?」


 先程光は千絵を恨んでいると言ったがあれは過去の事。だが千絵の恨みは現在もらしい。

 その事に太陽の衝撃は治まらない。


「2人が別れてから鳴りを潜めたけど、昔は会う度会う度会う度、太陽君の惚気と愚痴が一杯! 隣に住む幼馴染の特権階級をフル活用して毎日会ってさ! それを私に報告するって何? 嫌がらせ!? しかも、携帯を持ち始めてからもっと酷かったし! 知ってる? あまりのウザさに携帯を一台へし折ったことあるんだよ!? 私への精神的苦痛及び携帯一台損失で賠償金を請求したいぐらいだよ!」


「い、いや……精神的苦痛は兎も角、携帯はそっちの損失じゃ……」


「うるさい! しかもさ、渡口さんの素知らぬ感じの顔が本当にムカつくんだよね! 高校デビューした太陽君が直ぐに学校に馴染めたの、あれ、渡口さんが周りに根回ししたからって知らないと思った?」


 太陽は初めて知った。そして合点がいった。

 黒髪だった太陽が進学を機に金髪に染める、所謂高校デビューを果たした直後は嘲笑されていた。

 地味だった奴が派手になって馬鹿にされるは仕方ないが、光の未練を断ち切る為だと周りからの嘲笑を気にも止めていなかったが、暫くすると何人かが友好的に太陽と接して来て、自分を変える為に勇気を出した奴だと称賛する人も出て来た。

 あまりにも早く太陽は周りに馴染んだが、あの背景に光の存在があったのかと……。

 

「…………だからなんなの? 私が周りになんて言おうが、千絵ちゃんには関係ないよ……」


 光の反応から千絵の話は本当なのだと裏付けたが、光の態度が気に入らなかったのか千絵は溜息を吐き。


「はぁ……その反応、本当に癪に障るね。だからなんなのってなに? 確かに私に関係はないよ? けどね。周囲は渡口さんの聖人みたいに語る人もいるけど、全部知ってる私から見ればね、ただの未練たらたらな女にしか見えないよ!」


 千絵はここから更にヒートアップする。


「私には太陽君の事が別に好きじゃなかった、だから別れたって言ってたけどさ! 実際は未練たらたらであわよくば少しは溝を縮めたいって下心があったんでしょ? じゃないと、気まずい元カレなんかと関わりたくないはずだよね!?」


 光は「ちが……」と言いたげだが、捲し立てる千絵に光の口は閉じる。


「それにさ陸上もだけど、なーんか陸上に青春賭けてますよアピールしてたけど、あれも実際は太陽君の事で奮起していたでしょ? どうせ、大きな大会に出れば否応でも太陽君が少しでも自分に注目してくれるって、そんな感じかな?」


 光は無言だった。


「本当に渡口さんは考えが浅いと言うか、行動原理が全部男性の事って、なに? 渡口さんは痴女かなにか?」


「……………」


「渡口さんのスペックなら男選びなんて選び放題のはずなのに、一度捨てた男に執着するなんて、重たいというか、メンヘラというか、傲慢というか」


「……………………………………」


「なんか黙り込んだけど、もしかして当たり過ぎて何も言い返せないの? それとも、気の知れた私がここまで渡口さんに不満を抱いていた事に驚いているの? 本当はかなりの小心者だったんだね、男女のひ・か・り・く・ん?」


 ブチリ、と光の何かが切れた幻聴が聞こえた気がした。

 

「—————————だぁああああああ! うるさうるさッ! 人が黙って聞いていれば好き勝手言ってくれたね! 」


 その音が、ずっと我慢し続けていた光の堪忍袋の緒だと分かった。


「未練たらたら? それはこっちの台詞だ! 千絵ちゃん……いや、高見沢があんな未練がましい日記を書いていなければこんな事にはなってなかったんだよ! しかも友達が好きな男に結婚の約束をするというか、漫画の読み過ぎなんだよこの痛い性悪女が!」


 光が千絵に対してここまで怒りを示した事はあっただろうか。

 毛嫌いしていた小学生の頃でも軽い悪戯はしたが、怒鳴る様な事はしなかった。

 

 今まで受け身だった光も反撃に出た様に叫び、次に千絵も更に怒声をあげる。

 幾つかの口喧嘩の鉄砲を撃ちあう2人だが、遂に。


「人を馬鹿にするのもいい加減にしろ!」


 光が千絵を強く突き飛ばす。

 千絵は数歩後退る程度の飛ばしだったが、光の行動を皮切りに千絵も武力に出て。


「そっちこそ!」


 光の倍以上に強く光を突き飛ばしす千絵。

 突き飛ばされた光は太陽が隠れる跳び箱に背中をぶつけ、跳び箱は強く揺れる。

 太陽は驚き声を出しそうになったが、口を手で押さえて堪えた。


「(止めて……止めてくれ2人共! お前らはずっと仲良かっただろ!)」


 跳び箱を隔てた先で親友であった2人の喧嘩を目の当たりにする。

 これまでの互いに溜め込んで来た鬱憤を晴らす様に罵詈雑言を叫び、口喧嘩のみならず手をあげたりしている。

 ここで遂に我慢の限界に来た太陽は跳び箱から飛び出そうとしたが、跳び箱の隙間の穴から千絵と太陽は目があった。そして千絵は太陽に出て来るなと釘を刺す様に睨んだ。まるで千絵に考えがある様に。

 千絵の睨みで太陽は跳びだすのを止めて、静かに腰を下ろした。


 2人の喧嘩には聞くに堪えないモノもあり、聞きたくない、見たくないと、耳を塞ぎ、目を閉じた。

 だが太陽は、本当にそれでいいのかと考えた。

 また現実を直視せずに見て見ぬフリをして、逃げ続けていいのか。

 違う。太陽は進まなければいけない。だからこそ、太陽は2人の喧嘩を見届けないといけない。

 そう思い、耳から手を退かし、目を開いた。だが、耳に入る音は静かだった。

 2人の会話は聞こえる。だが、殴り合いの喧嘩は治まっていた。


「好きな人の隣に自分ではない誰かが隣にいる辛さ。千絵ちゃんはずっと、こんな気持ちで過ごしていたんだね……」


 会話に付いていけない太陽だが、先程光は千絵の事を苗字で呼んでいた。だが、今は再び名前呼びに戻っている。話し方も先ほどまでの激しさはなく穏やかだった。


「だけどね千絵ちゃん……。私が言ったのは嘘じゃないよ? 誰でも良いんじゃない、千絵ちゃんだからこそ良いと思った。もし千絵ちゃんが太陽の彼女なら私は、素直に諦められると本気で思った」


「私だって誰でもかんでも応援したいと思う様なお人好しじゃないよ。私の所為で太陽君の夢を奪って、悲しみに暮れる太陽君を励ましたのは光ちゃんだった。リハビリに苦しむ太陽君を支えたのは光ちゃんだった。太陽君が本気の笑顔を向ける相手が光ちゃんだった。本当は辛かった。だけど、太陽君の大切な存在な光ちゃんだからこそ、私は応援出来た。私だって、その気持ちに嘘はないよ」


 親友を止めると言ったはずの千絵の言葉も穏やかだった。

 まるで互いに鬱憤を出し切り、残った気力で腹の底を言い合う様に。


「結局。私たちは互いを想って、互いに自分の想いを断ち切る為に利用して来た最低同士ってわけだね」


「ハハッ。つまり類は友を呼ぶってわけか」


 ハハハッ!と2人は清々した様に笑い合う。


「私たち、友達になって長いけど、こんな風に喧嘩したのは初めてだね」


「そうだね。なんか、今の方が互いに気持ちは言い合える本当の友達になれるかもね。また互いに気に食わない事があれば、今みたいに喧嘩でもする?」


「それは出来ればご勘弁を。千絵ちゃんの言葉、凄い破壊力があるんだから。心折られて泣きそうだったよ」


「それは残念」


 先程まで友情崩壊とばかりに言い争いをしていたはずだが……女は怖いと太陽は思った。

 これで終わったか、と思ったが、ここから本番の様に千絵は口を開く。


「光ちゃん。今なら言えるはずだよね?」


 なにを……?とばかりに光は訝しむ。

 千絵は微笑む様にその言葉の真意を語る。


「もう光ちゃんは、私に気負う必要はない。私だってもう光ちゃんに気負わない。私は、太陽君が好き。出来ればこれから先、太陽君の隣に私は居たい」


 千絵は言う、己の太陽に向ける想いを。そして、


「光ちゃんはどうなの……? 光ちゃんは、太陽君の事を、今はどう思ってるの?」


 知りたい、光が抱える太陽への想いを。

 今まで互いに気遣い秘めていた想い。だが今は、互いに喧嘩という形で全てを曝け出した。

 なら言えるはず。光の、本当の想いを。


「私は――――――――」


 光は言わないとばかりに堪える。だが、もう千絵に隠し事をするわけにはいかない。

 それに、もう溜め込むのも疲れた様に、光はポタポタと涙を流し、遂に言う。


「わたし、は……太陽の事が、好き、だよ……。忘れられなかった、諦めきれなかった……。だって太陽は、私にとって、いつも助けてくれるヒーローそのもの。私がこうやって頑張ってこれたのは、太陽が居てくれたから! 好き、好き好き! 大好き! 今も昔も! ずっと!」


 これが1年半も抱え込んだ光の…………本当の想いだった。

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